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決勝戦も大詰め。
最後のパフォーマンスは、私とシーズンが同時に別々の聖歌を歌う、同時歌唱となる。
司会者さんのかけ声を合図に、私たちは歌い始めた。
会場には蓄音樹によるメロディーが流れている。私の聖歌とシーズンの聖歌の伴奏だ。
それらの伴奏は、舞台袖でそれぞれのマネージャーが制御して鳴らしている。
でも、両方の曲がまざり合い、歌う側としてもわかりづらい。
私は目をつぶり、自分の聖歌のメロディーに集中した。
最初に一曲ずつ歌った聖歌と、同時に歌うときの聖歌は、同じである必要はない。
それぞれの参加者ごとに、戦略を考えて決めるのだ。
ただ、私もシーズンのふたりも、さっき歌った曲を選択していた。
決勝戦はこの曲で臨むという思いを込めて選んだから、他の曲をここで歌う気にはなれなかったのだ。
ふたつのメロディーが入りまじる中、私もシーズンも順調に自らの聖歌を歌い続けていた。
シーズンのふたりはユニットという特性を活かして、ふたりで一緒に歌う部分の他に、ソロのパートも用意している。
シュガーのソロパートが流れていた、そのときだった。
けほっ。
小さく咳をするソルトの声が響いた。
頑張って音を抑え、歌の邪魔にならないようにはしたのだろう。
だけど……。
そのことを気にしすぎたからか、それとも決勝戦という舞台での緊張があったからか、ともかくソルトのソロパートになったというのに、彼女の声は響かなかった。
歌詞が、出てこないのだ!
ソルトはどうにか思い出そうと躍起になるけど、焦れば焦るほど上手くいかなくなってしまうもの。
シュガーも心配そうな視線を向けていた。
これは戦いだ。このままソルトが声を出せずに時間が過ぎれば、私の勝ちは間違いないだろう。
……とはいえ、それではフェアじゃない。
私は舞台の袖にいるマニスに指示を出す。
蓄音樹に布をかぶせ、音量を下げるようにと。
歌の途中では、言葉で指示を出せない。だから、必要そうな事柄をサインで指示できるように決めてあった。
マニスは驚いて身振り手振りで反論してきたけど、私は指示を押し通す。
私が強情なのを知っているからか、マニスもしぶしぶながらも、言われたとおりにしてくれた。
こちらの伴奏の音量が、わずかばかりだけど下がる。相対的に、シーズンの伴奏が聴こえやすくなる。
それで自分の聖歌のメロディーをしっかりとつかむことができ、歌詞を思い出せたのだろう。
ほどなくしてソルトは歌い始めた。
少しのあいだだけ、歌えなかった空白の時間ができてしまったものの、そのくらいなら問題にはならないはずだ。
マニスに視線を戻し、頷きを送る。
蓄音樹にかぶせられた布が外され、私の曲の音量はもとに戻った。
こうして私とシーズンのふたりは、同時歌唱を無事に成し遂げることができたのだった。
☆☆☆☆☆
決勝戦の演目がすべて終わり、あとは審査結果を待つばかりとなっていた。
私とシーズンのふたりは、舞台上に並んで結果が出るのを待っている。
舞台袖から出てきたマニスとサフランも、私たちのそばに立って不安そうな表情を浮かべていた。
と、すぐ隣に並んでいたソルトが、ぼそっとつぶやく。
「ふんっ。べつに、お礼なんて言わないからね」
相変わらずの口調だけど、彼女の顔は真っ赤だった。
「あは。うん、勝負の世界は厳しいんだもんね。あれは、私が勝手にやったことだから。それで負けたとしても私自身のせいだから、気にしなくてもいいわよ」
「そ……そうだわよ。もちろん、あたいが悪いなんてこと、あるわけないんだからね」
いつもどおり素直じゃないソルトに、私は笑顔を返した。
ソルトに騙されて参加したこのライブジハードだったけど、終わってみれば、とても晴れ晴れとした気持ちになっていた。
持てる力のすべてを出しきった満足感が、雲ひとつない青空から降り注ぐ日差しのように、私の心の隅々にまで伝わって温めてくれているとすら思えた。
審査結果を待つ時間は、実際以上に長く感じられた。
今か今かと期待と不安を抱き、祈りながら待つこの時間。永遠に終わらないのではないかという錯覚に陥りそうだった。
そんな緊迫感の漂う中、司会者さんがやっと口を開く。
「審査結果が出ました!」
うおおおおおおおおん!
観客の熱気が最高潮に盛り上がる。
「発表します!」
続けられた言葉に、声がピタリと止む。
それと同時に、ドラムロールが鳴り響いた。
「近年稀に見る接戦で、審査員一同も頭を悩ませました。両者優勝にしてあげたいくらいですが、優劣をつける決まりとなっておりますので、仕方がありません」
司会者さんはドラムの音が響く中、話を引っ張って期待をあおる。
「今回の優勝者は……」
ごくりっ。ツバを飲み込む。
同じように、両隣のマニスやソルトが息を呑むのを感じた。
そして、優勝者の名前が発表される。
「……チュルリラさんです!」
その言葉に合わせて、私の頭上からスポットライトが当たり、観客席から最大級の声援が津波のように押し寄せてきた。
嬉しさで声が出ない。
声こそ出せなかったけど、それとは別の熱いものが瞳に湧き上がってくるのを感じた。
「本当に接戦だったのですが、蓄音樹の音量を、布をかぶせることによって調整した演出が絶妙だった、というのが決め手になったようです!」
「なっ……!」
ソルトが絶句する。
「つまり、あたいのおかげみたいなもんじゃないの! ふんっ、感謝しなさいよっ!」
「……うん、ありがとう!」
ふてくされた様子を含んだソルトの悪態にも、私は素直な謝辞を返す。
それっきり、ソルトはなにも言い返してはこなかった。
「おめでとう! よかったよ!」
「シーズンのふたりも、よく頑張った! お疲れ様!」
「どっちも最高! これからの聖歌巫女は、キミたちが引っ張っていくんだ!」
お客さんからの大げさすぎるほどの賛辞が、鳴り止むことなくライブホールの空気を震わせ続けていた。