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グルメイ  作者: 李音
8/13

第八話 これが華喰沙耶子だ!!!

ここからは闘食がメインになっていくので、コメディーにも増して、シリアスな場面が多くなってきます。

「いよいよ闘食杯の始まりが近づいてきた! 東京ドームは超満員、熱狂に包まれている! 今年はどのような激闘が繰り広げられるのか!!」

 闘食杯が行われるこの日、試合が近づくと、ドーム内の壁面にいくつか設置された巨大な液晶スクリーンからMCの声があがった。

「おい、まじか!? こんなに観客がいるのか!?」

「闘食は今やプロレスにも匹敵するエンターテイメントよ」

「イーストフードカンパニーの強力なプロモーションで、その人気は上がる一方なんだよ。それにしても、僕までここにいていいのかな?」

 想像もしていなかった観客の多さに林檎は驚くばかり、刃は自分の存在が場違いな気がして居ずらそうにしていた。その横に胡桃と小桃がいて、胡桃はあたりを見回しては不思議そうに首を傾げていた。

「小桃さん、どうしてこんなに多くの人が集まっているのです?」

「みんな試合を見に来てるんだよ」

「何か楽しい事があるのですね」

「まあ、そんなところ」

「では、わたくし達もあそこへ行って見学しましょう」

 胡桃が小桃の手を引っ張って連れて行こうとする。小桃は慌てて逆に手を引いた。

「だ、だ、だ、駄目だよぅ!? わたしたちも試合に出るんだから!」

「そうなのですか!? わたくし運動は苦手ですのに……」

「胡桃ちゃん、今頃そんなに驚かないで……」

 流石の小桃も胡桃の頂上的な惚けぶりにたじろいでいた。

「刃は胡桃がどっか行かないように、しっかり見張ってろよ」

「僕をここに呼んだのはそういう理由か」

「それ以外に何があるんだ」

「そうだね、それ以外にないよね。僕の思慮が浅すぎたよ、ハハハ…」

 林檎に言われ、刃は大会の間中、胡桃と一緒にいなければならないと思うと、乾いた笑いが出て来た。

 やがてMCからチームの紹介が始まる。まずは鶫たちにスポットライトが集中した。すると、制服姿の女子高生の登場に観客達は嬉々として拍手を送った。

「さあ、チームの紹介をするぞ! 活目せよ! まず最初に紹介するチームは、闘食杯へは初参戦、栃木代表の明凛館高校だ! 何とメンバーは全員女子高生! その力は未知数だ! どんな戦いを見せてくれるのか、今から楽しみなところだ! そしてお次は…」

 次のチームにライトが移動すると、観客だけでなく鶫達まで少し驚かされた。光の中に白いセーラー服姿の少女三人が立っていた。

「驚くなかれ! またも女子高生チームの登場だ! 福島代表、いわき青海高校! 誰もが忘れ得ぬ大震災の地から、奇跡の参戦だ! 彼女らの戦う姿で、被災地の人々に少しでも勇気を与えて頂きたい!」

 スポットライトに照らされる三人の東北美少女達、一人は浜崎空(はまざきそら)と言って、この場にいる全ての闘食家の中で最も背が小さいはしっこそうな女の子で、そんなに長くない黒髪を後ろで二つに結わえ、習字の筆のような可愛らしい小さなテールにしていた。真ん中の背が一番高く長い黒髪の少女は増子風美(ましこかざみ)と言い、顔立ちがおっとりとしているがどこか品があり、見るからにお嬢様という雰囲気が漂う。最後の少女は黒髪をポニーテールにしていて、大きな瞳に鋭い光を帯びて気が強そうだが、それにも増して陰に暗いものを持っていいた。何人かの感性の鋭い闘食家たちは、彼女から計り知れない悲愴を感じていた。その少女の名は西牧海宇(にしまきみう)と言った。

 小さな少女、空が歓声とどろく試合会場を見渡して思わずはしゃいで風美に言った。

「うわ~、すごいな! あたしたち、こんな所まで来たんだな!」

「うん、びっくりだね」

「あたし少しわくわくしてきた」

「空ちゃん、あんまり張り切りすぎないでね」

 風美はそう言った時、はっとして海宇の顔色を伺った。

「海宇ちゃんごめんね、はしゃいだりしちゃいけないよね」

「いいのよ。ここまで来れたんだから、はしゃいで当然だよ」

 この時、観客席の一部からいわき青海高校の学生たちの声があがった。みんなが『海宇ちゃん頑張れ!』と声を張り上げていた。それを聞いたMCは言った。

「おおっと、これは東北の多くの友も応援に駆けつけているようです。いわき青海高校には是非とも頑張って欲しいとろこだ!」

その後も次々とチームが紹介されていく。そして最後に残った二チームが紹介されよういうとき、スポットライトが彼らを照らし出した瞬間に、観客は待ってましたとばかりに騒ぎ出し、爆風のような声援がドーム内に吹き荒れた。

「いよいよ残るは優勝候補の二チーム、凄まじい声援だ! 七番目のチームは、神奈川代表、龍餓(りゅうが)!」

 歓声の嵐の中で、胡桃と小桃はチーム龍餓の中で最も脚光を浴びている女性に見とれた。観客に向かって手を振る彼女の碧眼はスポットライトの光を吸い込んで宝石のように輝き、金糸のように光沢のあるブロンドを三つ編みにして、白いドレスを身にまとっている。背はそれなりに高く胸は豊かに張り出していて、その立ち居振る舞いはエレガントだった。

「すごく綺麗な人だ~」

「本当ですわね。きっと、外国の貴族のご令嬢に違いありませんわ」

「あれはエイミ・リファールだよ! 闘食家だけど女優もやっていて、映画によく出てるんだ。僕大ファンなんだ!」

 刃がエイミを見つめていると、たまたま彼女と目が合って微笑まれた。刃の心臓の辺りに熱い衝撃が走る。

「うぅ、生エイミが見られるなんて、僕は何て幸せ者なんだ……」

 刃が感動に胸を震わせていると、いきなり太腿に痛みが走った。

「いたっ!? なに、胡桃ちゃん!? 何でつねるの!?」

「刃様がだらしのない顔をしているからですわ」

 胡桃は愛らしい顔の頬を膨らませて怒っていた。その横で林檎はエイミの姿を見ながら言った。

「鶫、あの女は何者だ?」

「日本在住のフランス人で、名前はエイミ・リファール。またの名を、甘味の女神」

「甘味の女神!?」

「そうよ。甘味勝負において、彼女の右に出るものはいないわ。闘食女王の沙耶子ですら、甘味勝負ではエイミに負け越している」

「そんなに凄い奴なのか…」

「彼女だけではないわ。右側にいる眼鏡をかけたスーツ姿の痩せた男の名は崔諭烏飛(ちぇゆうひ)、韓国人で辛味料理にはめっぽう強くて、闘食の世界では辛味太公(からみたいこう)と呼ばれている。そして三人目のあの男……」

