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「うあ、でか……」
遠目からでもわかるくらいの大きな建物だというのは知っていたけど……。
それにしたって大きすぎる。
思わずバカみたいに大口も開けてしまうというものだ。
シーズンのふたりとサフランに連れられて、私とマニスは今、中央ライブホールの正面入り口前まで来ていた。
ここまで見上げるほどの大きな建物というのは、ベルカント村では聖ベルル教会の大聖堂くらいしかない。
村の中心となる大聖堂と比べても何倍もありそうな、そんな巨大な建物が、今私たちの目の前で大きく口を開けている。
あまりの大きさに、一度中に入ったらペロリと飲み込まれ、二度と戻ってくることはできないのではないか、なんて思ってしまうほどだった。
「こんな大きなホールで、本当に歌わせてもらえるのかな……」
ついつい弱気になってしまう。
「ちょっと、そんなことでどうするのよ!? あたいたちの宿命のライバルがそんなんじゃ、張り合いがないわ! さっさと参加登録しちゃいなさい!」
ソルトがツバを飛ばしながら私を怒鳴りつけてきた。
どちらかというと、元気づけてくれていることになると思うのだけど、本人はそんなつもりではないんだろうな。
「……うん、大丈夫だと思いますよ。私たちの参加登録も夕方に済ませたばかりですし。……ソルトさんが一刻も早くデザートの食べ歩きをしたいと言うので遅くなってしまったのですけどね……。それでも、まだまだ参加者を募りたいって言ってましたよ」
サフランが、すかさず状況説明の言葉をつけ足す。
「そっか。それなら大丈夫そうね」
「そうそう。戦えるのを楽しみにしてるわよ!」
私が決意を胸に頷くと、ソルトは満足そうな笑みを浮かべて建物の中へと入っていった。
「あの……ソルトの暴走に巻き込んじゃって、ごめんなさい」
シュガーがぺこりと頭を下げて、ソルトに続く。
「……入り口を入ると受付がありますので、そこで参加したいと申し出てくださいね」
マネージャーとしての気質なのか、サフランは私にそう教えてくれた。
そして素早く、先に入っていったふたりを追いかける。
「ふ~む。なんか変なことになっちゃった気もするけど……。でも、お姉ちゃんもいるみたいだし、気合い入れて頑張るぞ!」
私の意気込みを感じて、マニスも優しく微笑んでくれていた。
☆☆☆☆☆
受付にはテーブルが置かれ、ひとりの女性が座っていた。
「あの~、すみません……」
マニスがその女性に話しかける。
「あっ、観覧希望のかたですか? ライブジハードの開催は明日となっております。前売りチケットは、A席、B席、C席とありまして……」
「いえ、あの、参加したいんですけど……」
丁寧にチケットの説明を始める受付嬢さんに、開催直前なのに申し込んでも大丈夫でしょうか? といった不安な表情を浮かべながら、マニスがおずおずと伝える。
その声を聞いて一瞬きょとんとした顔を見せながらも、受付嬢さんはマニスの後ろにいた私のほうへと視線を向ける。
軽く会釈を返すと、受付嬢さんの顔は、ぱーっと溢れるほどの笑顔に変わった。
「まあまあ、そうでしたか! わ~、ありがとうございます! 参加者が少なくて、もう大変だったんですよ! ひとりでも多くの人に参加してほしくって、でももう前日だからと諦めていたんです!」
椅子からガタッと立ち上がり、耳がキーンとなるほどの大音量でまくし立てる受付嬢さん。
すぐ目の前にいるマニスが驚いて目を丸くしていた。
「それに、そちらのかた! チュルリラさんですよね!? 『チェルミル』のボーカルの妹の! ライブで見たことありますよ! きゃ~! 本物をこんな間近で見ることができるなんて、感激ですっ!」
キラキラと瞳を輝かせて歓喜の言葉を上げながら私のほうへと歩み寄り、両手をぎゅっと握ってくる。
あの、え~っと……。
さすがの私も呆然としてしまう。
だけど、こんなに必死になって喜んでくれる姿を見ていると、こそばゆくて恥ずかしくはあるものの、すごく温かい気持ちに包まれる。
「いえ、あの、ありがとうございます。こんな遅い時間なのに、ごめんなさい。参加登録、できますか?」
「ええ、ええ! もちろんですよ! きゃ~~~、嬉しいわ~!」
黄色い声を放ち続けながらも、彼女は受付に戻って資料になにやら書き込んでいた。
「こちらにお名前をご記入ください! ほんと、助かるわ~! あっ、そちらのあなたはマネージャーさんですよね? でしたら、あなたもここにお名前を……」
喜びのオーラを全身にまといつつ、それでも仕事は忘れない。さすがにこんな大きな施設で働いている人だけのことはある。
それにしても、もう夜も遅い時間だというのに、なんというテンションの高さだろう。
「はい、それでは参加登録完了です。えっと、こんな時間ですし、こちらで宿泊なさいますか? 空いている部屋はたくさんありますよ」
「はい、お願いします!」
「了解しました。それではお部屋までご案内しますね!」
こうして、私とマニスは中央ライブホールの施設内に設けられた宿泊部屋へと案内された。
お姉ちゃんを探さないと、という思いはあった。それでも、疲労は容赦なく私を襲う。
半日以上乗合馬車に揺られて、いつもどおりお尻が痛くなった上、お姉ちゃんを探してライブハウスを巡って走り回ったのだから、それも当然だろう。
部屋に入ってふかふかのベッドを目にするやいなや、急激な睡魔がまぶたにぶら下がって私を眠りの世界へといざなう。
睡魔に抗おうと気を奮い立たせてはみたけど、1ラウンドKO負け。
ベッドに倒れ込んだ私の意識は、すぐにまどろみの渦の中へと落ちていった。