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「あ~ら、チュルリラじゃないの! こんなところで、そ~んな暗い顔して立ってたら、ライブを楽しみにしてるお客さんに迷惑だわよ?」
「むっ……!」
声の主に目を向けると、そこにいたのは案の定、私の天敵、うるさい、うっとうしい、うざったいの三U娘、ソルトだった。
「ぁぅぁぅ、ごめんなさい……。こんばんわ、お久しぶりです~」
マニスが素直な謝罪を返す。
その言葉に満足げな表情を浮かべながら、うんうんと頷いているソルト。
彼女は両手を腰に当て、ライブハウスの出入り口を塞ぐような位置に仁王立ち状態で陣取っていた。
「ソルトのほうこそ、充分お客さんの迷惑になってると思うよ……」
出入り口から少しずれた邪魔にならない位置には、おどおどした様子のふたりの女の子も立っている。
ソルトの相方であるシュガーと、マネージャーのサフランだ。
「ちょ……っ!? あんた! 相方って、あたいらは芸人じゃないっての!」
……どうして心の中で思っただけのはずの言葉に、ツッコミが入るのだろう……。
「いや、あの、チュルリラちゃん、声に出してつぶやいてたよ……?」
マニスからもツッコミが来た。
むう、無意識に声が出ちゃってたのね。気をつけないと、とんでもないことを聞かれそうで怖いかも……。
と、それはともかく。
「あ~、そういえば、自称アイドル聖歌巫女ユニット、だったっけね。……一応」
そう、この子たちも聖歌巫女だった。
ソルトとシュガーのふたりで、『シーズン』というユニット名で活動している。
ベルカント村の隣村、といっても馬車で一日くらいはかかるのだけど、ドルチェという村にある聖ドリアン教会の娘だ。
一卵性双生児で顔はそっくりだけど、性格は正反対みたい。
とくにソルトは天邪鬼というか、反発心が大きいというか、私ともよく口ゲンカに発展する。
巡業でお互いの村を行き来するたびに、こうやって言い争いを繰り広げている相手なのだ。
なんというか、お姉ちゃんに似ている感じだからなのか、私もついついソルトといがみ合ってしまうのだけど。
……ソルトも双子の姉だし、世の中のお姉ちゃんっていうのは、みんなこうなのかな?
「自称とか一応とか言うな! あたいらは正真正銘のアイドルだわよ! ……ね? シュガー」
「う、うん、一応……」
「あんたまで一応って言うんじゃない!」
ソルトはバシッと音を立てて、手の甲でシュガーの肩口にツッコミを入れる。
やっぱり、芸人……。
「違うっての!」
また声に出ていたらしく、ソルトがえらい剣幕で迫ってきた。
ソルトの頭の左右に結ばれた二房の髪が、激しく揺れる。
ソルトは長い髪を鮮やかなピンク色のリボンでまとめ、ツインテールにしている。
一方のシュガーは、首筋の後ろで淡い水色のリボンを使って束ねる髪型だ。
髪型やリボンすらも、彼女たちの性格の対比を表しているかのように思えた。
「まったく……。そんなひどいことなんて二度と言えないように、今すぐ口を塞いでやろうかしら!」
ソルトは両手を使い、がしっと私の肩を力強くつかんできた。
眉をつり上げた恐ろしい形相が、すぐ目の前まで迫ってくる。
「……口で……?」
「そうそう、こうやって、ぶちゅ~っと……」
サフランの控えめなボケに、ソルトは目を閉じ、さらに顔をぐっと近づける。
ちょ……ちょっと……!?
「って、んなわけあるか、ボケぇ!」
ソルトは素早く腰をひねって、斜め後ろに立っていたサフランの頭を思いっきり引っぱたく。
私の目の前から離れたソルトは、腰に両手を当てながらいきり立っていた。
「まったく、どいつもこいつも、バカばっかりだわっ!」
……あんたもね……。
「うるさいっての!」
バシッ!
心の声はまたしても口からこぼれ落ちていたようで、ソルトの鋭いツッコミの手が私の頭にも襲いかかってきた。
穏やかな笑顔を浮かべたままのシュガーは、微かな笑い声を上げながらこちらの様子を見守っている。
「……やっぱり、芸人かも……」
「うん、チュルリラちゃんもね……」
マネージャーのふたりは呆れ顔で、呼吸を合わせたようにため息をこぼしていた。
☆☆☆☆☆
「まったく、誰かさんのせいで恥をかいちゃったわっ!」
「ソルトのせいでしょうが!」
結局、口ゲンカは続く。
他の三人はすでに諦めたのか、ツッコミすら入れなくなっていた。
「とにかく! 今日という今日は決着をつけさせてもらうわよっ!」
「望むところよ! それで、いったいどうやって決着をつけるっていうの!?」
「ライブジハードで勝負よ!」
中央ライブホールで行われる聖歌巫女としての一大イベント、ライブジハード。
それは憧れの大会ではある。
たけど、私の記憶が確かならば、ライブジハードが開催されるのは明日だったはずだ。
こんな直前になってから参加できるわけが……。
「大丈夫よ。今回、参加希望者が極端に少ないのよ。希望してた人も、キャンセルする人が多いみたいだし!」
「……爆破予告の噂が流れていますから……」
「大会の運営委員の人たちは、そんな予告はないし警備も厳重だから安心して参加してください、と言っているのだけどね……」
ソルトの言葉に、サフランとシュガーが解説を加える。
どうやら参加者が少なすぎて、中止すら危ぶまれている状況らしい。
なるほど。確かにそれなら、仮に当日の飛び入りだったとしても参加させてもらえるかもしれない。
とはいえ……。
「そんな暇ないわよ! 私は急いでお姉ちゃんを探さなきゃいけないんだから!」
ちょっと心が揺れたことを悟られないように、強めの口調で言い捨てた。
「お姉ちゃんって、チェルシーミルキーのボーカル……ですよね?」
「そうよ」
サフランのつぶやきに、私は即座に答えを返す。
だから、こんなところで言い争っている時間はないのだ。
そう言って立ち去ろうとする私に、
「……あら、チェルシーミルキーも、ライブジハードに参加するわよ?」
ソルトからそんな言葉が投げかけられた。
「あれ? そうなの?」
お姉ちゃん、そんなことはなにも言ってなかったと思うけど……。
でも、参加者が少ないからってことで急きょ出場を決めたのかもしれない。
チェルシーミルキーは、それなりに人気も出てきている聖歌巫女だから、大会の運営側からお願いされたという可能性は充分にある。
ライブジハード参加者には、中央ライブホール内に宿泊部屋が用意されるはずだ。
そう考えれば、夕暮れ亭を一日で出ていったのも頷ける。
とすると、私もライブジハードに出場すれば、お姉ちゃんに会えるわね。
「どう? 勝負する? それとも尻尾を巻いて逃げ帰るのかしら?」
嫌味な笑みを浮かべているソルトをキッと睨みつけて、私は言い放つ。
「わかったわ! やってやろうじゃないの! けちょんけちょんに打ち負かしてあげるわ!」
周りでは、なにか言いたそうな視線を向けながらたたずむマニス、シュガー、サフランの三人が、ただただ苦笑を浮かべていた。