第七話 底にあるものは同じさ
「予選突破、おめでとうございます」
「やった~。お祝いしなきゃだね。皆でケーキビュッフェに行こうよ」
家庭科室で小桃と胡桃が手を叩いて喜んでいた。そこに林檎が割り込んできて言った。
「待て待て、まるで苦難に打ち勝ったかのようなその達成感は何だ!?」
「だって、闘食杯出場決定だよ」
「あたしたちは何にもしてないぞ!」
「地方の闘食家はそれ程少ないと言うことね」
鶫が言った。鶫のチームは予選なしで栃木代表として闘食杯への出場が決定していた。
「東京や神奈川では、予選でも甲子園並みのトーナメントが行われるわ。地方から闘食杯に出たチームは、大抵はひとたまりもなくやられてしまう。何はともあれ、闘食杯への出場は成ったわ」
「チーム名とか決めたのか?」
「明凛館高校で登録してあるわ」
「そのまんまかよ」
「でも、学校の名前で大会に出るとか、青春の1ページって感じだよね」
小桃がはしゃいで林檎に言うと、少しはなれた席に座っていた刃がぼそりと口にした。
「大食いに賭ける女子高生の青春か、絵にならないなぁ」
「何か言ったか!」
「い、いえ、僕は何も…」
「ではお祝いに、皆さんでケーキを食べにいきましょう」
「胡桃、話を急に戻すな」
「賛成、行こう行こう」
「お前らケーキが食いたいだけだろ!」
林檎が小桃と胡桃の二人に息巻いていると、刃が手を上げる。
「二人とも、ちょっといいかな」
「はい、刃様、なにかありまして?」
「メイプルハニーはケーキビュッフェじゃなくて、普通のケーキ屋さんになったらしいよ」
『ええぇっ!!?』
衝撃的な事実を突きつけられ小桃と胡桃が同時に驚愕した。さらに胡桃は立ち上がり、悲しみにくれた瞳で何もない中空を見つめる。その姿は冷たい風が吹きつけて悲しみを誘う音楽が流れてきそうな程の悲愴に満ちていた。
「そんな、どうして……」
胡桃は崩れ落ちるように再び椅子に座り、机の上に突っ伏して身体を震わせた。
「胡桃ちゃん!? そこまでショック受けることないでしょ!?」
「おい、泣いてるぞ……」
「ケーキは胡桃にとって、命を繋ぐ食べ物だから仕方がないわ」
「いや、それ色々間違ってるからな」
冷静に妙な事を口走る鶫に、林檎は少し引きつった顔になって言った。
「あ~あ、わたしと胡桃ちゃんのお気に入りのビュッフェって、なんですぐに普通のお店になっちゃうんだろう」
小桃が残念そうに言うと、胡桃が起き上がってハンカチで涙を拭いた。
「くすん。そうですわね。二人で三ヶ月も通っていると、大抵は別のお店になっていますわね。不思議なのですわ」
「わたしたち呪われてるのかなぁ」
「それ君たちのせいだからね。自覚しようね」
いつも胡桃と小桃に付き添っていた刃は、胡桃と小桃を恐れていた数多くの店員の青ざめた顔を思い出し、彼らを悼んだ。
「真名上君も私たちが呪われてると思うんだね。やっぱりそうなんだ…」
「恐ろしい事ですわ。近いうちに二人でお払いをして頂きましょう」
「うん、それは名案だね。いつにしようか」
「駄目だ、この二人には何を言っても通じない……」
刃が今まで何度となく挑戦してきた幼馴染の少女たちへの意思の疎通は、いつのもように失敗に終わった。
「ビュッフェはなくなったけれど、とても美味しいケーキを作ると聞いたわ。おそらくこの前の闘食部隊の一件で、普通の材料が手に入らなくなって、イーストフードカンパニーの影響力がない個人生産している材料でケーキを作っているのだと思うわ」
鶫が言うと、それを聞いた胡桃は涙を振り払って復活を遂げる。
「そういう事ならば、すぐに賞味しなくてはいけませんわ!」
胡桃はiフォンを出して電話をした。
「あ、爺や、わたしがよく通っているメイプルハニーのケーキを買ってきて下さいな。学校の家庭科室までお願いしますわね」
胡桃はそれだけ言って電話を切った。そこへすかさず林檎が突っ込む。
「爺やって誰だ!?」
「爺やは爺やですわ。わたくしがずっと小さい頃から身の回りのお世話をしてくれていますの」
「胡桃ちゃんのバトラーさんだよ」
「バトラーって、胡桃はどんだけのお嬢様なんだ……」
それから間もなくして、年老いたバトラーが家庭科室に現れ、大きなケーキの箱を置いていった。
「ずいぶん大きい箱だね……」
刃はテーブルの上におかれた白い箱の異様な大きさに圧倒された。
「みなさんで頂きましょう」
胡桃が箱のリボンと包装を取って箱を開けると、予想外のものが中から出てきたので刃は思わず声を上げる。
「デコレーションケーキ!? しかも一番大きいサイズ!?」
「景気付けには丁度いいな。家庭科室だから包丁くらいあるだろ」
「わたし探してくる」
小桃がそこいらを探して包丁を見つけてくると、柄の方を刃に差し出した。
「真名上君、よろしくね」
「いや、あの、君たちは疑問に思わないのかい? 誰の誕生日でもないのに、こんな巨大なデコレーションケーキが出て来たんだよ」
