-1-
「チュルリラ、どうだ? 準備は大丈夫か? 衣装とか蓄音樹とか、しっかりカバンに入ってるか?」
いい匂いの漂う台所から顔を出し、お父さんが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だってば、お父さん。準備はバッチリよ! ……ね? マニス!」
「う、うん、バッチリだよぉ~。でも、準備したのは私なのに、どうしてそんなに偉そうにしてるの? チュルリラちゃん……」
「マニスは私のマネージャーだからよ!」
「うゆ~、意味わかんないよぉ~」
初めてのライブから数日後の夜、ドタバタとした雰囲気の中、私は明日から出かける巡業の準備を終えて食堂でまったりしていた。
……準備したのはマニスだけど、そこはそれ。私が準備したら、不備とか多くて余計な手間が増えてしまうってものだ。
いや~、頼りになるマネージャーがいてくれて、とっても誇らしいわ。
明日向かうのは以前から何度も巡業に行っている、近隣では大きめの都市、フェルマータ。
初ライブが大盛況で好調なスタートを遂げたとはいえ、聖歌巫女としての活動はまだ始まったばかり。
まずは地道に努力をして、知名度を上げていくしかない。
頑張らないと、こんな貧しい片田舎の村出身じゃ、王都に招かれるような有名な聖歌巫女にはそうそうなれないだろう。
バンドだから方向性がちょっと違うかもしれないけど、私よりも一年早く聖歌巫女としての活動を始めたチェルミナお姉ちゃんですら、いまだに地道な巡業を繰り返して必死に頑張っているのだから。
私なんかでは、いくら努力しても足りないくらいだ。
「ほほう。なら、自分で荷物の準備をする努力も、するべきじゃないのか?」
「そうですわね~。少し抜けているところがあるのは、可愛らしさを演出する意味では悪くないかもしれませんけれど、チュルリラちゃんは、ちょ~っとひどすぎますしね~。記憶力とか計画力とか判断力とか……」
「きっと糖分が足りないんよ! 一緒にミルクチョコ食べよお!」
シーさん、キーマさん、ミルさんが、わらわらと集まってきて、私を取り囲む。
私の決意が思わず声に出てしまっていたのか、それとも表情に出てしまっていたのか、はたまたこの三人は読心術でも使えるのか。
ともかく一気に騒がしくなってしまった。
「だ~、もう! みなさん、こんな夜遅い時間だっていうのに、いつまでいるつもりなんですか? ……暇なんですね、きっと」
反撃のつもりで、ちょっと意地悪な言葉を浴びせる。
「いやですわ~。ボランティアで教会のお手伝いに来ているわたくしたちに対して、そんな言い方をするなんて~」
「きっとカルシウムが足りないんよ! 一緒にニボシクッキー食べよお!」
当たり前だけど、さらなる反撃が私に襲いかかってきた。
こんな言い合いも楽しいのだけど。
それにしてもミルさん、ニボシクッキーって、いったいどんなシロモノですか……。
「まったく、ひどいなぁ、チェルの妹は。しつけがなってないぜ! あっ、でも、チェルそっくりとも言えるか! あいつ、性格悪いもんな! ははははは!」
シーさんが、普段どおりの豪快な笑い声を上げた。
と、その途端、
ドタドタドタドタ!
「ちょっと! 今誰か、あたしの悪口を言ってたわよね!? 誰なの!? ……あっ、シー、あんたね!? ひどいじゃないの!」
地獄耳で悪口を聞きつけたらしいお姉ちゃんが、床を突き破らんばかりに大きな足音を響かせながら食堂に入ってきた。
その手には、ランプの光をギラリと反射している、鋭い包丁が……。
「うわっ!? ちょっ……待て! 落ち着け、チェルミナ!」
「あんたが落ち着きなさい! ……って、ああ、包丁……」
両手を上げて降伏サインのシーさんの様子に、ようやく自分が包丁を振りかざしていると気づき、お姉ちゃんは真っ赤になってその手を下ろす。
「おほほほほほ、いやだわ、あたしったら。調理中だから、ついつい包丁を持ったまま来ちゃった! てへっ♪」
「てへっ、じゃない!」
「きっと鉄分が足りないんよ! チェルりん、一緒にホウレンソウチップス食べよお!」
明るい笑い声に見送られながら、お姉ちゃんはすごすごと台所へと退散していく。
私とマニスが明日から巡業に出るということで、今日は珍しくお姉ちゃんが夕食の手伝いをしていた。
チェルミナお姉ちゃんは、ああ見えて結構料理が上手い。
もっとも、普段はお父さんとマニスのふたりに任せっきりなのだけど。
マニスは明日の準備に大忙しだったため、今日はお姉ちゃんの手料理が食べられることになった。
チェルシーミルキーのメンバーである、シーさん、ミルさん、キーマさんは、ときどきこの聖ベルル教会にやってきて、ボランティアで教会の敷地内や聖堂の掃除を手伝ってくれる。
バンドの練習には教会の聖堂を使うことが多いので、その見返りとしてボランティア活動をするというのが建て前上の理由。
実際には、掃除のあとに必ず振舞われる夕飯が目当てなのだろう。
質素な食材ばかりではあるものの、料理上手なお父さんとマニスが作るご馳走にありつけるというのも、もちろんあるとは思うけど。
それ以上に、大勢で食べる明るい食卓を楽しみにしているように、私には思えた。
和やかな会話に花を咲かせながら待っていると、やがて、お父さんとお姉ちゃんが料理を食堂に運んできた。
「お待たせしたね。さあ、料理を並べるよ」
「こっちのメニューはあたしの作った料理よ。しっかり味わって食べてよね!」
「わ~、美味しそう!」
巡業の準備が終わっていたマニスも手伝いに回り、たくさんの料理が次々と運び込まれる。
食堂のテーブルは、簡素ながらも様々な彩りを盛りつけたお皿が並べられ、まるでお花畑のようだった。
今日はマニスではなくてチェルミナお姉ちゃんが作ってくれたけど、その料理の腕前はやはり高い。
声を揃えて美味しいと絶賛すると、お姉ちゃんは耳まで真っ赤になって恥ずかしがっていた。
すかさず、チェルシーミルキーのメンバーが茶々を入れ、お姉ちゃんは完全に縮こまってしまう。
そして誰からともなく、笑い声が沸き上がる。
そんな温かな雰囲気に包まれて、みんなとっても楽しそうだった。