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7、大好きなお菓子

夕暮れの道を急ぎ足で通り過ぎ、家の扉を開けばふうわりと優しい匂いがフェリシアを包み込んだ。バターの溶けた少し甘い匂いだ。出来上がっているだろうパイを想像しながらフェリシアは一度部屋に戻り、着替えてから食堂へ向かう。


「早いお帰りでしたね、シア様。先ほどかぼちゃパイが焼きあがったところですよ」


「シアはアーテルのパイが大好きだものねぇ。デュランもそろそろ戻ってくるでしょうし、ちょっとお茶でもしましょうか」


 ふふふ、とリリアンが笑いながら、手にしていた手芸道具を机に置いた。おそらくパイが焼きあがるのをアーテルと待ちながら刺繍をしていたのだろう。ハンカチに刺繍を入れて夫に渡すのがリリアンの趣味の一つなのだ。そしてその可愛らしいハンカチを、がっしりとした如何にも騎士風の父、ファレルは嬉しそうに持っていくのだろう。


 アーテルが紅茶などの用意をしていると、程なくしてデュランが帰宅した。


「ただいま、今日はアーテルのパイがあるの?」


「お帰りなさい、デュラン。よくわかったわね?今日は何も言ってなかったのに」


「シアが嬉しそうな顔でそこにお行儀よく座ってたら誰だってわかるよ。シア、ただいま」


 この頃なんだか優しいデュランがフェリシアににっこりと笑いかける。泉の件からずっと言い返すか、無視をしていたら意地悪を言うことがなくなった。その代わりに、このようにどこか断れないようなことを強制するようになった。


「・・・お帰りなさい、デュラン兄様」


「うん、ただいま」


 逆らえない空気に、渋々挨拶をすれば嬉しそうににっこりとデュランは笑ってフェリシアの頭をぽんぽんと撫でた。デュランは、フェリシアのことが嫌いで意地悪をしていたと思っていたから、この態度について行けない。この優しさに裏がある気がしてならないのだ。


「仲良しねぇ。ふふふ、可愛いわぁ、うちの子たち!ねえ、アーテル!末の妹を守る二人の兄ってなんだかいいと思わない、アーテル!」


「聞こえてますよ、奥様。デュラン様もようございましたね」


「ああそうだ、父様はまだしばらく帰ってこないってさ。少し忙しくなさってるみたい」


 アーテルの呼びかけに、少し強引に話の先を変えるデュラン。リリアンとアーテルは思わず顔を見合わせて笑う。最近フェリシアへの態度が軟化しているデュランだが、やはりどこか素直ではないところがあるらしい。


温かなパイがテーブルに出され、更に盛りわけられる。そこにクリームがそえられれば完成だ。思わずつばをのんでしまうほどに美味しそうなパイは、アーテルの得意料理のひとつだった。


「シア、砂糖いるよね?」


「はい」


 さらさらっと自分のカップに砂糖を入れてデュランがフェリシアに砂糖を渡す。砂糖を受け取ったフェリシアは、ティースプーンにたっぷり二回砂糖を盛ると紅茶へ注ぎ込んだ。


「うわ・・・そんなにいれるの?想像するだけでも気持ち悪くなってくるな」


 その砂糖の量に顔をしかめるデュランをフェリシアはちょっとだけ睨んでから、澄ました顔で紅茶をかきまぜパイに手をつけた。さくっとフォークで切って口に運べば、優しい甘さが口に広がった。素材そのものの味を生かしたいい甘さだ。


「あれ、今の怒った?そういう意味で言ったわけじゃないんだけど」


「どういう意味ですか」


「体によくなさそうだなって思って。お前は本当に甘いのが好きだよな。兄様みたいだ」


「私のは大丈夫です。兄様のと同じにしないでください」


 長兄、ギルバートは甘いものに目が無い。紅茶には三杯は砂糖を入れるし、常時何かしら甘いものを持っている。流石にあそこまで好きなわけではなかった。


(あそこまでいくと、甘いもの依存症だと思うし・・・素材の味なんてわからなさそう)


 元々の料理さえぶっ壊してしまいそうなほどの砂糖をいれるものだから、甘いもの好きのフェリシアも流石に眉をひそめてしまう。逆に次兄、デュランはそんなに甘いものは好きではなかった。と言ってもまだ子供なので苦いものを中和するのに砂糖を入れたりはするが。


「それもそうだな。・・・兄様のあの砂糖の使い方は料理に対する冒涜でしかないし」


「そうねぇ。でもね、王都ではかなり我慢しているみたいよ」


 うふふ、と子供たちの話を聞いてリリアンが笑って教える。リリアンの元には毎月ギルバートから報告の手紙が届くのだ。いつも書いてあるのは、仕送りに菓子を少し入れてほしいとのこと。どうやらその仕送りだけで日々の甘いものを補っているらしい。


 あまりにも衝撃な事実だったのか、ぴたりとデュランの手が止まりくるりと目が見開かれた。


「えっ・・・あ、騎士学校は甘味が禁止なの?」


「いえ、自由だと聞いているわよ。なんでも、あの子結構周りから一歩引かれて見られてるみたいで、最初甘いものを暴食したらすっごく驚かれたんですって。イメージと全然違う!!って。かなり騒がれたから、それを避けるために我慢しているそうよ」


「一歩引かれているんですか?」


 フェリシアは、そちらも意外だった。ギルバートは母と父の容姿を丁度よく引いている少し中性的な美形だ。物腰柔らかく、誰に対しても優しく誠実。剣の腕もいい。誰からも好かれるようなタイプだと思っていたからだ。


 不思議そうなフェリシアに反して、デュランは納得顔だった。フェリシアは知らないが、ギルバートはかなりの曲者だ。あの容姿に騙されると、誰でも涙をみることとなる。


「そうよ、いい意味でだけどねぇ・・・でもお母様でも、あの年であんな腕前の子がいたら一歩引いちゃうわ」


「まあそうでしょうね。兄様は普通じゃありませんから」


 リリアンとデュランが顔を見合わせる中、フェリシアはデュランの言葉によって思考の海へ突き落された。


(普通じゃ、ない。・・・やっぱり普通じゃないと一歩引かれるんだ。でも普通って何なのかしら?人と合わせることなの?でも他者と合わせて行動するなんて私にはできないわ)


 他人と同じなんて面白くない。折角人間界に来たのだから、面白いことがしたい。だがそもそも面白いことがなにかわからない。


 フェリシアはその日は眠りにつくまで、そのまま思考を漂い結論を追いかけていた。



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