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ふ~。大きく息をつく。
途中で失敗はあったものの、私は最後までやり遂げたという達成感でいっぱいになっていた。
観客のみなさんも、満足そうな表情を向けてくれている。
途中で歌詞が飛んでしまったことなんてなかったかのように、一点の曇りもない笑顔たち。
ごめんなさい、その言葉を口にするのは、はばかられた。
それだけ温かな空気に包まれていたのだ。
だから私は、素直な感謝のひと言をだけを伝える。
「ありがとうございました」
深々と一礼すると、いまだ鳴り止まない歓声を背中に受けながら、舞台袖へと向かって歩き出した。
☆☆☆☆☆
「うゆ~、チュルリラちゃん、よかったよぉ~」
うるうると瞳を潤ませて、マニスが抱きついてきた。
相変わらず、涙腺ゆるすぎ。
そう思わなくもなかったけど、マニスの気持ちだってよくわかる。
マネージャーとして、今まで必死に頑張ってきてくれたのだから。
私の瞳にも思わず涙が浮かんでくる。
「あは、いつもありがとう。マニスが頑張ってくれてるおかげよ」
マニスの頭をそっと撫でながら、小さな体を抱きしめ返す。
私自身も小柄だけど、さらに輪をかけて小さなマニス。
どこにそんなパワーがあるのだろうと不思議に思うほど、いつも一生懸命に私をサポートしてくれる。
マニスがいなかったら、私は聖歌巫女としてやっていくことなんてできはしなかっただろう。
「……お疲れ様。よく頑張ったね」
マニスに続いて、お父さんがそっと控えめな笑顔と優しい言葉を送ってくれた。
「……うん」
「これからは正式な聖歌巫女として、今まで以上に大変になっていくはずだ。マニスと二人三脚で、くじけずに頑張っていくんだよ。もちろん私も、最大限にサポートするからね」
そう言って、手のひらでポンポンと私の頭を軽く叩く。
私はお父さんの手の温もりを感じ取って、自然と笑顔をこぼしていた。
「ふん。ま、悪くはなかったけどね。でも、歌詞を忘れてるようじゃ、まだまだだわ」
笑顔に水を差すようなひと言を投げかけてきたのは、壁に寄りかかりながら腕を組んでこちらに目を向けている、チェルミナお姉ちゃんだった。
「お姉ちゃん……」
「チェルミナ! お前は準備があるだろう!? どうしてここに!」
「準備なんて、とっくに終わってるわ」
お父さんの言葉に、お姉ちゃんは反発の視線をあらわにする。
「な……っ! またお前は、そんな格好で舞台に上がるつもりか!?」
「ふふ、可愛いでしょ? これで今日も観客の視線を釘づけよ!」
短いスカートをひらりとはためかせると、お姉ちゃんの綺麗な白い太ももが女性である私やマニスの視線さえも惹きつける。
「お前……、もっとちゃんとした服装を……!」
「充分ちゃんとした服装だわ。都会じゃこのくらい普通なのよ? まったく、こんな田舎村にこもってるから、お父さんは頭が固くなるのよ」
「なにを勝手なことを! だいたい嫁入り前の娘がそんなはしたない格好をさらすなんて、もってのほかだ!」
「ふ~ん、だったらなに? ここで脱がすとでもいうの? 代わりの衣装もないし、普段の地味な服じゃ、このあとのライブだって盛り上がらなくなるわよ? それでもいいのかしら?」
「くっ……」
私はおろおろしながら、ふたりのやり取りをただ黙って見守っていた。口出しできるような雰囲気ではなかったのだ。
それでもマニスは、「チェルミナさんも神父様も、おやめください~」と、おろおろしながらも控えめに声を上げていた。
もっとも、お父さんもお姉ちゃんも、そんな言葉にはまったく耳を貸さなかったのだけど。
「シャーベット神父~! チュルリラちゃんの舞台の片づけとチェルミナちゃんの舞台の準備、始まってますよ~! 指示をお願いします~!」
「あ……は~い、すぐに行きます~!」
助け船ともいうべき声が響く。
ライブなど教会主催のイベントの際は、なるべく盛大に執り行いたいということもあってか、会場も大がかりなものとなる場合が多かった。
ただ、そういった舞台を準備するには、私たち姉妹とお父さんだけでは手が全然足りない。
そのため、イベントの前になると必ず近所の人たちにお願いして、準備を手伝ってもらっているのだ。
「それじゃあ、行くからな。……チェルミナ、その、なんだ。……ま、今日も頑張るんだぞ」
「言われなくても、わかってるわ」
ぶっきらぼうに言い放つお父さんと、ツンと澄ました表情で答えるお姉ちゃん。
ふふっ。どっちも素直じゃないんだから。
ケンカ腰の言い争いをしていても、仲のいい親子なのは間違いない。それは自信を持って言える。
「まったく、うるさいったらないわ」
お父さんが舞台のほうへ去ったあと、ぽつりとつぶやくお姉ちゃんの頬は、微かに赤く染まっているように見えた。
お姉ちゃんだって、お父さんの気持ちは充分に理解しているのだ。
「ま、あたしもそろそろ行くわね。あんたみたいに失敗なんてしないから。本当の聖歌巫女のライブってのを、じっくりと目に焼きつけておきなさい!」
そう言い残して、お姉ちゃんは控え室へと入っていった。
取り残された私とマニスは、ほんわかとした温かい空気に包まれていた。