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ライブが終わって、チェルシーミルキーの四人が舞台袖に戻ってきた。
「お疲れ様でした~」
マニスがそっとタオルを差し出す。
「おっ、サンキュ! さすが、気が利くな!」
それを受け取ったシーさんが、わしゃわしゃと乱暴にマニスのおかっぱ頭を撫でていた。
チェルシーミルキーには、専属のマネージャーがいない。
キーボード担当でリーダーのキーマさんが、マネージャーの役目も兼任しているからだ。
ただ、ライブのことで手いっぱいのキーマさんが、舞台から下りてきたあとまでマネージャーの役割を果たすのは難しい。
そんなわけで、ライブ終わりにはこうやって、気を遣ったマニスが飲み物やタオルを用意している場合が多かった。
もっとも普段から、キーマさんのマネージャーぶりには疑問符つきなのだけど。
「うふふ。なんだか、とっても失礼な思念を感じますわ。チュルリラさんのほうからかしら~?」
笑顔を張りつけたままではあったものの、こちらへと向けられたキーマさんの鋭い視線の奥には、絶対零度の冷たさが感じられた。
バナナで釘が打てる世界のごとく、背筋が凍りつく。
「き……気のせいじゃない? ほ、ほら、疲れてるからだよ、きっと。ささ、椅子を用意してあるから、どうぞっ!」
「あらあら、チュルリラちゃんも気が利くわねぇ~。うふふふふ」
引きつった笑顔を崩さないようにしながら、私はキーマさんを椅子に座らせると、頼まれてもいないのに肩をもみ始める。
他のメンバーの分の椅子は、マニスが素早く準備していた。
「ふ~、今日も疲れたわね~。でも、楽しかった~!」
お姉ちゃんは勢いよく椅子に座ると、タオルで汗を拭きながら、こぼれ落ちそうなほどの笑顔を振りまく。
「……でも、あんなにはしゃいだら、見えちゃうよ?」
「ん? ま、べつにいいじゃない」
私の忠告にも、まったく耳を貸さない。いつものことではあるけど、やっぱり心配だ。
「よくないよぉ。お父さんだって、はしたないって言ってるし。もうちょっと、恥じらいを持ってほしいというか……」
「あんた、いつの時代の人間よ。今どき、これくらい普通なんだってば」
やっぱりお姉ちゃんは、反発するばかり。
「そうですわよ~。わたくしは他のメンバーよりも少しだけ長めのスカートではありますけれど、やはり全然気にしませんわ」
「……いや、リーダー、あんたは気にしてくれよ……」
お姉ちゃんの言葉に同調するキーマさんの声には、すかさずシーさんからツッコミが入った。
「そうよお、リーダー。クマさんパンツは、さすがにありえないわあ。冬なんて、真っ赤な毛糸のパンツはいてるでしょお? いくらなんでも、あれはこっちが恥ずかしいわあ」
ミルさんも一緒になってキーマさんを責め立てる。
……というか、キーマさん、なんてものをはいてるんですか……。
「そうですか~? クマさん、可愛いですわよ~? それに、ほら~、わたくしって冷え性ですから~。冬には毛糸のパンツ以外の選択肢なんて、考えられませんわ~」
まったく恥らう様子もなく、そう言ってのけるキーマさん。やっぱりこの人、かなり変だ。
ギロリッ!
再び突き刺さりかけた絶対零度の視線を、私はそっぽを向いて口笛を吹くことで回避した。
「でもまあ、ライブが盛り上がってよかったわあ。バンドやっててよかったって、心から思う瞬間だよねえ」
バリボリ。
まだ汗だくで頬も上気したままだというのに、ミルさんは両手に持ったチョコレートをパクつく。
「ミル、よくこの状況でそんな甘ったるいもん食べられるな……。オレには絶対無理だぜ」
シーさんが呆れ顔で言うと、他のメンバーもうんうんと頷いていた。
もちろん、マニスも私も。
「糖分は大切なんだよお? 汗をかいた分、補給しないとお!」
「汗で失うのは、塩分でしょ! だいたいミルってば、ライブ中にだって食べてるじゃない!」
ミルさんのとぼけた物言いに、お姉ちゃんも思わず声を荒げていた。
いやまあ、お姉ちゃんは普段からよく声を荒げているのだけど。
「だってウチ、育ち盛りだもん!」
ぷ~っと頬を膨らませるミルさんの表情は可愛いのだけど。
「十六にもなって育ち盛り言うな! もうそろそろ止まる頃でしょうが! だいたい同級生バンドなんだから、あたしたちも同い年だって~の!」
お姉ちゃんの頭から煙が立ち昇っているようにすら見える。
こんな言い争いも、ごく見慣れた光景。
お姉ちゃんたちのバンドは学生時代に結成され、こうして今でも続いているのだ。
ケンカばっかりしているように見えて絶妙なバランスを保った、とっても仲のいいグループなんだなと、いつも感心してしまう。
お姉ちゃんに憧れるひとつの要因と言ってもいい。
ベルカント村のあるソルフェージュ王国では、特別な事情がない限り、子供はみんな十五歳まで学校に通うことになっている。
お姉ちゃんたちのバンドは、学校を卒業してからすでに一年以上、一緒に聖歌巫女の活動を続けていることになる。
学校といえば、マニスは十三歳なのでまだ学生だ。学生でありながら、私のマネージャーも同時にこなしている。
頻繁に教会のライブや他の町への巡業にまで出て、勉強のほうは大丈夫なのかというと、それは全然問題なかった。
成績優秀なマニスは、卒業までの課程をすべて終わらせているのだそうだ。
十五歳までと決められているので在籍したままだけど、学校側からはマネージャーの仕事を優先していいと言われている。
「ふふ」
そんなマニスは、私の隣に慎ましやかな物腰で控え、お姉ちゃんたちに向けて温かな視線を送っていた。