虹の糸
雨がしとしと降り始めると、彼女は決まって現れます。大きな大きなバケツを持って、真っ白なワンピースを身につけて、傘もささずに来るのです。彼女は天へと手を伸ばし、引っ張るように何かを手繰ります。それをバケツに放り込み、何度も何度もそれを繰り返します。
何をしているのかまったくわかりません。晴れたらいなくなっていました。母に問えばそんな者はいない、父に聞けば変な顔をされ、友に言えば笑われました。誰に言っても信じてくれません。僕しか見えないようでした。僕はますます気になりました。
ある日、雨が降りました。これは調べるいいチャンスです。僕は傘もささずに公園へ走ります。着くとやっぱり彼女はいました。いつものように、何かをバケツに入れています。僕はバケツをのぞきます。中にはつやつやのきれいな糸のようなものが入っていました。
「何してるの?」
「糸を集めてるの」
僕も真似して空へ手を伸ばし、糸はないかとつかみます。けれどうまくいきません。濡れてしずくが伝うだけです。
「手を出して」
彼女はポケットから薬を出して手に取りました。お母さんも使っているようなハンドクリームみたいなものでした。それを僕の手に塗りたくります。塗り終わると再び天を仰ぎ手を伸ばします。僕も真似して手をあげます。
するり。するり。
雨が絹のように滑らかに手のひらをすべります。きゅっとつかむと手のひらに糸がありました。今度はうまくいったようです。僕は雨に濡れることも忘れて夢中で糸を集めました。バケツは次第にいっぱいになっていきました。
「もういいよ」
彼女は僕を見て言いました。初めて彼女と目が合いました。虹色の目をしていました。
「ありがとう」
彼女はお礼にと僕にさっきの糸で作ったであろうミサンガをくれました。見る角度によって色が変わってとても綺麗です。僕はそのお礼のお礼にと持ってきた傘をあげました。彼女は傘を喜んで受けとりました。
ふいに僕を呼ぶ声がします。振り返るとお母さんが立っていました。僕を心配して来たようです。僕はもう一度彼女にお礼を言おうと振り返るとそこにはもう彼女はいませんでした。いつの間にか雨はあがっていました。
帰り道、お母さんに濡れていたことを怒られてしまいました。悲しくなって空を見上げると、大きな虹がかかっていました。
「虹……」
僕がつぶやくとお母さんもつられて空を見ます。
こんなに色鮮やかなはっきりとした虹を見たのはいつぶりでしょう。
僕は、あの虹はきっと彼女がかけてくれたものだと思いました。今度会った時にそれを聞いてみようと思いました。
しかし、いくら雨が降っても彼女が現れることは、もう二度とありませんでした。