 チーム龍餓最後の一人は、輝きを放つように笑顔を見せる美丈夫だった。黒いTシャツの上に革ジャンを着て、ズボンも皮製のものをはいている。Tシャツ越しに見える盛り上がりから、鍛え上げられた肉体を持つことが容易に分かった。

「彼の名は龍田雅樹(たつだまさき)、チーム龍餓のリーダーよ。この日本では、彼以上のバランス型の闘食家はいないわ。勝負の時間が長いほどに力を発揮する。長時間ものを食べ続ける彼の姿から、いつからかインフィニティ・イーターという渾名が付いたわ」

「やばそうな奴ばかりだな……」

「龍餓は要注意チームその一よ」

 そして、最後のチームにスポットライトが移動した。

「皆さんもお待ちかね、いよいよ最後のチームの紹介だ! 大会三連覇を狙う、史上最強の闘食チーム、イースト・イーターズ!!」

 スポットライトが数段高く設置されたステージの上を照らす。そこに彩が手を振りながら出てくると、ドームは瞬く間に熱狂的なファンの声援に包まれた。

「きゃ~、彩ちゃ~ん、すてき~っ!」

「小桃のアホ! 敵に声援を送る奴があるか!」

「あうう、だって……」

 彩はステージの上から林檎に怒られている小桃の姿に気付いた。

「おや、あれに見えるは、前にサインを求めてきた女の子じゃないか。あの子も出場選手だったんだ。おーい!」

 小桃は彩が手を振っているのを見ると、一気にテンションが上がった。

「彩ちゃんがこっちに向かって手振ってる!!?」

 小桃は目の前の林檎を全力で横に押しのけて手を振り返す。

「うわっ!?」

 予想外の力で投げ出された林檎は、人口芝の上にダイビングヘッドした。

「小桃、お前なぁ……」

 林檎が起き上がり、怒り心頭になって近づいた時、喜悦を浮かべて手を振っていた小桃の顔つきが急に硬くなる。上から見ていた彩には、小桃の様子がおかしいのがはっきりと見えた。

「あれ、何? 急に後退りなんてしちゃって、もしかして嫌われた!?」

「わたしが現れたからよ」

 二番手に現れた桜子が、ステージの上から小桃を見つめた。

「まさか、小桃がこんな所に姿を現すなんて……」

「何? 知り合い?」

「妹よ」

 桜子を見る小桃の表情は強張り怒りに燃えていた。それは普段の彼女からは想像も出来ない姿だった。周りにいる仲間は戸惑った。

「おい、小桃、どうしたって言うんだ?」

「あれは桜子さんではありませんか。小桃さんのお姉様ですわ」

 胡桃が言うと、鶫と林檎の視線が小桃に集まった。

「名前を聞いた時からそうじゃないかとは思っていたわ。あの人の名は春園桜子(はるぞのさくらこ)香辛(こうしん)の女帝という渾名で呼ばれている。その名が示す通り、辛味料理に対して圧倒的なアドバンテージを持っているわ」

「小桃と同じ嗜好じゃないか、さすがは姉妹だな」

「やめて、あんな人お姉ちゃんなんかじゃない!」

「小桃ちゃん、まだあの時のこと怒ってるんだね」

「当たり前だよ! みんなの期待を裏切って闘食家なんかになって!」

 小桃は刃に怒鳴りつけるように言った。その後すぐにすまなそうな顔になる。

「みんな、怒鳴ったりしてごめん……」

「事情は聞かない方がよさそうね」

「いよいよ最後の人が出てきますわ」

 胡桃がまったく空気を読まずに言った。だが、今回はそれが役に立った。小桃への疑念はそれで一旦は払拭され、全員が女王の登場に注目する。

 煌々と光の降るステージの上に、栗色のボブにソバージュをかけた足の長い女性出て来た。彼女は上が白いブラウスに下は黒いタイトスカートという、スーツを脱ぎすてて身軽になったOLと言った風貌で、この姿は沙耶子のもう一つの顔である、大企業の秘書という仕事を象徴するものでもあった。整端な顔にある目は切り長で鋭い眼光を放ち、薄笑いを浮かべる瑞々しい唇には赤い口紅を使っていて見る者に鮮烈な印象を与える。鶫にとっては忘れ得ぬ姿だった。

