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「ああ……そういえば、俺も聞いた気がするよ。ただ、眠くてうとうとしている状態だったからね、あまりあてにはならないかもしれない」
「そうですか。ありがとうございました」
私は早口でお礼を述べて、ガラナおじさんの前から立ち去った。
そのまま、舞台上の飾りつけをしているバラック先生のもとへと急ぐ。
バラック先生は学校の教師で、私が通っていた当時、最後の十四歳クラスの担任だった人だ。
この国の学校は、七歳クラスから十四歳クラスまでの八年間あり、十五歳となった三月に卒業するのが一般的となっている。
つまり私は、卒業してからまだ一ヶ月ちょっとということになる。
「お疲れ様です、先生。お手伝いに来ていただいて、ありがとうございます」
「あっ、チュルリラさん。卒業以来だね。といっても、まだ一ヶ月くらいしか経ってないかな? それなのに、随分と久しぶりに感じてしまうね」
爽やかな笑顔で、ゆったりとした口調。
相変わらずだなぁ、と思わず和んでしまう。
おっと、そんな場合じゃないんだった。
「あは、そうですね。ところで先生。フェルマータに行ってきたんですよね?」
「ん? ああ、そうだよ。教育庁からの資料を受け取りにね。学校のほうまで送ってくれればいいのに、大きな都市までしか送ってくれないんだよね。だから定期的にフェルマータの中央学園まで行くんだけど、今回は僕の順番だったんだ。教師全員で持ち回りだから、一年に一度くらい、その役目が回ってくるんだよね。ほとんどこの村を出ない身だから、慣れない馬車で酔ってしまいそうになって、大変だったんだよ。それに……」
あ~、しまった。
この先生、喋り出すと止まらないタイプの人だった。
少し会っていなかっただけなのに、すっかり忘れてしまっていた。
「先生先生、ストップストップ!」
「え? ああ、ごめんごめん、ついいつもの癖で。どうしても喋りすぎてしまうんだよね。こういう性格は、直さなくちゃいけないと思ってはいるんだけどね。なかなか、急には変われなくて。変われないといえば……」
「先生ってば! もう、相変わらずですね~」
止めたはずなのに止まっていなかった先生の言葉を、強引に割り込んで途切れさせる。
先生のペースにはまり込んでしまったら、抜け出せなくなっちゃうからね。危ないところだった。
「それでですね、ライブハウスの爆破予告のこととか、聞いたりしませんでしたか?」
私の問いに、すっと真面目な顔を返す先生。
「そっか。チュルリラさんのお姉さんは、聖歌巫女だったね。あ……今ではチュルリラさんも正式な聖歌巫女だったっけ。ごめんごめん。お姉さんが心配だから、詳しい話を聞いて回っているというところなのかい?」
ぼんやりした雰囲気なのに、この先生はどうしてこうも鋭いのだろう。
だからなのか、私はバラック先生のことが好きだった。
当然ながら恋愛感情とかではなくて、教師として信頼しているということだけど。
「う~ん、でもね。すまないけど、僕は向こうの中央学園にある教師用の宿舎に泊めさせてもらっていたからね。町の情報はあまり耳に入ってこなかったんだ。生徒たちの噂話としてそういう内容が上がってきていたみたいで、学校側でも警戒をしたほうがいいんじゃないか、という話し合いはされていたけどね」
「そうなんですか……」
落胆の表情を隠せない私の様子を見て、先生も真剣に考えてくれているようだった。
「そういう話なら、アンリエッタさんに聞くのがいいかもしれないね。馬車の中で、物騒な時代ですね、といった内容の話をしていた記憶があるよ。ちょっとした世間話程度だったんだけどね。確か彼女もお手伝いに来ているはずだよ。食堂の娘さんだし、料理のほうを手伝っているんじゃないかな?」
「ありがとう、先生! 聞きに行ってみます!」
私はバラック先生に頭を下げて、聖堂内にある厨房へと向かって走り出した。
☆☆☆☆☆
教会の敷地内には、いくつかの建物がある。それらの建物は神聖な場所として扱われ、基本的にすべて聖堂と呼ばれている。
私たちが普段生活している家だけは特別扱いとなっているのだけど。
それはともかく、たくさんの料理が必要な場合は、聖堂のうちのひとつに存在する大きな厨房が使われる。
お父さんやマニスを含め、料理を手伝ってくれている人たちは、みんなその聖堂にいるはずだ。
聖堂に駆け込み、アンリエッタさんを探す。
厨房は聖堂の奥にあるのだけど、私はその手前にある廊下で彼女の姿を見つけた。井戸水を汲んできたところだったようだ。
こうやって井戸水を何度も運んだりするのなら、厨房のほうにも男手を回すべきなのかもしれないな。
と、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。
私はさっそく声をかける。
「あら? チュルリラちゃん。会場の準備のほうはもういいの?」
長い髪を微かに揺らしながら、きょとんとした視線を向けてくるアンリエッタさん。
さすがはさざ波食堂の看板娘。そんな表情でも、キラキラ輝いた瞳とサラサラの黒髪で私の目を惹きつける。
って、そんなことを考えている場合じゃないんだってば。
「あのね、アンリエッタさん。フェルマータでライブハウスの爆破予告について、なにか聞いたりしませんでしたか?」
切羽詰った私の様子に驚きながらも、バラック先生同様、フェルマータとライブハウスという単語から、お姉ちゃんの心配をしていることを悟ってくれたのだろう。
アンリエッタさんは私に、フェルマータで聞いたことを細かく語ってくれた。
ライブハウスの爆破予告の噂は、やっぱり巷で流れていた。
何ヶ所かで聞いたようなので、信憑性も高いのかもしれない。
噂の発端は、前回のライブジハード。
そのときに優勝候補と言われていた聖歌巫女が、爆破予告の話を受けて出場を辞退したらしい。
結局、実際に会場が爆破されるといったことはなかったものの、フェルマータ全体として警戒態勢を強めているのは確かだった。
そんな中、次のライブジハードの開催時期が迫ってきた。
それに合わせて、ライブジハードに参加する聖歌巫女の選考会を兼ねたライブハウスでのイベントも多くなってきている。
最近では、ライブハウスで注目を受けている聖歌巫女を中心に脅迫される、といった噂まで流れるようになったらしい。
そういう話が尾ひれをつけて人から人へと伝わっているのが現状のようで、実際にどの程度まで真実が含まれているのかはわかっていないという。
「それらの噂の中に、確かにお姉さんたち、チェルシーミルキーの名前も出てきていたわ。黙っていてごめんなさい。でも、本当か嘘かもわからない話をして、余計な心配をかけたくなかったのよ」
アンリエッタさんは、うつむいてそう言ったきり、黙り込んでしまった。