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「ふ~、終わったわね」
「うん、お疲れ様~」
控え室に戻り着替えを済ませ、衣装など荷物もまとめ終えた私とマニスは、椅子に座ってひと息ついていた。
「早くお姉ちゃんを探しに行かないと……」
そう思ったところで、ノックもなしに突然ドアが開かれる。
「お疲れ~」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、シュガーとサフランを従えたソルトだった。
彼女たちは、バッグや衣装ケースなどの荷物を持ってきている。もう支度を整えて帰るところなのだろう。
「ふっ……、負けたわ。完敗だわよ」
「あは。でも、ライブジハードとしては私が勝っちゃったけど、そっちもよかったと思うよ。ソルトの温かい心が溢れてて、胸にじーんと染み込む感じだったわ」
「んなっ!? い……いや、べつにあたいは、そんな……!」
私の素直な感想を受けて、顔を真っ赤にして恥ずかしがるソルト。
このところのやり取りを通じて、直接罵声を浴びせたりして言い争うよりも、こうやって恥ずかしくなるようなセリフで攻撃するほうが効果的で、ソルトの可愛らしい面が見られて楽しいということに気づいたのだ。
とはいえ、もちろん私は嘘をついたわけじゃない。本当に思っていることを言っただけなのだけど。
「あは、照れてる照れてる。面白~い!」
「なっ! あんた、あたいをからかったのねっ!?」
「どうかなぁ~? あははは!」
私とソルトのかけ合いを、他のみんなも笑顔を浮かべて見てくれていた。
今日は参加して本当によかった。改めてそう感じた。
と、そのとき。
そんな私の気持ちを踏みにじるかのように、突然ドアが蹴破られ、ドタドタと荒々しい音を響かせながら、奴らが部屋の中へと押し入ってきた。
☆☆☆☆☆
「え……っ!? ちょ、ちょっと、なによあなたたち!?」
私は動揺しながらも、どうにか叫び声を放つ。
でも奴らは私の言葉に答えもせず、手馴れた動作で私たちを取り囲み、素早く腕をつかむと後ろ手に回す。
抗ういとまもないほどの瞬間技で、身動きできない状態に陥ってしまう私たち。
奴らはみな蒼いローブをその身にまとい、深々とかぶったフードで顔も見えない。
ただその体つきから、相当訓練された男たちだということは想像できた。
「くっ……! 早すぎだわよ! それに、なんであたいらまで……!」
ソルトの苦悶の声が響く。
「え? ちょっとソルト! それってどういうこと!?」
問い質そうとする私の声を、バチバチという大きな音がかき消した。
ドサッ!
蒼いローブのひとりが床に倒れ伏す。
「う、うゆ~……!」
目に涙を浮かべながら眉をつり上げたマニスが、そのすぐ横に立っていた。
マニスが手に持っているのは、棒状の短いステッキ。その先端にはオーブが取りつけられている。
そうか、護身オーブだ!
プロモーションオーブにも使われている水晶には、映像や音などを内部に溜め込む性質がある。
溜め込まれた映像や音をほんの少量ずつ放出することで、ライブの様子などを再生することができるらしい。
放出しているということは、やがてはなくなってしまうということだけど、映像の再生程度の放出量ならばごく微量で済むため、数万回は見ることができると言われている。
その水晶の性質を使って、内部に電流を溜めておき、それを放出することで武器にできるようにしたものがある。
放出量が大きすぎると危ないけど、水晶には内側へ向かって引き込む力があるらしく、一気に強い電流を放出することはできない。
そのため軍事目的での利用研究は諦められたものの、今ではいざというときの護身用製品として一般にも出回っている。
もっとも、それほど安価なものではないはずだ。
きっと、若い女の子のふたり旅だからと心配したお父さんが、マニスに持たせていたのだろう。
突然の反撃に一瞬たじろいだ蒼いローブの男たち。
その隙を、見逃す手はない。
マニスがすぐに動きを見せる。
今度は私を押さえつけていた男に、護身オーブの一撃を食らわせたのだ。
ひとり目と同じように、男は床に倒れる。
私は自由の身となった。
シーズンのほうも、呆然として力を緩めた男の手から抜け出したソルトが、シュガーとサフランを押さえつける男たちに次々と鋭い蹴りを入れ、豪快に吹っ飛ばしていた。
太らないために、という理由で格闘技もやっているというソルト。
相変わらず、切れ味の鋭い蹴りだ。
……非常事態だし、パンツ丸見えだったことは黙っておいてあげよう。
一瞬の戸惑いを機に、どうにか奴らの手からは逃れられた私たちだけど……。
多勢に無勢、ソルトを除けばか弱い女の子でしかない私たちに、まず勝ち目はない。
「チュルリラ!」
「うん! ……逃げよう!」
ソルトの声に頷き返すと、私は素早く荷物をつかみ、駆け出した。
こういう場合、荷物なんて放っておくべきだとは思うけど、中にはステージ衣装なんかもある。
聖歌巫女としては命の次に大切と言ってもいいくらいなのだから、放置するわけにもいかなかったのだ。
私に続いて、他のみんなも部屋のドアをくぐる。
そして部屋から飛び出すと、ライブホールの出入り口を目指した。
廊下には、ホールの関係者が気づいて手配したのか、警備員さんたちがちらほらと集まってきているようだった。
「あいつら、不法侵入者です!」
私たちはそう言い捨ててライブホールから飛び出す。
外は、夕焼けが染め上げたオレンジ色の世界だった。
警備員さんの手を逃れてライブホールから抜け出してきたのか、それとも他の仲間が待機していたのか、私たちの背後にはまだ追っ手の姿が見える。
「ソルト、路地裏を抜けて夕暮れ亭に!」
「OK!」
私たちは細い裏道に入った。
奴らの動きを見るに、この町には不慣れな様子。
それならば、ここに住んでいるわけではないにしても、巡業で頻繁に訪れ、ライブハウスなどを行き来するうちに身についた地の利が役に立つ。
案の定、細い路地裏を曲がるたびに追っ手の数は減り、距離も離れ、やがてはまったく見えなくなった。
念のため、ある程度の時間、路地裏をデタラメに回ったあと、私たち一行は夕暮れ亭へと駆け込んだ。