 華喰沙耶子が現れると、さらに会場は沸き立ち、自然に沙耶子コールが始まった。まるでプロレスの大スターが現れたかのような(おもむき)がある。

 明凛館高校の面々は凄まじい熱狂に圧倒されっぱなしだったが、鶫だけは冷静で、ただステージ上の沙耶子を睨んでいた。勘の鋭い沙耶子は、すぐにそれに気付いて睨み返す。

「面白そうな子がいるわね。このわたしにガン飛ばしてるわ」

「沙耶姉さん、何か恨まれるような事でもしたんじゃないの?」

「そんなの心当たりがありすぎて、どれがどれやら」

「うあ、罪悪感とかゼロだね」

「恨み辛みなど、所詮は負け組みの戯言よ。そんな事を一々気にしていたら、女王にはなれないわ」

「頼もしいお言葉だねぇ」

「あの子達は気をつけた方がいいと思うわ」

「あら、桜子がそんな事を言うなんて珍しいわね」

「あの中に、桜子さんの妹がいるんだよ」

「へぇ、例の桜子以上に資質があるって言う」

「小桃が闘食に出てくるとは思えないけど、もし出てきたら厄介な事になるわ。それにあの赤髪のツインテールと、あんたを睨んでる黒髪の子、あの二人も出来るわよ」

「それは楽しみな事ね。最近弱者ばかりで辟易していたところだから、是非この女王の前に立ちはだかって欲しいものだわ」

 やがてMCがステージに上がり、沙耶子に一言とマイクを渡す。

「よくお聞きなさい!!」

 沙耶子の一言で、騒然としていたドーム内が一気に静まり返る。

「我らイースト・イーターズにとって、闘食杯など掃討戦でしかない! わたしたちのする事と言えば、目の前に現れた獲物を喰らい尽くす事だけよ!」

 観客席から沙耶子を称える声が盛り上がるように起こってくる。林檎は恐ろしいものを見るような顔をして言った。

「なんちゅう自信だ、そこまで言うか!?」

「沙耶子にはそう言うだけの力があるわ」

「とんでもない奴だ……」

 また、女王の言葉を聞いていた龍餓の(ちぇ)が、眼鏡の位置を直しながらリーダーの雅樹に言っていた。

「獲物の中には我々も入っているのかね?」

「入っているだろうな」

「まったく、毎度の事だが不愉快な女だ」

「わたし達が目の前に現れたら、そんな事は言っていられなくなるわよ」

「エイミの言う通りだな。ここのところは負けてばかりだが、今回は勝ちにいくぞ」

「雅樹、女王の弱点でも掴んだのかね?」

「まあ、そんな所だ。決勝戦を楽しみにしていてくれ」

 観客の盛り上がりが最高潮に達する中で、MCが言った。

「いよいよ一回戦第一試合を開始するぞ! 最初のカードは、これだ!!」

 ドームの壁面にある大液晶画面に文字が現れる。

 『明凛館高校 VS 静岡闘食研』

「おおっと、いきなり来たぞ、栃木から来た女子高生軍団の登場だ! 対するは静岡代表闘食研!」

 鶫たちに向かって観客たちの声援が降り注ぐ。それがチーム明凛館高校への感心の高さを表していた。

「試合は十分後に始めるぞ、各チーム共に準備を怠るな!」

 鶫は一分ほどで闘食に出るメンバーの順番を決めた。それが終わるのを見計らうように、一人の若者が鶫に声をかけた。

「失礼、僕は青森食士団の村田と言うものですが…」

「何か御用ですか?」

「君たちは栃木代表と聞いたが、地方予選には出ていないね。かといって、明凛館高校なんて名前も聞いた事がない。どうしてシード権を得たのか、仔細を教えてもらえないか」

「地方予選? そんな話は聞いていないわ」

「予選がある事を知らされずに、いきなりここに来たと言う訳か。主催者側にミスがあったという事かな。何かの間違いとは言え、実に不愉快だ。東日本にいる全ての闘食家が闘食杯を目指し、多くのチームが脱落して涙を飲んでいると言うのに、君たちのように無名のチームがいきなり本選に来るとは…。まあ、ミスでは仕方があるまい。ほんの僅かでも健闘できるように、せいぜい頑張ってくれたまえ」

 男が去ると、林檎が眉を顰めて腑に落ちないという顔をして言った。

「何がどうなってる? 主催者側のミスってどういう事だ?」

「ミスではないわ。イーストフードカンパニーの中に、わたしたちを引き出したい人がいるのよ。恐らく前に宇都宮へ闘食家を送り込んできた元締めだと思うわ」

「だったら、教えてやろう。あたし達が全員ぶっ倒しましたってな」


 そして試合開始の時間になった。

「さあ、いよいよ試合が始まる。だがその前に、闘食杯のルールを説明しておこう。勝負の時間は二十分、ポイント制で行う。メニューを一つ食べ終わるごとに1ポイントが加算され、三人戦い終わって最終的にポイントがより多いチームが勝利となる。メニューの中には二つ食べて1ポイントになるものや、一定の量を食べて1ポイントとなるイレギュラーもあるぞ。お次は禁止行為だ。道具の使用はこちらで用意されているもの以外は認められない。食べ物の外観を著しく損なう行為は認められない。食べ物の味を変える行為は認められない。これらの行いがあったと判断された場合はポイントにならないから注意してくれ。さらに嘔吐またはそれに類する事をしてしまった場合は、マイナス3ポイントのペナルティを受けるぞ。相手チームに対して妨害行為を行った場合は、当然のことだが失格となる。説明は以上だ! 最初に闘食を行うチームの先鋒は席についてくれ!」

 最初に出されるメニューは特大シュークリームだった。明凛館側の先鋒は、もちろん胡桃である。相手チームは筋肉質の巨漢の男だ。後に控えている二人も似たような体格をしていた。

「胡桃ちゃん、行くよ」

「はい、刃様」

 胡桃は刃に引率されて席に着いた。向かいのテーブルに相手チームの巨漢が座る。常に相手が正面に見えるので、負けている方はかなりのプレッシャーに襲われる構成だ。

 早速、二人のテーブルの上にシュークリームの乗った皿が出て来た。

「胡桃ちゃん、まだ食べちゃ駄目だよ」

「合図があったら食べていいのですね」

「そうそう」

「そんなほんわかしたお嬢さんで勝負になるのかい?」

「いやぁ、僕には何とも」

「おいおい……」

 刃の答に巨漢は唖然とした。そんな状況を完全に無視して、五秒前から秒読みが始まり、そしてカウントがゼロとなる。

『READY、GO!!』

 女性の音声が言うと同時に、ドーム壁面の巨大液晶スクリーンに二〇分からのカウントダウンが表示され、巨漢の方が猛烈な勢いで食べ始めた。彼の前に次々と新たなシュークリームが投入されていく。一方、胡桃はすまし顔で座っていた。

「何やってんの胡桃ちゃん!? 早く食べて!!」

「え? でも、まだ誰にも食べて良いとは言われていませんわ」

「いいよ! 食べていいよ! 僕が言ったから! はい、食べて!」

 凄まじい惚けをかます胡桃と、慌てふためく刃の姿を目の前で見せつけられた巨漢の男は、耐え切れずに笑ってしまい口の中の物を噴き出した。

「おおっとぉ!? 静岡闘食研の先鋒、どうした事だ! いきなり噴き出してしまった! マイナス3ポイントのペナルティだ!」

「ぬお、しまった!!?」

「馬鹿野郎、何やってる!!」

 背中に仲間の怒りを受けて、巨漢の男は恨めしそうに胡桃たちを睨んだ。

「貴様ら卑怯だぞ!」

「いや、わざとじゃないんですよ」

「このシュークリーム、とっても美味しいですわ」

 最高の間の悪さで胡桃が言うと、男は顔を真っ赤にして、怒りに任せてシュークリームを貪り食った。シュークリームは二つ食べて1ポイントになるので、3ポイントのペナルティはかなりの痛手だ。

