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11、わからない

 温かい。


 フェリシアは冷え切った頬をデュランの胸に押し付けて、ほぅっと息をついた。大泣きしたからか目の周りが少し重く、頭がぼうっとする。けれど、胸でもやもやしていたものはすっきりとしていた。


 ぽんぽん、と安心させるように一定のリズムでフェリシアの背中を撫でていたデュランが、それを止めてフェリシアの顔を覗きこむ。フェリシアが少し落ち着いたのがわかったのだろう。覗き込んだデュランの顔はそれでも心配の色が現れていた。優しくフェリシアを見下ろす深緑の瞳に、スピードを速くしていた心臓がゆっくりといつもの速度に戻っていくのが分った。


「シア、怪我はしてないか?」


「してません」


「痛いところはないか?」


「・・・ない、です」


 いつもの何倍も優しく甘い声音で聞くデュランに、一つ一つ思い出してフェリシアが答える。迷子になったと自覚した時は、酷く不安になったがすぐに育て親の言葉を思い出したのだ。


‘君が迷子になった時は絶対迎えにいってあげる。またずぅっと一人で過ごすなんてことさせない。だからその時は俺を信じて、安全なところで動かずに待ってるんだよ’


 魔族の彼の言葉が、この人間界でどれだけ信用に値にするかはわからない。けれど実際、魔界で迷子になった時は絶対彼はフェリシアを見つけてくれたのだ。だから人間界であっても、その言葉を守る必要があった。守ってさえいれば、きっといつか彼が迎えに来てくれるだろうから。


 育て親の言葉一つを思い出しただけでフェリシアの混乱した頭はすっと冷静になった。


(私の知らない森、ということは南の森。南の森は魔物がでるのよね。・・・魔物が出る森には魔除けの木が生えてるはず。そこにいれば、あの人が・・・あの人じゃなくても村の人が来てくれる可能性がある)


 そうと決まれば早かった。魔力の流れを読むのはフェリシアにとっては簡単な話だ。魔除けの木がどうやって魔力を払っているのかも知っている。人間の、それも幼い少女の身体なので、すぐに魔除けの木にたどり着くことはできなかったが、日がくれる前には魔除けの木を見つけ、その洞で休むことができたのだ。


 育て親の部分を省き、たどたどしくも上手くそれを伝えれば、デュランは頷いてフェリシアの髪を撫で梳かした。


「いい子だったな、シア。お前は頭がいい。ここならいつか村の人か父様が来てくれる。朝まではきっと捜索は始まらないと思うけど。お腹、空いてるだろう?朝になったら少し木の実を探しに行ってくるから少し我慢できるか?」


「お腹は大丈夫です。・・・兄様、ごめんなさい」


 どこまでもフェリシアを気遣う言葉を吐くデュランに、フェリシアは体を小さくして謝罪の言葉を口にした。今、デュランがこうして森で一夜を過ごさなくてはいけなくなってしまったのはフェリシアのせいだ。何故南の森なんかへ入り込んだのだと怒る権利がデュランにはある。今までなら確実にデュランはフェリシアを起こっていたはずだった。なのにも関わらず、デュランは一言もフェリシアに怒りをぶつけない。それどころか気遣う言葉を掛ける。そのことに少しの気まずさを感じたのだ。


 これはフェリシアの責任だ。デュランには怒る権利がある。怒ってもらわないと、フェリシアはどうすればいいのかわからなかったのだ。何故、デュランはフェリシアを気遣っているのかが全くわからなかった。戸惑いの瞳をデュランに向けると、デュランは少し怒ったような目をしていた。そのことにフェリシアは少しの安堵を抱いたと同時に、すっきりとしたはずの胸にもやりとした突っかかりを覚えた。


「シア、何で謝るんだ」


「・・・だって、私のせいで兄様まで森に来ることになってしまったでしょう」


「それはお前のせいじゃないだろう。俺のせいだ。・・・・・・シア、今まで悪かった」


 深緑の瞳が宙をさまよったのち、まっすぐにフェリシアを見つめた。意を決して発された言葉に、フェリシアは少し首を傾げた。デュランの言葉はあまりにも突発的で理解がついていかなかったのだ。


