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9、初めての兄妹喧嘩


兄は何をさせたいのだろう。


 フェリシアはため息を飲み込み、目の前の少年少女たちを見た。これでため息を飲み込んだのは何回目だったか。そもそもの始まりは今朝、フェリシアがデュランに捕まったことから始まる。


 現在、デュランは家庭教師を雇って勉強しているのだが、今日は勉強は休みの日であった。週に一度ほどあるこの休みをデュランはよく父、ファレルと行動を共にすることが多い。特に去年からは、ファレルはデュランを連れて狩りに行くようになったので、休みの日はほとんど狩りをしに馬を走らせていたのだ。だがファレルは、今この村にはいなかった。それというのも、ここから一番近い地方都市のズワルトゥに仕事をしに出かけているからだ。何の仕事かはフェリシアの知るところではないが、もうしばらくは戻らないのだとか。


 そんなことで、この休日はデュランは久しぶりに何も予定が入っていない日だった。人見知りなフェリシアと違い、デュランは社交的で村にも友人が沢山いる。久しぶりにその友人たちと遊ぶのだろうとフェリシアは思っていたのだ。だからいつも通りに朝食を食べて、泉で動物と戯れてから教会へ向かおうとした時にデュランに手を取られた時は純粋にびっくりした。


 デュランはびっくりするフェリシアに構わず、その手を握って引きずるようにして村の広場に来た。広場にはデュランと同じ年頃の子どもから、フェリシアと同じぐらいの年ごろの子供たちまで集まっていた。


「おう、デュラン!久しぶりだな!!」


「久しぶり、ジョン。みんなも久しぶり」


 子供たちの中でも一番体格のいい少年が手を上げれば、デュランもにこやかにそれに答えた。小さな子供たちがわっとデュランに群がったので、それだけデュランが慕われていることがわかった。


「デュラン、その子誰?初めて見る子だよね」


 フェリシアを指さしてデュランに聞いたのは、デュランと同じぐらいの女の子だった。健康的な肌をしており、可愛らしい感じがするが、フェリシアを見る目は厳しかった。思わずフェリシアはデュランの後ろに隠れ、デュランの服を握った。


 魔族のくせに人間に負けるなんて情けないが、ああいう目は苦手だった。珍しく他人に対して反応をしたフェリシアを見て、デュランは少し驚きつつも、大丈夫だとあやすようにフェリシアの頭を撫でた。ますます女の子たちの目が厳しくなる。


「俺の妹なんだ。シア、挨拶しろ」


 そう言われて体ごと少年少女に差し出され、今に至る。


「・・・」


「シア」


「っ、や!」


 デュランの手をすり抜けて、再びデュランの後ろに隠れてフェリシアはいやいやと頭をデュランに押し付けた。好きではない目がある上に、大人数がいるというのも苦手であった。


 これだけでも人間というものが恐ろしく思えてくるから不思議だ。


(そう言えば、人間は群れて一人を苛めると聞いたわ。きっと、デュラン兄様は私が泣かなくなったから、沢山の人数で意地悪しようとしてるんだ)


 思い当れば、記憶を思い出してからのことが蘇る。デュランに意地悪を言われればいつも泣いていたフェリシアだが、記憶を戻してからというもの一度も泣いたことはなかった。うざったければ無視さえしていた。そするとデュランの態度が軟化してきたのだ。優しくされることに最初は疑問と疑心を抱いたものの、この頃は何故かわからないけれどデュランはお人好しになったのだと思っていた。けれどそれはフェリシアの思い違いであったのだ。


(人間が優しくて楽しくて陽気だなんて言ったの誰よ!ぜんっぜん優しくないし、簡単に掌返したじゃない!)


 じんわりと涙が滲めば、どんどん頭が熱くなっていく。


「シア?おい、何で泣いて・・・」


「っ、兄様なんて大っ嫌い!」


「おいシアっ!!」


 パッと体を翻しフェリシアは走り出した。後ろからデュランが呼び止める声が聞こえたが、全くフェリシアの頭には入ってきていなかった。


 いきなり連れ出され、その上沢山の人の目にさらされたフェリシアは、混乱の極みにいたのだ。


(魔界にいた時だって、あんな人数の前にでたことないのに、いきなり連れていかれたってどうしていいかわからないんだもの)


 魔界にいた時はずっとフェリシアを助けた育て親の元にいた。彼はそれこそ文字通りにフェリシアを囲い込み、外へ出す時は仕事の時のみだった。その時だって必要最低限の接触しか許さなかったのだ。そんな生活を送っていたフェリシアが、人間の子どもだとはいえ大勢の目に耐えられるはずはなかったのだ。


(それに、それに・・・何でこんなに頭がぐるぐるするの?考えが次から次へ湧いてきて、どんどん変わって・・・ついて行けない)


 デュランがフェリシアに意地悪をしようとしていると思った時から、フェリシアの頭はパンクしそうだった。次から次へと考えが湧いてきて、その考えがどんどん違う方向へ変わっていくのだ。


(兄様が意地悪をなさろうとしてるって思ったら、私すごく・・・すごく嫌だった。いつもの嫌悪感じゃなくて・・・なんだか泣きそうで)


 何と言えばいいのだろう。胸がもやりとして、かきむしりたくて、でもずきんと痛んで触ったら壊れてしまいそうで。涙がじんわりと溢れて来たのだ。その涙は今もまだ健在だった。


(涙なんて、弱い事の証拠なのに。早く止めたいのに・・・どうやったら止められるのか、私、わからない)


 魔族が泣くなんていい笑いものだ。フェリシアは足を止めて懸命に目許をこするが涙は一向に止まらなかった。それどころかますます溢れてくるのだ。胸がざわざわして、なんだか家が恋しくて。周りを見渡した時、フェリシアは更なる混乱に襲われた。


(ここ・・・どこ?)


 見慣れない森の中に、フェリシアは一人立っていたのだった。




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