「ああいう攻め方もあるのね。勉強になるわ」

「何をどう学んだのかは分からんが、鶫には絶対に不可能な技だ」

「いいぞ、胡桃ちゃん、頑張れ~!」

 そして二〇分が経ち、マイペースに食べ続けた胡桃は十個、相手の男は二十個食べたが、ペナルティがあるので6個分は無効である。ポイントにすると明凛館高校が5ポイント、静岡闘食研が7ポイントとなった。それからすぐに中堅戦が始まる。明凛館高校の二番手は林檎だった。

「よし、真打登場だ!」

 相手は先ほどの男と同じ様な巨漢だ。林檎は席に着くと、その男の顔をまじまじと見つめた。角刈りに紅いTシャツと短パン姿に、林檎は見覚えがあった。男の方は顔を見られまいと下を向いている。それを小桃が指差した。

「彩ちゃんにこてんぱんにされた人だ!」

「うるさい! 黙れ小娘!」

 男が小桃に向かって怒鳴ると同時にその顔も露見した。

「あんな醜態を晒して、よくこんな所に出て来たわね」

 別の方向から彩の声が飛んでくると、男は逆切れした。

「うるせぇ!! 昨日は油断したんだ! 今日の俺は一味違うぞ!」

「おいおい、敵はこっちだぞ」

「小娘、早食いだけでは闘食では勝ち抜けんぞ」

「それ以上はやめておけ、恥をかくだけだ」

「何だと!?」

「あたしは彩みたいに性格悪くないから、あんな面倒な事はしない、正面からいって叩き潰すだけだ!」

 林檎は掌に拳を打ち込み気合十分だ。戦いを前にして高揚する林檎の姿は、目の前の男を圧倒した。

「勝負の品目は太巻きだ! 二人の闘食家の前に、壮観な姿が現れた!」

 MCが言うと、長さ一メートルの太巻きがテーブルの上に置かれた。それを十センチ食べるごとに1ポイントが加算される。

 そして勝負が始まる。最初は大騒ぎしていた観客だったが、林檎の闘食を前にして、やがて辺りは静まり返り、MCまで言葉を忘れて呆然とそれを見ていた。林檎は豪快に太巻きにかぶりつき、見る見るうちにその長さが減っていく。相手の方も健闘していたが、試合終了三分前で目の前のプレッシャーに負けて、五〇センチほど残った太巻きを置いた。林檎の方は残り二〇センチ程度を豪快に二口食べては水を飲み、二〇分丁度でテーブルの上には何もなくなっていた。林檎が観客席の方に向かって親指を立てると、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。

「ななな、何と!!? 紅野林檎、二〇分で一メートルの太巻きを食べ切ってしまった!! 今までこの太巻きを時間内に食べ切ったのは、前女王の深山瑠璃と、現女王の華喰沙耶子だけだ! 闘食杯史上三人目の快挙! 新たなルーキーの登場に、観客席も沸いている!」

 明凛館高校がこれで一五ポイントを得て、相手チームを3ポイント逆転した。無名チームの闘食家がいきなり台頭してきて、各チーム共に騒然となる。

 試合を見ていた龍餓の龍田雅樹は言った。

「常務の邪魔をしたのは彼女等で間違いなさそうだな」

「大将の子は何をやってくれるのかしら、楽しみね」

 難しい顔をする雅樹とは対照的に、エイミは本当に楽しそうに微笑を浮かべていた。そこへ神経質な顔の崔が言った。

「どんなに力があったとしても、準決勝止まりだろう」

「そうね、準決勝からはあれが出てくるものね」

 その時、楠木彩は、仲間のところに戻っていく林檎の姿を見ていた。

「なかなかやるじゃん」

「あんたと良い勝負じゃない」

「わたしはあんな奴には負けないよ」

 彩は桜子に絶対の自信を持って言った。

 いよいよ大将戦が始まる。相手チームは今まで以上の大男が出て来た。それと比べると鶫はまるで小動物だ。

「ぬうぅ、初戦のペナルティがなければ…」

「そんなもの、あってもなくても変わらないわ」

「このチビ、大した自信だな」

 相手の大男が脅すような調子で言っても、鶫はまったく相手にしていなかった。そして、二人の前に大盛りの蕎麦と箸立てが運ばれてくると、秒読みが開始された。

『READY、GO!!』

 大男の方は箸で一気に大量の蕎麦を取り、汁に付けて食べた。それを何度か返すと蒸篭の蕎麦がなくなる。男がちらと前を見ると、鶫は何もせずにじっと見ていた。そして…

「素人ね」

「何だとぉ!!?」

「ルールでは、用意された道具以外は使ってはいけない。言い方をかえれば、用意された道具ならどんな使い方をしてもいい」

 鶫は素早い手つきで箸立てから四本の箸を取った。それを見た人々は驚いた。

「二刀流!? 鶫は何をするつもりだ!?」

 林檎の問いに答えるように、鶫が華麗な箸捌きを見せる。二つの箸を交互に使う事により、鶫は断間なく蕎麦を食べ続け、男の方が二つ目を食べ終わる前に、一つ目の蕎麦を完食した。続いて二つ目、まるで昇り竜のように途切れなく鶫の口に蕎麦が運ばれていく。

「鶫ちゃん、すごい……」

「あたしが初めて会ったときも、あんな闘食を見せ付けられた」

「息継ぎはいつしているのでしょうか?」

「さあな…」

 胡桃が微妙に的外れな疑問を口にする。胡桃以外の会場にいる多くの者が鶫の闘食に魅入った。特にその中でも、雅樹が鶫を見る目には特別なものがあった。

「……同じだ。あの子は、先代の闘食女王と同じ技を使っている」

「あなたが闘食家になるきっかけを作ったって言う憧れの人?」

 雅樹はエイミに頷き、青春を謳歌する少年のように瞳を輝かせた。

「ああ、前女王の深山瑠璃は、身体は小さいけれど努力と技で女王の座を守り続けた、闘食家の鑑といえる人だ。あの人の闘食は美しかった。それを見て心の底から闘食家になりたいと思わされたものさ」

 その時、観客席から驚嘆の声が上る。鶫が相手の大男に対して、1ポイントの差をつけたところだった。男の方も必死に食べてはいるのだが、差は開くばかりだ。

 やがて男は六つめの蒸篭を空けたところで勝負を諦めた。同時に鶫も箸を置き、彼女の横には九つの蒸篭が積まれていた。これで明凛館高校は24ポイント、静岡闘食研は18ポイントとなり、勝負は決まった。

