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聖歌巫女(うたみこ)  作者: 沙φ亜竜
聖歌2 木洩れ日に包まれて
13/38

-6-

 ベルカント村へと向かう馬車の出発時刻までは、まだ二時間以上ある。

 こんなに早く宿を出たのには理由があった。

 清々しい朝の空気に包まれた公園でライブをするためだ。


 届出をしていないライブだから、あまり大がかりなことはできない。

 それに早朝ということもあり、蓄音樹による大音響使用するわけにもいかない。

 できることといえば、公園の片隅で静かなメロディーの聖歌をアカペラで披露するくらいだろう。


 少しだけでもいいから歌声を聴いてもらいたい。

 その一心で、私たちは公園の中へと足を踏み入れる。

 たとえわずかな時間だとしても、歌うことが大切なのだ。


 まだ朝もやの煙る時間帯、公園には人影がほとんど見られない。

 もっと人通りの多くなる時間帯にライブをしたいところだけど、馬車の出発時刻を考えるとそれは無理だった。

 今日を逃すと、次のベルカント村への馬車は三日後となってしまう。行き来の多くない田舎村は、これだから不便だ。


 お祭りの開催に合わせて来たほうがよかったような気もするけど、タイミング的に難しかった。

 一応これでも、教会のお仕事を手伝ったりしている身だし。

 だいたいお祭りの時期だと、ママさんの夕暮れ亭だって忙しいはずだから、私なんかがいたら迷惑になってしまうだろう。


 ……と余計なことを考えていても仕方がない。

 私は素早く呼吸を整える。


 衣装は宿を出るときからすでに着ていたので、これといった準備もない。

 教会のイベントでは、特殊な水晶のついたマイクを使って声が遠くまで届くようにしているけど、教会所有の高価な品だから巡業に出る際に持ってくることはできない。

 どちらにしても、早朝という時間を考えれば、あまり大きな声を響かせて歌うわけにもいかないか。


 それに、大声を出さなくても、心を込めた聖歌は風に乗って広い範囲に伝わってくれるはずだ。

 細かな歌詞までは届いてくれなくても、聖歌に乗せた気持ちさえ届いてくれればいい。

 そう考えれば、マイクなんて必要ないとも言える。


 涼しい風が公園の草木たちをさざめかせながら、私の髪を撫でて通り過ぎてゆく。

 私はその風に声を溶け込ませるように、そっと歌い始めた。



『きらめく朝露 小鳥たちの歌声

 昨日から今日への ささやかなプレゼント


 消えゆく朝もや お花たちの微笑み

 朝日からみんなへの 夢を乗せた応援歌


 きっと今日は昨日よりもいい日になると

 信じて笑うことが そう 幸せを呼ぶおまじない


 チュルリラルリラ チュラチュチュ

 チュルリラリララ チュラチュルル

 ……ほら あなたのそばで 幸せさんが笑ってる』



 声に心を乗せるため、いつしか目を閉じていた。

 ワンコーラス歌い終え、息をつく。

 自然とまぶたが開く。私の目の前で、幸せさんが笑ってくれていることを願いながら。


 幸せさんは、本当に微笑んでくれていた。


 あれだけ静かで人通りもまばらだった公園だというのに、私の目の前には今、十人以上の人たちが集まってくれていた。

 みんなそれぞれに、溢れんばかりの笑顔を浮かべている。

 教会でのライブと比べたらずっと少人数ではあるけど、私の心に送り届けられる温かさは同じくらい、いや、それ以上だった。


 私はそんな幸せさんたちに後押しされ、歌い続ける。

 聖歌巫女としての使命と想いを乗せて。

 幸せを運ぶ歌声は、聴いてくれているみなさんの心を包み込んで、澄み渡った大空へと広がっていく。

 マニスもすぐそばで私の歌声に聴き入ってくれていた。



 ☆☆☆☆☆



 一曲歌い終わると、大きな拍手が私を祝福してくれた。

 ふと、ひとりの女の子が、ぱたぱたと私の目の前に駆け寄ってきた。


「お姉ちゃん、とってもよかったです! かんどーしました!」


 興奮した声を上げて私の手を取ると、ぎゅっと握ってくる。


「あは、ありがとう、お嬢ちゃん」


 私も女の子の手を握り返すと、彼女はお日様のような笑顔を返してくれた。


「あたしね、大きくなったらお姉ちゃんみたいに素敵な聖歌巫女になりたいっ!」


 一点の曇りもない清々しい笑顔で、瞳をキラキラと輝かせながら、女の子ははっきりとそう言った。


 聖歌巫女は私みたいに教会に生まれた娘が継ぐ場合が多い。

 とはいえ、教会に身を置く者や熱心な信者が聖歌巫女となることもあるし、場合によっては教会からのスカウトやイベントによって選出される場合さえあると聞く。

 誰にでも聖歌巫女になれるチャンスはあるのだ。


 だからこそ、聖歌巫女を目指す人は決して少なくない。

 ただ、バンド風の聖歌巫女を見て自分も同じように舞台の上を暴れ回りたいと思ったり、成功して有名になれば国からの援助金がもらえるからだったりと、あまり褒められた理由ではない場合が多いのも事実だった。

 こうやって純粋に憧れているというのは、実はかなり珍しいことなのかもしれない。


 そんな女の子の穢れなき思いに触れ、私の心もほわーんと温められるように感じた。


「うん、頑張ってね! 私もまだまだ駆け出しだから、精いっぱい頑張るよ!」

「うん!」


 握り合う手のひらに、よりいっそうの気持ちを込めて、私と女の子は笑顔を重ねた。

 名残惜しそうに手を離して観衆の列へと戻った女の子にもう一度微笑みかけ、私は次の聖歌を風に乗せていく。


 公園の木々のあいだから優しく語りかけてくれる朝焼けの木洩れ日を一身に受けながら、私は聴いてくれている人たちの温かな心に包まれて、今日の青空と同じように清々しい気分で歌い続けた。

 そして、幸せさんたちと同様、私自身も幸せを噛みしめていた。


 聖歌巫女になって本当によかった。

 そう、心から思った。



 ――追記。


 あまりにも気持ちよく歌いすぎて、ついつい時間を忘れてしまった私は、マニスとふたり、全速力で馬車のターミナルへと走る羽目となった。

 ライブの衣装のままスカートを振り乱して走る私の姿は、道行く人を笑顔にさせる。

 言うまでもなく、それは苦笑だったのだけど。


「うゆ~、チュルリラちゃんのおバカ~!」

「マニスだって、完全に忘れてたじゃないの! マネージャー失格よ!」


 そんな私たちのけたたましい怒鳴り声が、日も高くなり始めた朝の公園通りに響き渡っていた。


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