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「みんな~! 今日はありがと~~~!」
ウォォォォォォォン!!
歓声がうねりを生み出し、会場全体が震えているようにすら感じられる。
そんな凄まじい熱気の中、チェルミナお姉ちゃんが舞台上を動き回って観客を沸かせていた。
「思う存分、楽しんでいってね~~~!」
「キャーーーー! 『チェルミル』~~~! 最高~~~~!」
「チェルミナ様~~~~! こっち向いて~~~~!」
私のライブとは客層も少し違っていて、若者を中心とした黄色い声が上がる。
露出度が高めだから男性ファンもそれなりに多いものの、どちらかというと同世代の女性から支持されているようで、観客の三分の二くらいが若い女の子たちだった。
「声援、ありがとね~~~~! じゃ、まずはあたしたち『チェルシーミルキー』のメンバー紹介からっ!」
お姉ちゃんの声に合わせて、スポットライトがメンバーに向けられる。
「キーボード! 我がチェルミルの大ボケリーダー! ゆったり、おっとり、うっかり、ちゃっかり! カレー大好き、天然素材! キーマ!」
キーマさんがライトの光を浴びながら、笑顔で観客に手を振っている。
メンバー紹介の言葉は、毎回お姉ちゃんのアドリブだ。
……こんなに変な紹介をされているんだから、怒ってもいいのに……。
でもキーマさんって、そういう人なのだ。なにを言われても、表面上は笑顔。
……内心では怒りが大爆発しているのかもしれないけど。
たまに、この人がリーダーで本当に大丈夫なのかなって思ってしまう。
私が見ている限り、実権を握っているのはお姉ちゃんのような気がするし。
「ドラム! うざいくらいに甘いもの食べまくり! それなのにどうして太らないの!? うらめしい……いや、うらやましい! ミルフィーノ!」
続いて紹介されたミルさんは、いつも片手に(もしくは両手に)なにかしらのお菓子類を持っている。
バンドの演奏中はさすがに無理、と考えるのが普通と思うけど、ミルさんの場合は傍らに専用のお菓子台を設け、巧みなスティックさばきでライブ中にまで食べるのだ。
すごい技だとは思うけど、それってどうなのだろう?
とはいえ、あれだけ甘いものを食べているというのに、ミルさんのウエストは小柄な私よりも確実に細い。
お姉ちゃんの言うとおり、うらめしい……いえ、うらやましい。
メンバー紹介は続く。
次にスポットライトが当てられたのは、シーさんだった。
「ベース! クールでビターなお姉様……を目指してるらしいけど、まったく素質はなし! 男勝りな健康バカ! シークレット!」
ぴしっ。
こめかみにちょっと青筋を浮かべているように見えるけど……。
懸命に堪え、表情は笑顔で固めている。さすがに場をわきまえてはいるみたいだ。
シーさんはショートカットが似合うボーイッシュな印象の女性。
いつも明るく爽やかに、をモットーとして、日々トレーニングに明け暮れているとか。
言葉遣いが少し乱暴な感じではあるけど、チェルシーミルキーのメンバーの中では一番の良識人なのかもしれない。
「そして最後にギター兼ボーカルのこの私! 頭脳明晰、容姿端麗、才色兼備! 世界のアイドル! チェルミナ!」
……言ってて恥ずかしくないのかな、と思ってしまうような自己紹介を迷うことなくやってのけるお姉ちゃん。
それにしても、自分だけいいことばかりの紹介なんて、ひどすぎる気も……。
ミルさんとシーさんが、お姉ちゃんの背後から研ぎ澄ました刃物のごとく鋭い視線を向けているように見えた。
と、絶妙なタイミングで、キーボードのキーマさんが演奏を始める。
アップテンポでノリのいいメロディーが、瞬時に会場の空気を包み込んでいく。
すぐにミルさんとシーさんの演奏パートに入るため、ミルさんとシーさんも曲のほうへと集中せざるを得なかった。
……キーマさんはやっぱり、しっかりとしたリーダーなのかもしれない。
そんなやり取りがあったことを知ってか知らずか、お姉ちゃんは笑顔を惜しみなく振りまきながら歌い始めた。
『いつか必ず あの星を目指そう
みんなで約束した 遠い冬空』
わ~、お姉ちゃん、やっぱりカッコいい!
それに、綺麗だけど力強くて、すごくいい声!
私は舞台の袖に立ち、お姉ちゃんたちの演奏と歌声に聴き惚れていた。
隣にはマニスも並んでいて、歌声に聴き入るように目をつぶっている。
マニスは軽快にリズムを取って、お姉ちゃんたちの歌を心から楽しんでいるようだった。
私の聖歌と比べるとアップテンポな曲が多い、お姉ちゃんたちのバンド『チェルシーミルキー』、通称チェルミル。
お姉ちゃんは瞳を輝かせ、照明にきらめく汗を飛ばしながら、本当に楽しそうに歌っている。
『手を伸ばしても 届かない輝きだけど
ともに手を握り合えば 飛べると信じてた』
お姉ちゃんのマイクを持つ手にも、いつも以上に力がこもっているように思えた。
マイクの中には、声の振動を増幅させる水晶が埋め込まれている。
水晶にはいろいろな力が宿っているものがあって、この会場の照明も水晶の力でランプの明かりを増幅させて使っているのだ。
私のライブのあとにスタートしたチェルミルのライブは、必然的に遅い時間からのスタートとなり、夜間ライブとなっていた。
『心に生える 空色の羽根
月光に映える 夢色の羽根』
チェルミナお姉ちゃんは、激しく舞台の上を駆け回りながら歌う。
短いスカートの衣装だから、下着が見えてしまわないかと心配になってくる。
ライブの映像は、オーブに記録されて販売されることになっているというのに……。
『降り注ぐ星のかけらが 祝福の音色を奏でる
幻想の舞台を包む フェアリーナイト』
綺麗に磨かれた水晶玉――オーブには、映像を映し込んで記録しておくことができる。
主に教会の巫女が聖歌を広めるために使う、プロモーションオーブと呼ばれるものだ。
オーブに記録した映像は再生装置を使って見ることができ、投影機を使えばスクリーンに映し出すこともできる。
また、球形のオーブ内に映像が記録されるため、三百六十度、すべての方向からの映像を楽しむことまでできるのだ。
ただ、これが以前は問題になっていた。
下からのぞき込む、といったこともできてしまうからだ。
そのため以前は、スカートの下にスパッツをはく人や、最初からスカートではなくズボンをはく人も多かったらしい。
だけど、スカートがひらひらと揺らめく様子っていうのは、見た目の華やかな印象を深める意味でも重要な要素となる。
そういう考えが多かったからか、いつしかプロモーションオーブには、下からのぞき込むと「もや」がかかったようになる、パンチラガード機能がつけられるようになっていった。
ともあれ、お姉ちゃんみたいに短いスカートだとさすがに見えてしまいそうで、私は気が気ではなかった。
実際に会場にいる観客たちには、「もや」がかかって見えたりはしないのだから。
『夢なら醒めないで いつまでも』
そんな私の苦悩になんて気づくはずもなく、お姉ちゃんは楽しそうに舞台上を飛び跳ね回る。
いつの間にかワンコーラス歌い上げ、観客の熱気は最高潮にまで達していた。