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バチバチバチ!
突然、空間を切り刻むような衝撃音が響き渡る。
ドサリと鈍い音を立てて、アインザッツさんがテーブルに突っ伏すようにして倒れた。
その背後には護身オーブを右手に掲げたマニスが、無機質さをも感じさせるような瞳で、倒れたアインザッツさんを見下ろしていた。
「え……? マニス、なにしてるの!?」
マニスがなにをしたのか、それは聞くまでもなく一目瞭然だった。
だけど困惑した私には、そんな疑問の言葉を口にすることしかできなかった。
「……うゆ、見てのとおりよ……。私は頼まれていたの。この人に天罰を与えることを」
ぎゅっと護身オーブを握る手に力をこめながら、抑揚のない声を放つマニス。
その瞳は、普段の彼女からは想像もつかないほどの冷たい光をたたえていた。
「頼まれたって、なによ!? いったい誰に……」
「私がマニスに頼んでいたんだよ」
ふと部屋の外が騒がしくなったかと思うと、唐突に部屋のドアが開いた。
マニスに詰め寄る私の言葉を遮ったのは、聞き慣れた、もの静かで安らかな響きを持った声だった。
「お父さん!? どうしてここに……!」
チェルミナお姉ちゃんが驚きの声を上げる。
そう、部屋に入ってきたのは、聖ベルル教会の神父である、私たちのお父さんだった。
もちろんアインザッツさんが本当のお父さんだとすれば、この人は正確にはお父さんではないことになる。
でも今までずっとお父さんと呼んできたのだから、真実がどうだったとしても、急に認識を変えるなんて無理というものだ。
開け放たれたドアの向こうでは、蒼いローブの男たちが困惑しながら部屋の様子をうかがっている。
お父さんは普段どおりの神父の格好で入ってきた。ローブの男たちとしても、手を出していいものかどうか、判断がつかなかったのだろう。
ゆっくりと足を進めるお父さんは、歩きながらアインザッツさんに険しい視線を向け、ぽつりぽつりと語り出した。
「やっとここまでたどり着くことができた……。私はこの男を許すわけにはいかない」
「お父さん……、どうして……?」
問いかける私に、お父さんはほんの一瞬、視線を向ける。
その瞬間だけは、とても優しい輝きが感じられた。
だけどすぐにまた、瞳は険しさを宿す。
「……チャルメラはね、私の妹なんだ」
ゆったりとした口調ながらも鋭さを含んだ声で、お父さんはそう言った。
「チャルメラは教会の巫女として育てられた。両親も手塩にかけて育て、可愛がった。可愛がりすぎたふしも、あったのだろう。いつしか彼女は、外の世界を見たいと言って家を飛び出した」
すぐに捜索を開始したものの、チャルメラさん――すなわち私のお母さんを見つけることはできなかったらしい。
そんな折、お父さんの両親は病に倒れてしまう。村中に伝染病が流行したのが、その原因だった。
お父さんの両親には、私もお姉ちゃんも会ったことがなかった。
その病で、亡くなってしまったからだ。
当時、主に抵抗力の少ない老人や幼い子供が、伝染病の犠牲になっていた。
教会に身を置く立場上、お父さんの両親は病気にかかった人の治療を必死に手伝った。
疲労も原因となったのだろう、まだそれほどの歳というわけでもなかったお父さんの両親も、病魔に侵されてしまう。
結局そのまま、帰らぬ人となった。
そのせいもあり、お母さんを探す余裕もなくなってしまったのだという。
やがて月日は流れ、アインザッツさんに拒絶されたお母さんは、ふたりの赤ん坊を連れて教会に戻ってきた。
お母さんはふたりの子の父親については、なにも話さなかった。
神父となっていたお父さんも、妹が無事に戻ってきてくれたことを喜び、しつこく問い詰めたりはしなかった。
両親が亡くなって、彼女がたったひとりの家族となっていたのだ。それまで以上に大切に思うのも、自然なことだったのかもしれない。
そんなお母さんも、教会に戻ってすぐ、病に倒れて寝たきりとなってしまった。
気丈に振舞っているように見えても、精神的にはかなり滅入っていたのだろう。
ノイローゼ気味になり、体調もどんどん悪くなっていった。
お母さんはいつも謝っていたらしい。
倒れて苦労をかけたことに対してなのか、身勝手で家を飛び出してしまったことに対してなのか、それはわからない。
ただただ謝っていた。
看病していたお父さんは、お母さんを拒絶した男に、強い恨みの念を抱いた。
それをお母さんは感じ取ったのかもしれない。
「恨まないであげて……」
朦朧とした意識の中で、そう言い続けていたという。
しばらくして、お母さんは亡くなった。
「恨まないでとは言われていた。でも、どうしても恨みの念を消し去ることはできなかった。私からたったひとりの家族を奪った男……。それをどうして許せようか」
お父さんは、テーブルに突っ伏したままのアインザッツさんを、焼き殺してしまいそうなほどに恨みの炎を燃やした瞳で睨みつける。
「……神父などと言われる立場ではあっても、私だってひとりの人間だ」
お父さんはアインザッツさんの背後、まだ護身オーブを手にしたままのマニスの横に立つ。
そして、すっ……と右手を上げた。
その手には、鋭い輝きを放つ一本のナイフが握られていた。