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聖歌巫女(うたみこ)  作者: 沙φ亜竜
聖歌5 蒼いローブと青林檎
30/38

-4-

 門から庭を抜けた私たち。

 玄関のドアはさっきの大男が開けて出てきたからだろうか、鍵がかかっていなかった。

 そのまま建物の中へと忍び込む。


 早朝だからなのか、人の気配はない。

 屋敷は外から見る限り三階建て。大きな屋敷の主は、通常一番高いところにある部屋を自室とする場合が多い。

 私たちは自然と、屋敷の奥へ奥へと進んでいくことになった。


 三階までしかないとはいえ、建物の広さは尋常ではなかった。

 コの字型の建物の中央部分にある玄関から入り、左右に視線を移すと、廊下はずっと遠くまで続いていた。

 奥のほうに見える曲がり角から先には、それぞれまた廊下が続いているはずだ。


 階段は玄関前の大広間にあったため、三階まで上るのは難しくない。

 ただ、目指すアインザッツの部屋がどこにあるのかまでは、見当がつかなかった。


「とにかく、行くしかないでしょ」


 ソルトが先陣を切って歩き出す。

 さすがは、行き当たりばったり娘のソルトだ。


「……こら、またあんたは、失礼なことを……」


 相変わらず、私は知らず知らずのうちに言葉に出してしまったようだ。

 ともあれ、目的地がわからない以上、しらみ潰しに当たってみるしかない。

 私たちは意を決して、ソルトに続き階段を上った。



 ☆☆☆☆☆



 三階まで来たところで、微かになにかのメロディーが流れてきているのに気づた。


「……こっちみたい……」


 みんな、黙って頷く。

 階段から右に曲がった廊下の先、突き当たりをさらに直角に曲がった向こうから、その音は聴こえてきているようだった。


 私たちは声を殺し足音を忍ばせながら、一歩一歩、メロディーの発生源へと近づいていく。

 ある程度近づくと、それは楽器の音と女性の声だということがわかった。

 そして、その声は間違いなく……。


「これって、チェルミナさんの声だよね……?」


 控えめにつぶやくシュガーに、私は頷きだけ返す。

 そう、この声はチェルミナお姉ちゃん、楽器の音はチェルシーミルキーのメンバーが奏でる旋律に間違いない。


 この先にお姉ちゃんたちがいる。

 はやる気持ちを抑えて、私たちは忍び足で慎重に進む。

 どんな相手が待ち構えているかわからないのだ。物音を立てるわけにはいかない。

 私たちの周りに響くのは、流れてくるお姉ちゃんたちの聖歌だけだった。



『引っ込み思案なあたしには 告白なんてできるわけない

 話しかけることさえも 視線を合わせることすらできず

 ただ遠くから見つめてた それだけで満足していたけど

 切なく重く想いは募って 涙までも溢れてきた』



 徐々に音のするほうへと近づく。

 一番奥の部屋から明かりが漏れていた。あそこに、お姉ちゃんたちがいるのだ。

 私たちはなおも慎重に歩を進める。



『親身になって相談に乗ってくれる友人

 最後に決まって言われる言葉は 当たって砕けろ!


 ……砕けたくない!』



 早朝の屋敷で、どうしてこの聖歌なのか。

 もっとしっとりした聖歌だって、レパートリーにはあるというのに。


 それを考えると、お姉ちゃんが自ら選曲したわけではなく、知っている曲や聴いたことのある曲をリクエストされて、それを歌っているのではないかという推論に達する。

 演奏は続き、サビに入るタイミング。楽器の演奏も激しくなってきた。

 足音を忍ばせる私たちにとっては好都合だ。



『勇気を持てずに逃げ回る 臆病な子猫のよう

 このままじゃいけないと わかってはいるけど

 変わってしまうことが怖い その思いを振り払えない

 まっすぐな瞳で あなたを見つめるだけ

 ……でもそれが あたしなりのストレートラブ』



 サビの歌声が響く中、私たちは部屋の前にたどり着いた。

 ドアの隙間から顔をのぞかせて、おそるおそる部屋の様子をうかがってみる。


 部屋の中はかなりの広さがあった。

 その部屋の中央で、お姉ちゃんがステージ衣装を着て歌っている。

 お姉ちゃんの背後では、キーマさん、シーさん、ミルさんの三人もそれぞれの楽器を演奏している。


 そんなチェルシーミルキーの面々の前に、大きくて豪華な椅子に座る男がいた。

 あれが、アインザッツなのだろう。


 アインザッツの左右には、警護しているのか蒼いローブの手下がふたり、腕を組んで立っている。

 そのふたり以外にも数人、蒼いローブの男が部屋の隅で控えているようだ。

 こちらからは見えない陰の部分にも数人いるだろうことを考慮すると、全部で十人弱といったところか。

 突撃するには、危険すぎる。


 目の前にお姉ちゃんがいるというのに、私たちは身動きが取れなかった。

 今はタイミングをうかがうしかない。

 そうやって息を潜めているうちに、お姉ちゃんは聖歌を歌い終えた。


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