「……すごい。これは、とんでもないチームが現れたぞ!!? 明凛館高校、まさにダークフォースだ!!」

 MCの興奮に観客も答えて、辺りはにわかにお祭り騒ぎとなった。

「さすがだな、鶫」

「鶫ちゃん、かっこよかったよ~」

「皆がいてくれたから勝てたのよ」

「どうして二人であんなにお蕎麦を食べていたのですか? 年越しには幾らなんでも早すぎますわね」

「胡桃ちゃん、勝負してたの、そろそろ理解しようね……」

 相変わらず胡桃がおかしな事を言うので、メンバーは笑っていた。

「ほほう、常務に泡を食わせただけはあるな」

「崔さん、感心している場合じゃないわ。次はわたしたちの番よ」

「最初のメニューはプリンパフェか。君が行って観客を楽しませてやれよ」

「ふふ、そうするわ」

 第2試合は龍餓対フード戦隊。埼玉代表のフード戦隊は、赤、青、黄の色分けされた服を着ていて、まずはその見た目で観客を盛り上げていた。

「甘味勝負ならこのイエローにお任せあれ。覚悟してもらいましょう、美しいお嬢さん」

「お互いに頑張りましょうね」

 イエローと名乗る小太りの男は、エイミの美しい笑顔を見て照れていた。

 やがて一番上に大きなプリンの乗ったパフェが運ばれてきた。

『READY、GO!!』

 エイミがパフェを口元にもっていく。そしてスプーンが高速で動き、あれよという間にガラスの容器が空になった。イエローの方はまだ半分以上残っている。それに明凛館高校の面々は衝撃を受けた。

「早い!? 何が起こったんだ!?」

「なんか、よく見えなかったね……」

「エイミは甘味においては、スピードと安定性、そして持続力と、非の打ち所のない闘食家になるわ。見た目に似合わず恐ろしい人よ」

 三人が真剣に試合を見ている横で、刃は見とれていた。

「エイミさんは食べてる姿まで美しいな~」

「むぅ」

「何、胡桃ちゃん、何でそんなに睨むの?」

「刃様なんて嫌いです」

「大人の女性に憧れるくらい許してよ……」

 刃は胡桃にそっぽを向かれてしまった。

 試合は続く。十数分後には、大差がついていた。イエローが五杯パフェを食べる間に、エイミは十一杯目に突入、一ポイント差が開くごとに、観客席は沸いた。

「フード戦隊、もう時間がない! 優勝候補の龍餓相手にこの点差はもはや絶望的か!?」

 エイミがさらに杯を一つ空けてそれを観客席に向けて上げると、大喝采が起こった。小桃と林檎も思わず拍手していた。

「みんな楽しそう!」

「闘食家によって場の雰囲気がこんなに変わるんだな」

 そして時間切れ。エイミは十一杯、イエローは五杯のパフェを食べ、龍餓は相手チームに初手から6ポイントもの差をつけた。

「次はわたしの出番か。もはやこれ以上の点差は必要あるまい」

「ああ、俺たちは力を温存させてもらおう」

 二番手の崔も、最後に出て来た雅樹も、相手にペースを合わせて料理を食べて、龍餓はリード6ポイントのまま勝利を収め、圧倒的な安定感を見せ付けた。その試合が終わったとき、林檎ははっと気付いて鶫に言った。

「おい、次にあいつらと戦うのって、あたしらじゃないのか?」

「その通りよ。今頃気付いたのね」

「先鋒が胡桃じゃ大差を付けられるぞ。点差が大きくなったら、らあいつらには勝てない」

「それは大丈夫そうよ」

 胡桃はエイミを睨んで対抗意識を燃やしていた。エイミの方は何でそんな風に睨まれるのか分からずに苦笑いを浮かべるばかり、刃は焦って胡桃を諌めていた。

「それよりも問題は他にあるわ」

「何があるって言うんだ?」

「それはわたしが対処するから、林檎は気にしなくてもいいわ」

「気になるじゃないか、教えろ」

「試合が始まるときになれば分かる」

 試合は次々に行われていく。第3試合はいわき青海高校と青森食士団との戦い。

「次はいわき青海高校と青森食士団の試合ですが、いわき青海高校の西牧海宇選手の希望により、東日本大震災の犠牲者に黙祷を捧げたいと思います」

 MCの声が響くと、それまで熱狂していた会場は嘘のように静まり返った。試合に対する熱は一気に冷めてしまったが、文句を言う者などいようはずもない。

「黙祷!」

 重い静寂の中で、MCが率先して目を閉じると、観客から闘食家まで、全てがそれに習った。明凛館高校の面々から女王沙耶子までも、そこにいる全ての人間が東日本大震災の犠牲者の冥福を心から祈っていた。

 黙祷が終わると、一気に会場の雰囲気が変わり、再び熱狂のボルテージが上った。

「さあ、第3試合を始めるぞ! 栃木代表の明凛館高校が強力なだけに、こちらの試合にも注目が集まります。福島の少女達は何を見せてくれるのか!?」

 試合前、食士団のリーダー村田は渋い顔をしていた。それもそのはず、地方予選では二位のチームまで闘食杯に進めるのだが、彼のチームは二位で、一位のいわき青海高校に大差で負けていたのだ。

「ふ、リベンジか、それもよかろう」

 村田が言うと、今度は負けぬと食士団の面々に気合が入る。

 やがて試合の時間になり、いわき青海の先鋒、浜崎空が中央のテーブルの前に座った。対する青森食士団からは背は低いが体格の良い青年が出て来た。彼が目の前のテーブルに座ると、空はにっと得意満面の笑みを浮かべた。すると、男は眉間に皺をよせる。実は、空は目の前の男に対して、地方予選でもまったく同じ事をしていた。

 闘食のメニューは串に刺さった餡団子。これを三本一組で食べて1ポイントとなる。

 試合が始まる直前、林檎は腕を組んでいわき青海の闘食を見極めようとしていた。

「あたしたちと同じ女子高生のチームとはな。どんな闘食を見せてくれるのか楽しみだ」

「地方予選では、彼女達は圧倒的な強さだったという話よ」

「そんなにすごいのか?」

「それはすぐに分かること」

 そして第3試合が始まった。その直後に観客席が騒ぎ始める。その原因は、空の闘食にあった。串団子を両手に一本ずつ持って、凄まじい早さで口に運んで、素早く食べていく。お構いなしに水も飲んで、どんどん団子を流し込んでいった。

