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聖歌巫女(うたみこ)  作者: 沙φ亜竜
聖歌2 木洩れ日に包まれて
10/38

-3-

「こんにちわ~!」

「おや、久しぶりだねぇ~。いらっしゃい!」


 明るい笑顔で私たちを迎えてくれたのは、この宿屋『夕暮れ亭』の女将、マーマレードおばさんだ。

 ママさんの愛称で親しまれている彼女は、ちょっと小太りで気さくな雰囲気をかもし出している。


「毎度毎度すみません。お世話になりますぅ~」


 ぺこりと頭を下げるマニスに、ママさんは豪快な笑い声を上げる。


「あっはっは、いいんだよぉ~! 相変わらずマニスちゃんは礼儀正しいねぇ~! うちだって、あんたたちが来てくれるとお客が増えるんだから、感謝したいくらいさね!」

「あっ、ママさん、今回もいろいろと食材を持ってきてるので、使ってください」


 そう言って、私は手に持った大きな袋を差し出す。

 お父さんから渡されたその袋の中には、小麦やコーン、豆などの食材が詰め込まれている。

 お世話になるお礼にと、毎回持たせてくれるのだ。


「おやおや、ありがとう。こちらこそ毎度毎度すまないねぇ~。この辺りじゃ、あまりいい食材は採れないからね。助かるよ!」


 笑顔で袋を持ち上げるママさん。私では両手で持つのがやっとだった袋を、片手で軽々と。

 さすが、働く女性は違うわね。


「そういえば、聞いたよ。正式な聖歌巫女としてデビューしたんだって?」

「あっ、はい! まだまだ駆け出しだけど、今まで以上に頑張らないと! これからも、よろしくお願いします!」

「もちろんだよ! でも、嬉しいねぇ~。あんなに小さくて頼りなかったチュルリラちゃんが、こんなに立派になって」


 しみじみとした視線で、ママさんは私の全身をじろじろと眺め回す。

 この宿には、ここフェルマータに初めて巡業に来たときからお世話になっている。

 まだ十歳になったばかりの頃だっただろうか。


 そんな頃から顔見知りのママさんは、今では本当のお母さんのように思えた。

 生まれてすぐに母親を亡くし、記憶にすら残っていない私にとっては、とても嬉しい温かな存在だった。

 本当の両親を知らないマニスも、きっと同じ思いを抱いているに違いない。


 ママさんのほうも、そんな私やマニスを本当の娘のように可愛がってくれていた。

 この宿は私たちにとって、第二の我が家と言っても過言ではないだろう。


「聖歌巫女チュルリラを育てた宿として、この夕暮れ亭が大々的に取り上げられる日も近いかもしれないねぇ! わっはっは!」


 豪快な笑い声が私とマニスを温かく包み込んでくれた。


「……ちょっと、ママさん。感動の再会をしてるところ悪いんだけど、そろそろ料理を持ってきてくれないかな?」


 宿のお客さんから声がかかる。

 ずっと黙って私たちとママさんのやり取りに耳を傾けていたけど、さすがに痺れを切らしたのだろう。


 夕暮れ亭は一階が酒場を兼ねていて、二階に宿泊用の部屋を用意している。

 この地方では、こういった形態を取る宿屋が一般的だった。

 すっかり日も落ち、宿泊客以外にも、夕飯を食べに来るお客さんが多くなる時間帯となっていたようだ。


「あ~、すまないねぇ! すぐに用意するよ、ちょっと待っておくれ!」


 お客さんにそそくさと返事をするママさん。

 やっぱり夜の酒場は大忙しのようだ。


「ママさん、ごめんなさい。私たちも手伝います!」

「おや、来たばかりだってのに悪いねぇ! 部屋はいつものところを空けてあるから、荷物を置いたらお願いね!」


 慌ただしく準備にかかるママさんを残し、私とマニスは素早く二階の部屋に荷物を置くと、活気づく宿のお手伝いを始めた。



 ☆☆☆☆☆



 ふ~んふ~んふ~ん♪

 鼻歌まじりにお皿を運んでいると、お客さんのひとりに声をかけられた。


「チュルリラちゃん、久しぶりだねぇ。よかったらさ、お立ち台で歌声を聴かせてくれないかい?」


 その言葉で、お客さんたちが一斉に声を上げ始める。


「あっ、いいわね~。私も聴きたい!」

「俺も俺も! ママさん、どうだい?」


 突然の展開でおろおろしている私をよそに、お客さんたちは次第に盛り上がっていった。


「そうだねぇ……。チュルリラちゃん、疲れてるだろうけど、どうする?」


 ママさんが気を遣って私に判断を委ねてくれる。

 確かに旅の疲れはあった。明日の巡業のことを考えれば、あまり無理はしないほうがいいのかもしれない。

 ここでお断りすれば、ママさんがお客さんたちの勢いを静めてくれるだろう。


 でも……。

 それではせっかく期待を寄せてくれているというのに申し訳がない。


「はい、歌わせていただけるのなら是非!」


 私は喜びに満ち溢れた声で、はっきりとそう答えた。


 大したスペースもない小さなお立ち台に立ち、わたしは歌声を響かせる。



『きらきら星空 ぼんやり月明かり

 両手を広げて 全部受け止めてあげる


 雲ひとつない夜 穏やかな波打ち際

 人知れず祈れば きっと願いは叶う


 水色の千代紙に 願いをしたためて

 夢を乗せたガラスの小瓶 船出の汽笛


 涼しい海風 乱れ髪ひらひら

 宙を舞うトビウオ 神様のOKサイン


 星の雫きらきら 夜空のイルミネーション

 波の合間ひらひら 漂う願いの小舟』



 しっとりしたスローテンポな曲に、宿屋のお客さんたちはみんな聴き入ってくれていた。


「澄んだいい声だね~。お酒と一緒に、心の奥にまで染み渡っていくみたいだよ」


 そんな賞賛の声を受けて頬を赤らめながら、私はお客さんが少なくなる深夜まで歌い続けた。


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