-7-
「お疲れ様、みなさん。食事の用意ができていますよ。食べていってくださいね」
「あっ、はい。ありがとうございます~」
不意に加わったお父さんの声に、素直な感謝の言葉を述べるチェルシーミルキーのメンバーたち。
あれ? でも食事の準備なんて、いつの間にしていたのだろう?
お姉ちゃんたちのライブが終わるまで、お父さんも私とマニスの後ろで舞台の様子をうかがっていたはずなのに。
「あら、お父さん。あたしのライブを見ないで食事の準備なんてしてたの?」
私と同じように考えたのだろう、お姉ちゃんがトゲのある言葉を放つ。
嫌味な言い方をしてはいるけど、お父さんが見ていなかったと思って落胆しているのが手に取るようにわかった。
「……いや、見ていたよ。あんな格好で動き回って、はしたないことこの上ないと思いながらね」
「ふ、ふん。そう思われるなら、見てもらわなくてもよかったけどね」
相変わらず、素直じゃないふたり。
私はお姉ちゃんの意思を継ぐように、疑問の言葉を続ける。
「でもお父さん、それなら食事の準備って、どうしたの?」
その疑問に答えてくれたのは、両手をおなかの前辺りでそっと重ね、控えめにたたずむマニスだった。
「朝から下ごしらえをして、ライブの準備の合間とか休憩時間も使って、私と神父様で進めていたの。チュルリラちゃんのライブの前にはもう、あとは温めて盛りつけるだけの状態にしてあったんだよ~」
なるほど。私やお姉ちゃんが昼過ぎまで寝ているあいだに、下ごしらえは終わっていたということか。
さすが私のマネージャー。パーフェクトな仕事ぶりだわ。
……なんとなく、自分のダメさ加減が助長されるみたいで、ちょっと微妙な気分でもあるけど。
ともかく、まだステージ衣装のままだった私やお姉ちゃんたちは、控え室で普段着に着替えてから食堂へと向かう。
先に行って盛りつけを済ませたマニスとお父さんが、すでに席に着いて待ってくれていた。
そこは綺麗な飾りやキャンドルライトで満たされた、真っ白なレースのテーブルクロスを敷き詰めたような豪華で優雅な食卓……なんてことが、あるはずもなかった。
いくら村の中心になっているとはいえ、ここは貧しく小さな田舎村の教会なのだから、当然といえば当然だ。
建物は薄汚れ、古めかしい雰囲気に包まれている。食堂だってお世辞にも綺麗とは言えない。
ランプの薄明かりが木製のテーブルをほのかに照らす。その上に、いくつかのお皿が並べられていた。
ひとりずつ個別に用意されているのはスープだけ。
他のサラダや鶏肉の料理などは、大皿に盛りつけてある。それを小皿に取り分けて食べるのだ。
これでも、私たちの村では年に数回あるかどうかというくらいの、豪華な食事だった。
きっと都会の人たちにとっては、ご馳走と呼べるほどではないだろう。
それでも、温かな家族や友人と囲む食卓は、どんな豪勢な食事にも勝る調味料となる。
お父さんとお姉ちゃんがいつもどおりの反発し合うような言い争いを始めたりはしたけど、決して笑い声が絶えることはない。
こんなに楽しく食事ができて、私は胸がいっぱいになるほどの幸せを感じていた。
お母さんはいないけど……、
素直じゃないところはあるけど、とっても優しいお父さんがいて、
ケンカばかりしちゃうけど、憧れのお姉ちゃんがいて、
ちょっと泣き虫だけど、私をしっかりサポートしてくれるマニスがいて、
かなりうるさいけど、面白い(もしくは、おかしい)お姉ちゃんの友達がいて。
私はこの聖ベルル教会の巫女として生を受けたことに、心から感謝していた。
神様の姿なんて見たことはないし、声を聞いたこともない。
だけど、神様っているんだ。いつでも見守ってくれているんだ。
私はそう考えていた。
そしていつものように祈りを捧げる。
神様、今日も一日、ありがとうございました。
明日もいい一日になりますように。
そんな穏やかな気持ちで祈りを終えた私に送られたのは、お父さんからの容赦ない言葉だった。
「おや? チュルリラは食べないのか? ご飯、もうほとんど残ってないぞ?」
テーブルを見渡すと、主にお姉ちゃんやバンドのメンバーたちによって、ほとんどの料理が跡形もなく消え去っていた。
……うう、神様の意地悪……。