「おい、あいつ、とんでもない早さで食ってるぞ!?」

「あんな食べ方したら、お腹に負担がかかっちゃうよ」

「確かに無茶な食べ方だけれど、恐らくあれが彼女の闘食のスタイル」

 鶫は驚く林檎と心配そうな小桃に向かって言った。

 食士団といわき青海のポイント差が見る間に開く。空は残り六分のところで、九組二十七本の団子を食べた所で完全に止まった。

「もうたべれない~」

 空は言いながらお腹を押さえてふんぞり返り、残りの時間は食べている相手をにやけ顔でじっと見つめていた。その時に食士団の先鋒は五組目を食べ終えたところだった。

 そこまで見て林檎は空の闘食を理解した。

「なるほど、そういうことか」

「競馬で言えば先行逃げ切りタイプね。前半で大差を付けることによって、後半で相手に大きなプレッシャーを与える事が出来る」

「確かに、ああも見つめられたらやりづらいだろうな……」

 食士団の先鋒は何とかして空に追いつこうと焦っていた。しかし、焦れば焦るほど、食が思うように進まず、七組目の途中で時間切れとなった。これでいわき青海高校は9ポイント、食士団は6ポイントとなった。

 続いて中堅戦は増子風美の登場である。食士団の方はサキという若い女性が出て来た。勝負品目は冷やし中華だ。

 試合が始まると、サキは猛然と食べ始めた。一方、風美の方はお上品に面を啜っていた。観客の視線は自然とサキの方に集中する。

「サキ選手、最初から飛ばしているぞ! もう間もなく一杯目を完食だ!」

 そして、テーブルの上に空になったガラスの器が置かれる。何と、それを最初に置いたのは風美の方だった。MCと観客は一瞬しんとなった。

「な、なんと!? 風美選手の方が早く食べ終えていた!? 何時の間にそんなに食べていたんだ!?」

「そんな馬鹿な!?」

 サキが思わず食べる手を止めて叫んでいた。

 風美には特に目立ったようなところはないが、二杯目では否応なしに観客に注目されたので、やがて驚くような早さで面を啜っている事が知れた。それを見ていた林檎は、鶫と初めて会ったときの菓子パン勝負を思い出した。

「なんというか、あいつの食い方からは鶫に似たものを感じるな」

「彼女はわたしと同じタイプの闘食家よ。計算に裏打ちされた闘食をするはず」

 サキは相手を出し抜こうと躍起になって食べるが、その差は縮みもいなければ開く事もない。風美は上品ながらも驚異的な速さで麺を啜り、敵を完全に押さえ込んでいた。サキは点差があるのでどうにかしてそれを縮めようと、無理をしてでも食べる速さを上げていく。そして、サキは七杯の冷やし中華を食べたところで崩壊し、箸を置いて俯き、苦しそうに呻きだした。相手を意識するあまりにペースを乱し、あっという間に限界を超えてしまったのだ。冷たい麺を一気に食べたので、お腹へのダメージも大きかった。

「そんなに慌てて食べなければ、まだまだ入ったのにね」

 同じく七杯目を完食していた風美は泰然自若として、まだ時間はのこっていたが、そこで食べるのを止めた。

「おっと、風美選手、ここでストップだ。時間はまだ残っているが、サキ先選手動はけない、本当に苦しそうだ!」

 そのままサキは一口も食べられずに二〇分が過ぎていった。これでいわき青海高校は16ポイント、青森食士団は13ポイントとなり、依然として3ポイントの差があった。

 そして大将戦に移る。食士団を村田は負けてなるものかと歯を食いしばった。

「地方予選の決勝では大差を付けられたが、3ポイントなら追いつけない点差ではない。後は得意の揚げ物が出ることを祈るのみ」

 いわき青海高校のベンチでは、風美が海宇の背中を叩いていた。

「海宇ちゃん、後は頼んだね」

「まかせて……」

 出て行く海宇の後姿を見て、空と風美はどこか悲しげな表情を浮かべていた。試合場に向かう海宇はその背中に、拭い難い暗さを背負っていた。

 ―まだ走れる。走り続けていれば、何もかも忘れることが出来る。走るんだ、どこまでも走っていくんだ!!

 海宇が内に抱く強い言葉には、呪詛に近い音律があった。

 そんな海宇の姿を彩が遠くから見ていた。今試合場にいるのは彼女だけで、予選などに興味がない沙耶子と桜子は控え室に引っ込んでいた。

「あの子に何が起こったのか、わたしには分かる……」

 彩は胸に何かが詰まるような思いで言った。海宇には自分と同じ敵がいる。彩にはそれがすぐに分かった。ただ、彩と海宇の間には決定的な違いがあった。

いよいよ試合が近づき、海宇を目の前にした村田は、相手の全身から漂う黒い気配に圧倒されて固まった。それから海宇がテーブルの前に座るまでの動作を、村田は思わず目で追った。

 ―なんなんだこの少女は……いかん、相手の雰囲気の飲まれるな。自分の闘食をすることに集中しなければ。

 やがてMCが言った。

「第3試合もいよいよ大詰めだ! いわき青海高校は3ポイントの差はあるものの、まだ油断はできない! 食士団は最後まで諦めるな! 勝負の行方を決める料理は、わらじ豚カツだ!」

 二人の闘食家の前に、通常の一.五倍はある豚カツが出て来た。

「このボリューム満点の豚カツを、華奢な体の女子高生がどこまで食べることが出来るのか、これは見ものです!」

 MCが言っている側で、村田は喜色を浮かべた。

「よし、得意の揚げ物がきた、まだ希望はある」

 そしてカウントダウンが始まり、試合が開始された。

 村田は得意と言っただけに、大きなカツを二切れずつ食べて、かなりのペースで食べ進んだ。そして二分もしないうちに豚カツ一皿を食べ終える。だが、彼の顔から得意な笑みは消えていた。一切れずつ食べていた海宇も、村田とほぼ同時に一皿目を完食するが、村田を驚かせたのは食べる速さではなく、彼女の姿だった。可愛らしい少女が阿修羅のごとき様相で食べているのだ。しかも海宇は村田の事などまるで見ていない。目の前に別の強大な敵がいて、海宇はそれと闘っているように思われた。それを目の当たりにしている村田は、少女のあまりにも異様な闘食に慄然とさせられた。

