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私とお姉ちゃんはアインザッツさんを許し、本当の父親だということを認めて受け入れた。
それでも、この屋敷で一緒に暮らすというのは断った。
「ごめんなさい。私たちにとっては、ずっと育ててくれたこの人がお父さんなんです」
私とお姉ちゃんは、両側から神父服姿のお父さんの腕に抱きつく。
お父さん以外に、マニスもチェルシーミルキーのメンバーも、すでに部屋の中へと戻ってきていた。
「そうか……わかった……」
アインザッツさんは、わかったと言いながらもその表情は陰り、納得はできていない様子がうかがえた。
だけど、これは仕方がないことなのだ。私はそう自分に言い聞かせた。
私たちは帰り支度を整えると、早々に部屋を出た。
蒼いローブの人たちが整列して見送ってくれた。
アインザッツさんは、引き止めたりはしなかった。
ただ黙って、私たちに続いて歩いてきた。
屋敷の外に出ると、中天付近まで昇ったまぶしい日差しがさんさんと照りつけていた。
門を出たところで、私たちは振り返る。
私の横にはチェルミナお姉ちゃんも並んでいた。
その様子を、切なさを飲み込んで優しい微笑みをたたえながら、アインザッツさんが見つめている。
私とお姉ちゃんは、言葉もなく頷き合うと、歌い始めた。
『幼い頃からなんとなく 普通とは違う そう感じてた
温かな幸せに 包まれ生きてきたけど
ふとした瞬間に 寂しさが溢れてきた
幼い頃から幾度となく 遠い想いを ふと感じてた
笑顔の食卓 偽りの愛じゃないけど
失くした面影に 眠れない夜もあった
あなたの優しさ 遠く離れた私たちのもとへ
届いていたのだと 今になってわかった
ありがとう ありがとう いつも想ってくれて
気づくことのできなかった 優しい温もり』
白い雲が青空を漂うように、私たちの歌声はシンフォニエッタの町の片隅に、しっとりと流れゆく。
『幼い頃から私たちふたり たまにケンカしながら生きてきた
楽しい家族団らん 幸せに暮らしていた
その同じ星空の下で あなたは寂しさ堪えてたのね
気づいてあげられなくて ほんとにごめんなさい
大切なかけがえのない心 今になってわかった
ありがとう ありがとう いつも想ってくれて
気づくことのできなかった 優しい温もり
ありがとう ありがとう いつも想ってくれて
今なら素直に言える ほんとにありがとう
これからはあなたの想いを抱えながら
強く生きていきます ……ありがとう』
私とお姉ちゃんの唇から自然と滑り出した聖歌。
「……もしかしたら、赤ちゃんの頃にお母さんが歌ってくれていたメロディーが、心に深く刻まれていたのかもしれないね」
マニスがぽつりとつぶやく。
アインザッツさんを護身オーブで気絶させたあと、お父さんが現れてからずっと黙って沈み気味だったマニスだったけど、やっと表情が和らいだみたいだ。
屋敷は町外れにあるとはいえ、こんな真っ昼間だったからか歌声を聴きつけてきたのだろう、周りにはちらほらと人影が見える。
遠巻きにこちらをうかがっているようだった。
私はすぐに視線を戻す。
アインザッツさんは項垂れたまま、声も出せない様子だった。
すっと一歩前に出て、そんなアインザッツさんに声をかける。
「さようなら……。でも、手紙を書きますね」
「たまにだったら、遊びにも来てあげるわ!」
お姉ちゃんはやっぱり素直になれないのか、あさっての方向を見ながらだったけど、心のこもった言葉をさよならの贈り物にしていた。
「ありがとう……」
ただひと言だけ、アインザッツさんは微かな声で答えた。
うつむきながら肩を震わせている。
顔は見せなかったけど、きっとその瞳には熱い涙が溢れているはずだ。
――私たちと、同じように。
「それじゃあ、行こうか」
「うん……」
優しげに促すお父さんの声。
私たちは肩を震わせ続けたままのアインザッツさんを残し、ゆっくりと歩き出した。
行く先には、数日前までと変わらない、ありふれた日常が待っているだろう。
でも、私たちの心の中には本当の父親という唯一無二の存在が刻まれ、いつまでも消えることなく、生きていくための力を与えてくれるに違いない。
一緒に住むことはできないけど、きっとこれからも私たちのことを想ってくれる。それは確信していた。
もちろん私たちも、アインザッツさんの存在を胸に抱きしめながら暮らしていく。
たとえ離れていても、家族の絆は決して切れたりしないのだ。
ふと空を振り仰ぐ。
晴れ渡った青空に浮かんだ、まぶしくて力強い太陽が、私たちそれぞれの新たな出発を祝福してくれているかのように微笑んでいた。