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「チュルリラちゃんじゃないか! おや、ソルトちゃんたちまで! いったい、どうしたんだい!?」
突如店の中に飛び込んできた、息も服も髪も乱れた客に、ママさんの驚きの声が響く。
「実は……」
空いている席に座らせてもらった私は、かくかくしかじかと、状況を簡単に説明した。
といっても、私自身にもよくわからないことだらけなのだけど。
「あっ、そうだ、ソルト。あなたさっき、早すぎだとか、なんで自分たちまでとか言ってたよね? なにか知ってるんでしょ?」
私の声にソルトは黙って頷く。
ソルトはひと呼吸おいて、ぽつりぽつりと語り始めた。
ここフェルマータからさらに馬車で一日くらい行った先に、シンフォニエッタという都市がある。
ソルフェージュ王国の西部地方では一番の大都市だ。
あの蒼いローブの奴らは、そのシンフォニエッタに住む大富豪、アインザッツが雇っている手下たちなのだという。
大金持ちはその身や豪邸を狙われることも多い。
護身のため私設警備団を雇うのも、ごく一般的な行為だと言える。
ただ、私設警備団といっても、警護専門というわけではない。
例えば豪商であれば商談前にスパイ行為などをさせたり、対立する相手を貶めるための戦略の一端を担ったり、といったこともあるらしい。
もちろん、そういった部分は表には出さないはずだけど。
どこかから漏れてしまうものなのか、大金持ちを妬んだ一般市民の単なる推測なのか……。
真相は定かではないものの、ちまたでは様々な噂が流れていた。
そんなアインザッツの私設警備団が、あの蒼いローブをまとった奴らだった。
襟と袖に青林檎の刺繍をあしらった蒼いローブ。それが奴らのトレードマークだというのだから、おそらく間違いないだろう。
アインザッツは聖歌巫女好きとしても知られ、たくさんのプロモーションオーブを買いあさっていた。
プロモーションオーブは、複製すると極端に映像や音の質が落ちる。
そのため、マスターオーブと呼ばれる、ライブなどの様子を直接取り込んだオーブは高値で取り引きされることが多い。
アインザッツは主にそういったマスターオーブを収集しているらしい。
アインザッツの聖歌巫女に対する執着心は激しく、常軌を逸しているほどだと言われている。
そんなことから発生したのだろう、聖歌巫女を連れ去っているという噂までも流れているようだ。
そこからさらに派生したのか、資金を得るために人身売買にも手を染めているという話にまで広がっていた。
実際にそんなことをしていたら警備隊だって黙っていないだろうし、根も葉もないデマなのかもしれないけど、火のないところに煙は立たないというのも確かだ。
現に蒼いローブの男たちが私たちを捕らえようとしたのは、疑いようもない事実なのだから。
「それで、その人の手下とソルトたちが、どうして繋がるの?」
「……実は奴らに頼まれて、チュルリラをライブジハードに参加させるように仕向けたのよ。参加者も少ないし、一日ですべての演目を終わらせることは予想がついたからね。ライブで歌い疲れたあんたを奴らは易々と連れていく、そいう手はずだったの」
ごめんなさい。
しおらしく頭を下げたソルトは、力なくそうつぶやいた。
「だけど、どうして私なのかな? 聖歌巫女を連れていくなら、ソルトたちだっていいんじゃない?」
「うん、そう思うよね。でも、あたしたちではダメらしいの。どうしてもチュルリラさんと、それからチェルミナさんを連れてこい、という命令を受けているみたいだった……」
説明を加えたのは、シュガーだった。
奴らと接触したときには、ソルトだけでなく、シュガーやサフランもいたということか。
どうして奴らの言いなりになったのか、それを問い質す必要はないだろう。
たとえお金のためだったとしても、私は彼女たちを責める気はない。
聖歌巫女として活動するには結構な資金が必要だし、お互い小さな村の教会で苦労しているのはわかっているのだから。
それにしても、どうして私とお姉ちゃんを……?
などと、悠長に考えているような余裕はない。
今の話が本当だとすると、お姉ちゃんは奴らにさらわれた可能性が高そうだ。
「ママさん、ありがとうございました。私たち、馬車ターミナルに行ってみます!」
そう言い残して、私は夕暮れ亭を飛び出す。
無論、マニスもそのあとに続く。
さらには、シーズンのふたりとサフランまで。
「あたいらも手伝うよ」
奴らに手を貸していたことへの罪悪感もあったのだろう、ソルトの申し出に、私は黙って頷きを返す。
すでに夕陽は地平線の彼方へと沈み、町並みは不気味さすら漂う夕闇にすっぽりと包み込まれていた。
☆☆☆☆☆
馬車ターミナルに着いた私たちは、係員さんに話を聞く。
人を連れ去るというのに乗合馬車の定期便を使うとは思えなかったけど、それでもなにかの手がかりはあるかもしれない。
そう考えて、ダメもとで尋ねてみたようなものだった。
だけど、意外なことにあっさりと手がかりとなる答えが返された。
お姉ちゃんたちチェルシーミルキーの四人を、シンフォニエッタ行きの馬車の列で見たというのだ。
それだけお姉ちゃんたちのバンドは知名度が高まっていると言えるだろう。
ただ、どうやら途中で数人の男たちに話しかけられ、列から離れたらしい。そしてそのまま、男たちとともに歩き去った。
お姉ちゃんたちが向かったのは、闇馬車と呼ばれる、馬車ネットワークに加入していない組織や個人運営の馬車が集まる広場の方向だった。
その広場は、闇馬車広場と呼ばれている。
闇馬車は、闇などと名づけられているけど、べつに違法というわけでもない。
馬車ネットワークは、安全安心と時間厳守などの規律を確立させ、定期的な整備や点検の義務を徹底しているので、どうしても料金は割高になってしまう。
個人運営などの場合、安全性の確保は難しいけど、その分安く乗せてもらえることになる。
その上、今からすぐに出発したい、といった緊急時にも対応可能という利便性もあり、利用客も少なくはないのだ。
私が住んでいるベルカント村には、闇馬車が来ない。人が少ないため、あまり儲けにならないのだろう。
だから私自身は利用したこともなかったし、その存在すら忘れていたくらいなのだけど、大きな都市では当たり前のように使われているのだとか。
とすると、闇馬車を使ってシンフォニエッタへと向かった可能性は高まる。
お姉ちゃんたちに話しかけた男たちは、蒼いローブを着ていたというわけではなかった。
とはいえ、目立つ格好でわざわざ法に背くような行為をするとも思えない。
もしその男たちがアインザッツの手下だとすれば、お姉ちゃんたちは脅迫されて連れていかれたということも考えられるだろう。
ともかく私たちは、闇馬車広場へと急いだ。
広場には、多くの闇馬車が止まっていた。
馬車ターミナルから引き抜いて連れてきたと思われる団体客の姿まで見受けられる。
闇馬車広場を隅々まで見回してみたものの、お姉ちゃんたちの姿はない。
当然だろう。係員さんがお姉ちゃんたちを目撃したのは、今朝のことだったのだから。
でも、そうすると、半日以上の遅れということになる。
私たちもすぐに発つべきだ。
そのとき、馬の速さを売りにしている『特急便』と銘打った闇馬車が目に入る。
少々怪しい気はするものの……背に腹は帰られない。
私たちはその闇馬車に乗せてもらい、シンフォニエッタへと出発することにした。