 村田は一気にペースダウンして、結局5皿目の途中で時間切れとなり、海宇の方は6皿の特大豚カツを完食していた。

「5ポイントの差をつけて、いわき青海高校が準決勝に進出だーっ!! 何と! 初出場の女子高生チームが二チーム共に準決勝へ進出しました! これは楽しくなってきたぞ! そして、一回戦最後の試合は、いよいよイースト・イーターズの登場だーーーっ!!」


 沙耶子と桜子は、第3試合が始まる前に姿を消し、控え室に引きこもっていた。試合が近づき、彩が控え室に駆け込むと、沙耶子は鏡に向かっていて、桜子はなにやら酷く悩んでいる様子だった。

「きたこれ、めっちゃやる気ないよ、この人たち……」

「一回戦なんて、燃えないわよね」

「燃えなくても行かなきゃだめでしょ。沙耶姉さん、お色直ししてる場合じゃないって」

「観客に美しい女王を見てもらいたいじゃない。まだ時間がかかりそうだから、二人で先にいってちゃっちゃと片付けてきちゃってよ」

「桜子さんは知恵熱が出そうなくらい悩んでますけど……」

「う~ん、そう、そうよね。やっぱりそれで決まりよね! 勝負あった!!」

「うお、どうしたの桜子さん!? やる気になった?」

「今、歴史的な勝負に決着がついたわ。ブラックスパークときび団子の戦いは、きび団子の勝ち!」

「っつうか、まだそれ悩んでたの!?」

「ブラックスパークの人気だけでは、きび団子の伝統と風格には及ばないという結論に達したわ」

「左様ですか……それって、桜子さんの好みって事でしょ。ブラックスパークの方が全然売れてるし」

「売れてるとかは問題じゃないの。この三日間、あらゆる方向からリサーチをして、駄菓子としてどちらが優れているのか検証してきたわ。きび団子は伝統と風格もさることながら、災害で保存食として活躍していたという歴史的な事実が大きかったわね」

「たった三十円の駄菓子をそこまでリサーチするとは…さすが桜子さん」

 その時、沙耶子が鏡の前で異様な笑みを浮かべた。鏡越しに彼女の笑顔を見た彩はやばいと思った。沙耶子がこんな顔をするときは、決まって恐ろしい事を言い出すのだ。

「良いこと考えた。桜子の悩みも解消されたようだし、三人で記録に挑戦しましょう」

「記録って?」

「闘食杯史上、最大のポイント差は深山瑠璃のチームが叩き出した17ポイント差、それをわたしたちが塗り替えるのさ」

「まじで? それって、相手のチームが相当えげつない事になるけど……」

「観客は喜ぶわよ」

「う~ん、そこまでしてお客さんを喜ばせなきゃ駄目なの?」

 彩が気乗りせずに言うと、沙耶子は見る者の背筋をぞっとさせるような獣じみた笑みを浮かべて言った。

「それがプロの仕事っていうものでしょう」


 第一回戦最終試合は、茨城代表のフードアタッカーと東京代表のイースト・イーターズの戦い。闘食女王が姿を現すと、観客達は水が瞬間的に沸騰するような勢いで沸いた。人々は沙耶子に何かを期待していて、観客たちの間に次第に異様な雰囲気が広がっていく。それは鶫たちにも伝わっていた。

「何か嫌な感じがするな」

「フードアタッカーの方は、戦う前から押されちゃってる感じだよ」

「相手は完全に沙耶子の空気に飲まれているわね。誰か病院送りになるかもしれないわ」

「病院送りは流石にないだろ。限界だったらギブアップすればいいだけだ」

「精神力の弱い人が沙耶子を前にすると、それが出来なくなる」

「出来なくなってどうなっちゃうの?」

「直に分るでしょう」

 鶫が言うと、林檎と小桃は固唾を呑むような思いで試合を見守った。

「一回戦もこれが最後、イースト・イーターズの先鋒は、高校生最強の闘食家、楠木彩だ!! フードアタッカーどう出てくるのか!?」

 相手方の先鋒は、彩と同い年くらいの少年だった。

「可愛そうだけど、沙耶姉さんに怒られたくないから、全力でいくわ」

「な、なにを! 可哀そうってどういう意味だ!」

「ボロ負けしても、泣いたりしちゃ駄目だよ」

「くそ、馬鹿にしやがって!」

 彩は憤る少年に向かって三日月のような笑いを浮かべ、その目に攻撃的な色を宿す。

「勝負の品目は、ショートケーキだ! 二つ食べて初めて1ポイント獲得になるぞ」

 試合開始五秒前になると、観客がカウントを数え始めた。

『5、4、3、2、1、READY、GO!!』

 彩はショートケーキを手づかみで食べ始めた。その速さときたら凄まじく、彩の傍らにショートケーキの皿が次々と折り重なっていった。一方、相手の少年も負けじと彩に合わせて食べていたが、それが悪かった。無理が祟ってあっという間に調子を崩してしまったのだ。フードアタッカーの先鋒は、八個目のショートケーキを食べ終わった後は、青い顔で冷や汗を流し、一口も食べられなくなっていた。

「馬鹿ねぇ。無理するからそういう事になっちゃうのよ」

 彩は相手を虚仮(こけ)にしてから、さらに勢いを増してケーキを食べていく。皿の枚数が新記録に近づいてくると、魅入っていた観客が騒ぎ始めた。MCも観客と同様に興奮して言った。

「どこまで伸びるんだ!? まったく衰える様子がない! 強すぎるぞ、楠木彩! 高校生最強の称号は伊達ではない!!」

 試合開始から二〇分が経つと同時に、彩は立ち上がって二十六枚目皿を両手で持って重ねた。

「そりゃ!」

 うずたかく積まれた皿が小刻みに揺れる。

「何と!? 楠木彩、二十分で二六個ものショートケーキを平らげたぞ!? これは大会新記録だ!!」

 彩は観客の興奮と声援を受ける中で、林檎の事を見て笑みを浮かべた。

「あなたを見てどや顔しているわ」

「なんかむかつくな…」

 イースト・イーターズは相手チームにいきなり9ポイントの差をつけ、二番手には春園桜子が出て来た。フードアタッカーの方からは背の高い痩せた男が出てくる。桜子は席について敵を目の前にすると、テーブルの上に両手を置いて、指で卓上を叩き始めた。その妙な行動に眉を顰めている男に桜子は言った。

「あなた、闘食って何だと思う?」

「何を言っているんだ?」

「ないの? あなたの闘食の持論とか、定義とかさ。そういうのを持たない闘食家って、雑魚しかいないんだよね」

「そんなもの、より多く食べて相手を出し抜くのが闘食だろうが!」

「分かってないわね。闘食とはリズムよ。自分に合ったリズムを見つけて、リズムに合わせて食べるの。最も早く食べられるリズム、より多く食べられるリズム、わたしの中ではいつも闘食の音が響いている」

