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朝もやの残る静かな小道を歩いていく四人の姿が見えなくなるまで、私たちは教会の正門前で見送った。
まだお姉ちゃんのことが気になってはいたものの、考えていても仕方がない。
明日にはまた、私のライブがある。今日はその準備をすることになっていた。
巡業の準備はマニスに任せきりだった私でも、ライブの準備はさすがに手伝っている。
お姉ちゃんたちがいるときには手伝ってもらうのだけど、巡業に出かけてしまった以上、人手不足は否めない。
というわけで、あらかじめ村人のみなさんに手伝いをお願いしてあった。
こちらからお願いしなくても、ライブ開催のお知らせを流せば、手伝いを申し出てくれる人はたくさんいる。
それでも、受け身でいてはいけない、誠意を見せなければいけない、というお父さんの考え方に従って、村人のみなさんの家を回ってお願いしたのだ。
だから、強制したわけではない。
とはいっても、教会からお願いされたら、なかなか拒否なんてできないんじゃないかな……。
ついついそんなふうに考えてしまう。
どちらにしても、手伝いに来てくれた人たちはみんな気さくに笑いかけながら作業してくれているみたいだし、ここはそのご厚意に甘えさせてもらえばいいのだろう。
もちろん甘えるばかりではなく、ちょっとした食べ物や飲み物を振舞ったりして、村人たちのご厚意に応えるようにもしている。
……食べ物や飲み物を用意するのはお父さんやマニスなのだから、私は結局甘えているばかりなのでは、なんてツッコミはご遠慮いただきたいところ。
「椅子は、この辺りから並べればいいのかな?」
「あっ、はい。地面に線を引いてありますから、それに合わせて並べてください。お願いします」
「じゃあ僕は、こっちから並べていくよ」
「はい、よろしくお願いします! いつもいつも、すみません」
「ははは、俺たちはいつでもチュルリラちゃんの味方さ! 応援してるから、頑張って歌ってくれよ!」
「はいっ!」
お手伝いに来てくれた村の方々に指示を出したり声援などに応えたりしながら、私は会場の準備を進める。
お父さんとマニスは食事の準備に大忙しだから、こっちにまでは顔を出せない。
手伝ってくれた人たちに振舞う分もあるけど、それ以上に、明日のライブのお客さんに配るお土産の準備が大変なのだ。
だからこそ、会場側は私がしっかり指示をしないといけなかった。
……お父さんもマニスも、かなり心配していたけど。そんなに私って頼りないのかな……。
「明日のライブ、正式に聖歌巫女になったときのライブ以来だからね、楽しみにしてるんだよ!」
「あは、ありがとうございます!」
会場の準備は力仕事になるので、来てくれるのは男の人が多い。
女性の姿もちらほらと見えるけど、ほとんどの女性は食事の準備に回っているのだろう。
村は急激にというほどではないものの、過疎化が進んでいる。
就職するなら都会のほうが仕事も多いため、学校を卒業すると村を出ていく人があとを絶たないというのが現状だった。
そうなると必然的に、力仕事に向いている若い男性の数は少なくなる。
今、会場の準備を手伝ってくれているのも、結構な年齢のおじさんたちか、まだ学生の子たちが大多数を占めていた。
「チェルシーミルキーももちろん好きだけど、俺としてはやっぱり、チュルリラちゃんの清楚で可憐な歌声のほうが好きだな~。早くお姉ちゃんなんか追い抜いて、有名な一流の聖歌巫女になってくれよ!」
ふと、ひとりの男性が私に声をかけてくれた。
父親の経営するパン屋で修行中のカスタードさん。過疎化したベルカント村では少数派となる、二十歳くらいの若い男性だ。
そしてカスタードさんは、こうやって私のことを応援してくれているうちのひとりでもある。
本当にありがたいとは思うけど、お姉ちゃんと比較する言い方が多いのは、ちょっと――というか、かなり気になってしまう。
私としては、お姉ちゃんと競い合うつもりなんて全然ないのだから。
ともあれ、そんなことで不快な顔を見せるわけにもいかない。
いつも笑顔で。それが聖歌巫女としての務めなのだ。
「あは、ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいです。……お姉ちゃんには悪いかもしれないけど」
「ははは。まぁ、歌の好みは人それぞれだろうからね。でも、お姉さんたちのバンドも、かなり人気が出てきたようだね」
「そうみたいですね。フェルマータのライブハウスにも、チェルシーミルキーのライブを予告する大きな貼り紙がありました。私、びっくりしちゃいましたよ」
「この村のみんなにとっても、嬉しいことだよね。……あっ、そういえば……」
カスタードさんはそこまで言いかけておいて、なにやら少し躊躇しているようだった。
だけど、私が首をかしげて見つめているのに気づき、すぐに言葉を続けてくれた。
「俺は原料の仕入れでフェルマータに行って、昨日の夜に帰ってきたんだけどさ。向こうで、ちょっと不穏な噂を小耳に挟んだんだ」
「不穏な噂?」
思わず訊き返してしまう。
「うん、実はね。ライブハウスに爆破予告があったとか、そういった噂が流れてるみたいだったんだよ」
爆破予告……。
そういえば夕暮れ亭でバターピーさんと話していたときにも、ママさんからそんな話が出てきたことを思い出した。
確か、前回のライブジハードのときに爆破予告があった、という内容だったと思う。
ライブジハードはフェルマータの中央ライブホールが会場となっているはずだからライブハウスとは別だし、前回ライブジハードが開催されたのは三ヶ月くらい前だから時期も異なっている。
それでも、聖歌巫女関連の施設での爆破予告、と考えれば、まったく関連がないとは言いきれない。
ママさんは商店会の役員から戸締りをしっかりするように言われていると話していたし、フェルマータ全体で警戒を強めているというのは確かなのかもしれない。
「私も巡業で行ったときに、そんな噂を聞いたかもしれません」
「そうなんだ、やっぱりね……。酒場で酔っ払いが話してるのを聞いただけだから、本当かどうかはわからなかったんだけど……。酔っ払いは、誰が狙われているのかって話もしていてね。あくまでも勝手な予測でしかないとは思うけど、その中に出てきたんだよ。……チェルシーミルキーの名前が」
「……えっ!?」
私は思わず大声を上げていた。
お姉ちゃんたちのバンドが、狙われている……!?
そう考えたら、体がぶるぶると震えてきた。
「あっ、ごめんね。そういう話を聞いたような気がするってだけだから、間違ってるかもしれないし……」
私の怯えた様子に気づき、慌てて取り繕うカスタードさん。
でもその言葉は、私の耳にはほとんど届いていなかった。
「昨日馬車で帰ってきたとき、他にも何人か乗ってたからさ。ほら、手伝いに来てるガラナおじさんとか、バラックさんとか、あと、さざ波食堂のアンリエッタもいたかな。みんなにも聞いて確認してみたらどうかな? 酒場では俺も酔ってたから、確信は持てないし……」
次の瞬間には、カスタードさんをその場に残し、私は駆け出していた。