「今までずっと、お前に辛くあったただろう。そのことだ。ごめん、シア。・・・言い訳はするつもりはない。けど、ちょっとだけ俺の気持ちも聞いてもらえるか?」


「・・・」


「俺、ずっとシアに構ってほしかったんだ。シアは大人しいし、あんまり表情をだすのが得意じゃないだろう?だから、どうやってでもいいからシアの表情が変わるのが見たくて、ずっと意地悪なこと言ってたんだ。馬鹿だよな、俺。表情が変わらないからって、感情がないわけじゃないのに」


 いきなり吐露されたデュランの本音に、フェリシアはただただデュランを見上げるしかない。


「ごめんな、シア」


「・・・・・・なんでですか?」


「ん?」


「なんで・・・何で、私に構ってほしいんですか?私の表情が見たいんですか?」


(意味がわからない。私を嫌いなのに、何で構ってほしくて、表情が見たくなるの?)


 疑問符で埋め尽くされたフェリシアの表情に、デュランの顔が少しこわばった。予想外の切り返しのされ方だった。怒られたり、泣かれたりという反応を予想していたのだが、まさか問いかけが返ってくるとは思ってもいなかったうえに、その問いかけ自体も普通に想像できる範囲から軽く超えていた。


「何でって・・・」


「兄様、私のこと嫌いなんでしょう?」


「っ、そんなわけあるか!!苛めてたのは悪かったし、反省してるけどな、シア!お前、もう少し周りのこと見れるようになれ!!俺がお前のことを嫌いになるはずないだろう!!・・・っ、悪い」


 全く持って心外な言葉を言われ、デュランがは思わず怒鳴るように声を荒げるが、すぐにハッとしたように口を噤んだ。意地悪をしている自覚はあったが、まさか嫌われてると誤解を生んでいるとは思ってもみなかったのだ。


 フェリシアもフェリシアで混乱する頭のまま、デュランを見上げていた。ずっと嫌われていると思っていたのに、兄はフェリシアを嫌っていたわけではないらしい。だが周りが見えていないと言うのはそれこそ心外すぎる話だった。周りよりも大人びているという自覚はあるし、今日はあまり冷静ではなかったかもしれないが、いつもはもっと冷静である。


「兄様が私に構ってほしい理由がわかりません。それに意地悪なのに嫌いじゃないっていうのも、わからないし、私が周りのことが見えてないっていうのもよくわからないです」


 わからない、と眉をぎゅっと寄せてうんうんと考えこむフェリシアにデュランは言葉を失う。これまで意地悪をしてきた自覚もあるが、この頃は頑張って好意を伝えていたつもりだ。血まみれになりながらも必死に作った人形だって、渡した時は不思議そうにされたが、その後大切そうに持ち歩いてくれていた。なのに、なのにも関わらず、一つもフェリシアには伝わっていなかったというのだろうか。いや、それ以上のことをデュランがしてきたということかもしれない。


 素直に面と向かって愛情表現をするのが苦手なデュランは、これまでありとあらゆる方法でフェリシアにアピールしていた。本人が考えている以上にわかりにくい方法だが、一応していたのだ。されている方からしてみれば迷惑な行為だとしても、デュラン本人にとってはいたって真面目に。だが今、それが一つもフェリシアに伝わっていないことがデュランにもはっきりとわかった。ここでまた、回りくどいことをするほど、デュランは馬鹿ではないし、何といってもフェリシアの鈍感差を心配する心が、羞恥心を上回った。


 もとより妹は大人しいものだから、感情表現が少なくても心配はしていなかったが、もしや周りの感情に鈍感で反応ができていないのではないか。よしここは兄として、どれだけ周りから愛されているのかを説明してやらなければ。


 そんな正義感が燃え上がったデュランは一つ頷いてから、腕の中にいるフェリシアを見下ろした。デュランが急に黙ったことにより、どうしたのだろうかと様子をうかがっていたフェリシアは、いきなり何かを決意したような視線を向けられ、戸惑うしかない。何かデュランの癇に障ることをしただろうか。問いかけをしたのがよくなかったかもしれない。


「・・・わかった。どうせ朝までは動けないんだ。シア、この際全部思ってたことを言ってくれ。俺も全部言うし、全部思ってたことを言う。いいな?」


 真剣な声で告げられた言葉に、フェリシアは良かったのだか悪かったのだかわからなくなりながらもこくりと頷いた。




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