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チュンチュン。小鳥さんの歌声で目を覚ます。
王子様のキスのようなやわらかな日差しが、私の身も心も包み込んでくれているみたい。
爽やかな朝のひとときを、ゆったりとしたさざ波に漂う小舟のように愉しんでいた。
すぐ横には、まだ寝息を立てているマニスの可愛らしい寝顔。
しっかりしているようでも、まだまだ子供ね。
ふふ。微笑んで鼻の頭を軽くつついてみる。
う……ん、と軽く寝返りを打つマニス。
あまりいたずらしては悪いわね。いつも私よりずっと早く起きているんだもの。今日はゆっくり眠らせてあげよう。
と、そんな早朝の淡い物語ごっこを満喫している私の穏やかな気分は、耳障りな声によって切り裂かれた。
「ちょっと、チュルリラ! 早く起きなさいよ!」
ドンドンドン!
ドアを激しく叩く音とともに、甲高い声が響く。
誰の声かは、ドアを開けて確認するまでもなくわかる。ソルトだ。
「おい、こら! 開けなさい!」
「だ~、もう! 朝からうるさいわね!」
私は苛立つ気持ちをドアにぶつけるかのように勢いよく開け放ち、目の前に立っていたソルトを怒鳴りつける。
と、彼女の後ろにはシュガーとサフランまでもが控えていた。
「なによ、昨日説明されなかったの!?」
そう言われても、眠気大爆発だった私には、寝る前のことなんてほとんど記憶にない。
確かに部屋へと案内されたあと、受付嬢さんからなにか言われていたような気もするけど……。
「……これからロビーのほうで、参加者全員にライブジハードの説明や注意なんかをするんです。だから、急いでください」
サフランが状況を説明してくれる。
やっぱり根っからのマネージャー気質なんだわ。
「あっ、そうなんだ……。わざわざありがとう。マニスも寝過ごしてしまったみたいで……」
「ふふふ。ちょうど部屋の前を通ったらまだ寝ているみたいだったから、余計なお世話かもしれないけど起こそうと思ってドアを軽く叩いてみたの。そしたら、ソルトが大声を上げながらドンドンと叩き始めて……。ごめんなさいね」
「謝る必要ないじゃない、起こしてあげたんだから!」
シュガーの苦笑を浮かべながらの言葉に、ソルトは憮然とした態度だった。
「すぐに着替えて向かうから、先に行っててね」
「……わかりました。それでは、またのちほど」
☆☆☆☆☆
ソルトたちが去ったあと、私はすぐにマニスを起こした。
「うゆ~、ごめんなさい~」
涙を浮かべる彼女をたしなめて、素早く寝間着から普段着に着替える。
とりあえず、ステージ衣装を着るのはまだあとだ。
それにしても、寝たら嫌なことなんてすっぱりと忘れられる私とはいえ、心配しているお姉ちゃんのことすら忘れてしまっていたなんて……。
でも、参加者全員への説明ってことは、お姉ちゃんたちも行っているはずだ。
そう考え、急いで部屋を出てロビーへと向かうことにする。
ロビーに着くと、そこにはすでに私たち以外の参加者がたくさん集まっていた。
「あれ? お姉ちゃんたち、いないね?」
「……そうだね……」
私もマニスも、きょろきょろと見回してみたけど、お姉ちゃんたちチェルシーミルキーのメンバーの姿は、まったく見えなかった。
「これで全員揃いましたね。それでは、説明を始めさせていただきます」
すぐにひとりの女性が現れて、説明を開始する。
私みたいにひとりで歌う人や、ユニットやバンドを組んでいる人もいて、参加するグループごとにまとまっていた。
ふむふむ。参加するのは全部で八チームなのね。
やっぱりちょっと少ない。
真実かどうかは別として、噂の影響力っていうのは大きいものなんだわ。
……って、あれ?
「ちょっと、ソルト! お姉ちゃん、参加してないじゃない! あんた、騙したのね!?」
私は近くで説明を聞いていたソルトにつかみかかる。
「わっ! こら、やめなさいよ! 確かに、チェルミルが参加するってのは嘘だったけど……」
あっさりと認めるソルト。
む~……。それじゃあ、こんなところで油を売ってないで、お姉ちゃんを早く探さないと……!
「わ……私、棄権……」
「棄権することは許しません!」
棄権を申し出ようとすると、大会の説明をしていた女性が一足先にそれを止めた。
と、バッと彼女の姿が視界から消える。
……いや、視界の下へと移動していただけだった。
「というか、棄権しないでください、お願いします! ただでさえ参加者が少ないのに、これ以上減ったら……!」
女性は涙目になって私の足にすがりつきながら懇願してくる。
うっ……。
これを振り払って出ていったら、絶対に私のほうが悪者みたいに見られちゃう……。
「それに、一度参加登録したライブジハードを勝手な理由でキャンセルしたという記録が残ったら、聖歌巫女としての経歴に泥を塗ることになりますよ!? 王都の聖歌巫女委員会にも、要注意人物としてのレッテルを貼られてしまうかも!」
うぐっ! これって、脅迫になるんじゃ……。
そう思いながらも、こんなことには屈しない! なんて突っぱねるような勇気を、私は持ち合わせていなかった。
「わ……わかりました。ちゃんと参加します。お騒がせしてすみませんでした」
私は抵抗を諦め、素直に説明を受けることにした。
すぐ横では、ソルトがいやらしい笑みを張りつけたままこちらに視線を向けていた。
く~、このやり場のない怒りは、ライブジハードの本戦で思いっきりぶつけてやる!