 その時に男は、桜子の手の動きがピアノを弾く手つきだという事に気付いた。桜子は敵をそっちのけで上を見て、美しい音色に耳を傾けているような、うっとりとした表情になっている。

「ま、彩が9ポイントも先取してるし、緩やかなリズムでいくわ」

「訳の分からない事を…」

「とても大切な事なのに」

 会話出来たのはそこまでで、試合が始まった。品目はミートスパゲティだ。桜子は常に踵でリズムを取りながら料理を食べていく。食べる量も早さも一定で、桜子の闘食は整然としていて見る者に美しいと思わせる。だが、それだけではない。桜子は相手が食べるリズムも的確に掴んで、確実に差をつけられる速さで食べていた。敵との差はじわじわと広がり、試合終了時には相手が六皿、桜子は九皿のパスタを食べ、イースト・イーターズはさらに3ポイント差を広げる。

「あなたたち、上出来よ」

「今12ポイント先取だから、後6ポイントの上乗せで記録達成だね。沙耶姉さんだったら楽勝でしょ」

「6ポイントじゃ済まないわよ。奴らの心が砕けるまで叩きのめす」

 沙耶子は彩に恐ろしげな言葉を置いて出て行った。途端に沙耶子コールが観客席から沸き起こる。

 フードアタッカーの大将はもう席についていた。見た目は二〇代後半くらいの男で、体格はいいが、頬がこけていて気難しそうな顔をしていた。彼の前の席に沙耶子が座る。同時に男は沙耶子に見据えられて、一瞬、息が止まった。沙耶子は男なら誰でも振り向くくらいの美女だが、彼女の中にはそれを忘れさせる程の獣じみた凶暴性があった。

「さあ、楽しませてちょうだい」

 勝負の料理はホットドック。これは二つ食べて1ポイントとなる。

点差が大きい上に、全ての観客が沙耶子を応援している。フードアタッカーの大将はもう完全に諦めていた。

 一組二つのホットドッグが運ばれてくると、沙耶子は一つ目を口に入れ、次の瞬間にはホットドックの姿が口の中に消えていた。観客やMCがその凄まじい早さに驚く暇もなく、沙耶子は二つ目のホットドッグも見る間に食べてしまった。

「なんと言う早さだ!? ホットドッグ二つを一瞬で食べたぞ!? これは凄いを通り越して恐ろしいとさえ言える! これが闘食女王の実力だ!!」

 沙耶子は次々とホットドッグを食べていく。相手の方もこのままで終わる訳にはいかないので抵抗はしていた。だが、数分で沙耶子は八組のホットドッグを完食し、それに対して相手の方は三組、これで17ポイントの差が付いた。

「あなた、もっと頑張らないと、大変な事になるわよ」

「どういう意味だ?」

「あなたたちはこのままだと、闘食杯史上最低のチームとして名を残す事になる」

 獲物は追い詰めた。後は仕留めるだけ。沙耶子はこの状況にぞくぞくして、心の底から楽しいという笑みを浮かべる。

「よく聞きなさいよ。闘食杯で今までにあった最高得点差は17ポイントなのよ。後1ポイントでも点差が付いたその瞬間に、あんたたちには史上最低のチームの烙印が押される。そうなったらちゃんと宣伝してあげるわ。イーストフードカンパニーには、闘食関連の雑誌を出してる子会社が沢山あるから、わたしからお願いしてあげる」

「な、何だと!? ちくしょう、悪魔め!」

「嫌なら(あがな)いなさい! 女王に喰らい付いてみなさい!」

「くそ、やってやる、やってやる!!」

 相手は必死になって食べ始めた。沙耶子はそれに合わせて食べるので、ポイント差は縮まりもしなければ開きもしない。

「コール!!」

 沙耶子がそう言って指を鳴らすと、観客席のほうから『食ーえ!』という声が聞こえてきた。食えコールが一挙に渦となって試合場に降り注ぐ。フードアタッカーの大将は、異様な状況の中で沙耶子の狂気に晒されて、自分が何をしているのかも分からなくなっていた。彼は限界を超えても何かに取り付かれたようにホットドッグを食い続ける。まるで催眠術でも受けているかのようだった。それを目の当たりにして鶫以外の明凛館高校の面々は、沙耶子の非常さに唖然となり、小桃と胡桃などは酷く怖がっていた。

「おい、あいつ様子がおかしいぞ」

「酷すぎる。これじゃ無理やり食べさせられてるのと同じだよ……」

「あんまりなのですわ……」

「観客を利用してでも闘食を続けさせ、精神面と肉体面の両方を破壊する。これが華喰沙耶子という人間なのよ」

 鶫の言葉がメンバーの耳に重く響いた。

 試合開始から二〇分が近くなり、沙耶子は15組、相手の男は10組のホットドッグを食べていた。

「お、おっぐ、えあ……」

 ついに男は精神も肉体も耐え切れなくなって椅子ごと真後ろに倒れた。そして激しい嘔吐を繰り返し、観客席からそれを罵る声が飛んでくる。吐いている途中で男は突然仰向けになり、身体を痙攣させて人のものとは思えない叫び声をあげて苦しみの姿を晒した。

「これはまずい! 医療班! 早く!」

 MCが慌てて言うと、何人かが飛んできて、倒れた男はタンカーで運ばれていく。その時にペナルティの3ポイントがイースト・イーターズに加算された。フードアタッカーの残りの二人は、あまりの状況下に呆然とした。

「まったく、無様なものね」

 沙耶子は事も無げに言うと、信じられないことにホットドッグの追加を命令した。それを目の当たりにしたMCは、少し声を震わせて叫んだ。

「な、何と!!? まだ食べるのか!!? 徹底的に相手のチームを叩き潰すつもりだ!! 何という冷酷さ!! なんというえげつなさ!! これが闘食女王!! これが華喰沙耶子だ!!!」

 沙耶子がさらに二つのホットドッグを食べ終わったところで時間切れとなった。試合が終わると、沙耶子は立ち上がって美しい髪をかき上げた。イースト・イーターズはフードアタッカーに21ポイントの差をつけて勝利し、闘食杯史上に残る点差を叩き出したのだった。


これが華喰沙耶子だ!!!・・・終わり


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