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「こんにちは、ママさん!」
「おや、チュルリラちゃんじゃないか。そんなに急いで、どうしたんだい? つい何日か前に帰ったばかりだろうに……」
夕暮れ亭のドアを勢いに任せて開け放ち、息を切らせて飛び込んできた私を見るや、ママさんは目を丸くして驚きの表情を向けていた。
私のあとには、少し遅れて、汗びっしょりで息の上がったマニスも続く。
外は日差しが傾き、辺りの景色にも徐々に赤みがかかり始めてくる時間帯だった。
「あの、ママさん、お姉ちゃん、来ませんでしたか!?」
「え? あ……ああ、チェルミナちゃんたちかい? 来てたよ」
私の勢いに圧されて戸惑い気味ながらも、どうにか答えを返してくれるママさん。
「それで、お姉ちゃんは今どこに!?」
私はなおも、つかみかからんばかりにまくし立てる。
「それがね、今朝すぐにチェックアウトを済ませて出ていっちゃったんだよ」
ママさんはわけがわからないといった表情を浮かべてはいたものの、しっかりと答えてくれた。
「チュルリラちゃん、ちょっと落ち着こう~」
息を整えたマニスに諭された私は、なんとか冷静さを取り戻す。
そしてゆっくりと椅子に腰を据えると、ママさんから詳しく話を聞いた。
お姉ちゃんたちチェルシーミルキーの面々は、いつも巡業でフェルマータに来るとき同様、到着した日、すなわち昨日の夜に、ここ夕暮れ亭を訪れた。
お父さんが持たせてくれた手土産の代わりに、いつもどおり宿泊させてもらった。
正式な聖歌巫女としてのデビューから一年以上が経過し、それなりに顔も知られるようになっているお姉ちゃんたちは、お客さんからリクエストされて歌ったりもしていたそうだ。
このときまでは、いつも来ているときとなんら変わらない印象だったという。
でも今日の朝早くに、お姉ちゃんたちはお礼だけ述べて宿を出た。
「今回は一日だけで帰るのかい?」
不思議に思って尋ねたママさんの言葉にお姉ちゃんは、
「いえ、今回はちょっとやりたいことがありまして。ここでご厄介になるわけには、いかないんです」
と、深々と頭を下げながら答えたらしい。
私やお父さん、それとチェルミルのメンバーに対しては、いつも突っかかるようなトゲトゲしい口調で喋るお姉ちゃんだけど、それ以外の人にはとても礼儀正しく接する。
ああ見えて、実はかなり真面目な性格なのだ。
「……そうなんですか……。あの、どこへ行くとか、言ってませんでしたか?」
「う~ん、なにも聞いてないねぇ。ところで、チェルミナちゃんたちが、どうかしたのかい?」
あれだけ慌てた様子を見せてしまったのだから、当たり前かもしれないけど、ママさんはとても心配してくれているようだった。
とはいえ、あまり心配をかけてしまうのも悪いだろうし……。
そう考える私だったのだけど、もうひとつ、確認しておくべきことがあったのを思い出す。
私は少々控えめに口を開いた。
「えっと、その……。ちょっと噂があるって聞いたんですけど、ライブハウスの爆破予告について、ママさんはなにか聞いてませんか?」
「爆破予告だって? 今、ってことかい?」
黙って頷く私。
「う~ん、前回のライブジハードのときの話は聞いたけど、それ以外はとくに聞いてないねぇ。ただ、商店会から念のため用心するようにってお触れは、ずっと出てるけど……。それは前に来たときにも話したよね?」
私は再び頷き返す。
確か、物騒な人がいるという噂があったと聞いた気がする。
その物騒な人というのが爆破予告の犯人なのかはわからないけど、ここフェルマータでなにかしらの不穏な噂が流れていて、市民はそれに怯えているといった背景は自然と浮かび上がってくる。
ともかく、真偽のほどを確かめるためには、もっと情報が必要だった。
私はママさんにお礼を言い残し、マニスとふたり、ライブハウスを片っ端から回り始めた。
☆☆☆☆☆
ライブハウスの店員さんたちは、みんな真剣に話を聞いてはくれたけど、結局、核心に迫るような情報を得ることはできなかった。
お姉ちゃんたちの足取りは、ようとしてつかめない。
巡業のために来ているのだから、どこかのライブハウスで歌ったりするはずだけど、どういうわけか、どのライブハウスにも姿を見せていないという。
この都市には何度も巡業に来ていて、顔なじみの店も多い。
仮にちょっと立ち寄っただけだったとしても、見かけた店員くらいいてもよさそうなものなのに……。
それに加えて、どこのライブハウスでも、実際に爆破予告が届いたという話は聞かなかった。
ただ、いろいろな人がその噂について話しているのは事実だという。
だから念のため、どのライブハウスでも警備は強化しているようだ。
もう何ヶ所のライブハウスに足を運んだだろう。夜もすっかり更けてきていた。
疲れた表情を浮かべながら、盛り上がるライブハウスを背にして歩き出す私とマニス。
そんな肩を落とした私たちの背中に、突然甲高い声が襲いかかってきた。