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ガタゴトと音を立てて、乗合馬車が平坦な地平線を望む道にわだちを刻む。
大きな都市であれば、レンガを敷き詰めたりして舗装された道もそれなりに多いだろう。
でもベルカント村のような小さな村では、土がむき出しになっているだけで、人の往来によって踏み固められた道というのが普通だった。
そうやって踏み固められるのはもちろん、村の中だけ。
村から離れたこんな平原のど真ん中にある場所では、自然と道になるには相当の時間がかかってしまう。
私の住むベルカント村を含むこの地方一帯は、ソルフェージュ王国領に属している。
国土の広さもそれなりのもので、なおかつ今現在、隣国となるいくつかの国とは同盟が結ばれている状態。とても平和な情勢と言えるだろう。
ソルフェージュ王国では馬車ネットワークが整備されていて、地方も含めたすべての町や村は乗合馬車の定期便で結ばれている。
王都にある馬車ネットワーク本部が人の往来の量を考慮し、それぞれの町や村へ向かう定期便の数や時間などを決めているのだという。
そのため、馬車の行き交う本数は場所ごとに違っている。
ベルカント村の場合、発着する乗合馬車は、特別な期間を除けば数日に一本程度だった。
特別な期間というのは、例えば大きな都市で祭りがあるなど、人が多く行き来する場合だ。
そういえば、フェルマータで数日後からお祭りが開催される時期だっけ。一週間後くらいだっただろうか。
中央商店会の主催だから派手さは少し足りないけど、それでも四日間続く、それなりの規模を誇るお祭りだったはずだ。
祭りの数日前からは、私たちの住むベルカント村との往復便も増え、祭りの期間中ともなれば毎日一往復以上の馬車が出ることになる。
さらには、馬車ネットワークに所属していない闇馬車なんかも存在するらしいけど。
ベルカント村みたいな田舎では、さすがにそういった非公式の馬車なんてお目にかかることもほとんどない。
と、それはともかく。
乗合馬車だけしか通らないわけではないものの、往来の少ないこんな道ではなかなか踏み固められはしない。
必然的に、今私たちの乗る馬車が通っているのは、デコボコの激しい道となっていた。
馬車が跳ねて揺れるたびに、お尻に刺すような痛みが襲いかかってくる。
「う~、お尻痛い……」
思わずうめき声が漏れる。
「うゆ~、座布団持ってくればよかったね~……」
マネージャーという立場上なのか我慢強い印象のあるマニスですら、泣き言を止められないようだった。
マニスは私が小さかった頃に、教会に引き取られたみなしごだ。
子供は神様から贈られた宝物という考えが強いので、捨て子なんて滅多にいないベルカント村ではあるけど、稀にはそういうこともあるのだという。
マニスは教会に預けられた当時、赤ん坊だった。
私やお姉ちゃんと一緒に姉妹のように育てられてはいたものの、いつしか血がつながっていないことを知ってしまう。
本当の両親を知らないマニス。
私のマネージャーとして気丈に振舞ってはいるけど、やっぱり心の奥では寂しい思いをしているんだろうな。
そう考えると、この小さいけど頼りになるマネージャーがとてもいとおしく思えてくる。
「すまないねぇ、お嬢ちゃんたち。もう少し行けば都市に近づいて道も穏やかになってくるから、それまで我慢しておくれ」
気のよさそうな御者さんが、ふと声をかけてきた。
乗合馬車には私とマニス以外のお客さんはいない。
祭りが近づいてきているとはえい、あまり利用されない路線なのは一目瞭然だった。
私たちが向かっているフェルマータは、紡績で有名な都市でもある。
主に綿や麻を使った織物の中心地となっていて、国内に出回る七割くらいがこの都市の製品だと言われているほどだ。
それらの織物の中にはかなり高価なものもあり、上流階級の人に好まれるのだとか。
もちろん私たちのような庶民には手の届かないもの。
いいな~と思ってヨダレを垂らして眺めているくらいしかできなかったのだけど。
そんな私の姿を見た織物商をしている男性が、見習いだったとはいえ聖歌巫女として巡業に来ているのを知ってくれていて、もしよかったら巫女の衣装を安く仕立てるよ、と申し出てくれたことがあった。
そのご厚意を温かく受けて作ってもらったのが、ついこの前のライブでも着ていた、フリルのついた綺麗なあの衣装なのだ。
実はお姉ちゃんたちも同じようにご厚意を受けて、同じ人にステージ衣装を仕立ててもらっていたのだと、あとから聞いて驚いたものだ。
「姉妹だから顔も似てるし、なんとなくわかっていて声をかけたんじゃないかしら?」
お姉ちゃんは、そう言っていた。
チェルシーミルキーのメンバー四人の衣装はすべて、その織物商に仕立ててもらったものだという。
ただ、安くお願いできたとはいえ、もともとが高価な織物だから、四人分ともなるとかなりの額になってしまう。
そこで、ひとりあたりの生地の使用量を減らすことで対処した。
つまり、お姉ちゃんたちの露出度が高めなのは、経済的な理由でもあったのだ。
ボーカルであるお姉ちゃんだけが見栄えのする衣装を着ればいい、リーダーのキーマさんはそう提案したみたいだけど、即刻却下された。
みんな平等に、というのがお姉ちゃんの信念だからだ。
結局、キーマさんの衣装だけはスカート丈を少し長くしたのだけど。それは毛糸のパンツとか、やむにやまれぬ事情があったからだった。
そんなことを思い出しているうちに、馬車の振動は次第に感じられなくなっていた。
視界の先には、暖かい日差しに照らし出されたフェルマータの町並みが映り込んでくる。
道の両脇には街路樹たちが礼儀正しく並び、馬車を出迎えてくれた。
太陽はすでに傾き始め、それらの街路樹がほどよく影を作り出す。
ときおりまぶしさを伝える木洩れ日が、私たちに心地よい温もりをプレゼントしてくれているかのようだった。
「お嬢ちゃんたち、もうすぐ着くよ」
御者さんが宣言したとおり、馬車はレンガ造りの温かな町並みへと、静かにその身を滑り込ませていった。