「胡桃ちゃんと一緒にケーキ食べるときは、これくらい普通だよね」
「小桃さんと一緒の時は、よく買いますわよね」
「ちまちましたケーキなんて食っても、あたしの胃袋は満足しない」
「真名上君、早く切って」
刃は少女達からの波状攻撃に、最後は鶫の面倒だと言わんばかりの命令を受け、このメンバーの中において常識に囚われた自身に後悔しながらケーキを切らされた。
「面倒だから五等分にしろよ」
「僕はこんな巨大なケーキ、五分の一も食べられないよ……」
「男の癖に、女みたいに小食な奴だな」
「じゃあ君たちは何なの!?」
間もなくほとんど四等分に近い大きさのデコレーションケーキが皿の上に置かれる。少女達はそれを当たり前のように食べ、しばらくはケーキの美味しさに感動する声で家庭科室が満ちた。やがてそれが落ち着いてくると、鶫がケーキを食べる手を止めて言った。
「闘食杯の本選は3日後に始まるわ。場所は東京ドーム、8チーム出場で、日に一回戦ずつ行い、休息期間の中日も一日入るから、決勝までいくとすれば六日かかるわ」
「それじゃあ、学校を休まなきゃいけないな」
「それは学校側と交渉してあるから問題ない」
「準備万端というわけか、流石は鶫だ」
「皆、頼りにしているわ。頑張りましょう」
「おう、この林檎様にまかせておけ!」
「わたしは応援しか出来ないけど……」
「よく分かりませんけど、皆さん頑張って下さい」
「お前も頑張るんだよ!」
思わず声を荒げた林檎だが、胡桃はケーキを食べる事に集中して聞いていなかった。
「やばい、少し不安になってきたぞ……」
「大丈夫、問題ないわ」
鶫は林檎に確信を持って言った。彼女はチームが持っている底力を知っていた。何せ鶫自身が作ったチームなのだから。
鶫達がケーキを食べていた頃、新宿区にあるホテルの五十階の一室で、桜子が二つの駄菓子を片方ずつの手に持って真剣に見比べていた。
「おーい、桜子さーんって、何やってんの?」
桜子は入ってきた彩には目もくれずに、駄菓子を交互に見る。
「桜子さん。ねぇってば!」
「うるさいわね、今大切な勝負の最中なんだから、邪魔しないで」
「勝負って、駄菓子見つめてるようにしか見えないんだけど」
「物心付いた頃から駄菓子を食べ続けて一八年、私が選ぶ駄菓子の王者を決める戦いよ。ブラックスパークは彗星のように現れた人気者、対するきび団子は深い伝統と精神性を持つ実力派よ」
「超高級ホテルの一室でやる事じゃないね……」
彩はベッドの上に積んである白い箱を開けて中の細長い袋を一つ取り出す。
「また大人買いしてる。……なにこれお餅? なかなか美味しいわ、この柑橘系の香りがなんとも」
「また勝手に食べてる!?」
「いいじゃん、こんなに沢山あるんだからさ。それで、王様はどっち?」
「難しいわね…。人気だけならブラックスパークの方が圧倒的なんだけど、きび団子の持つ奥底にある伝統という壁は越えられないわ」
「あ、これきび団子なのに黍が入ってないじゃん。偽者だ」
「わたしの好きな駄菓子にけちを付けるんじゃない。三十円のお菓子に本物の黍なんて入れられる訳ないでしょ。味を似せているのよ。それと、はっきり言って本物の黍団子よりも美味しいわ」
「はいはい、桜子さんは本当に駄菓子が好きだねぇ」
「駄菓子は日本が誇る素晴らしい食文化よ」
「そんな事言うのは後にも先にも桜子さんだけだろうね」
それから彩は、箱からもう一つきび団子を取り出して食べながら言った。
「桜子さん、もうすぐ闘食杯だよ。コンディションは大丈夫なの?」
「問題ないわ。それよりも、今はこの勝負を決める方が大切よ」
「いやいや、試合の方が絶対大切だから」
「そう言えば、闘食杯に栃木から一チーム出てくるそうね」
「それならもうチェック済みだよ。明凛館高校でチームのメンバーはほとんど女子だって。うちの闘食家をやっつけたのって、多分この子たちだよ」
「もしそうだったら、今年の闘食杯は嵐が起こるかもね」
それから桜子は二つの駄菓子に集中して、彩は桜子が相手にしてくれないので溜息をついて出て行こうとした。その時、桜子が手に持っていたものを放り出し、全力で駆けてきてで彩の腕を掴む。
「その手に持っているものを置いていきなさい!」
「あちゃ、ばれた」
「あんたは平然と箱ごと持っていくな!」
「沢山あるから一箱くらい平気かなと思ってさ~」
「分かるに決まってるでしょ!」
桜子は彩を部屋から追い出し、ベッドに腰を下ろしてきび団子をかじった。
「……明凛館って、あの子が通ってる学校だわ。まあ、闘食が出来るような子じゃないけれど……万が一にも出てきたら強敵になるわね」
桜子は独り言の後、最後に喧嘩別れをした妹の顔を思い出していた。
そして二日が経った。この日の天気は快晴で、イベントの開催には最高の一日となった。鶫たちはこの日から東京ドームに訪れていた。
ドームの周囲には特設の出店がひしめきあう。屋台もあれば、プレハブ小屋で小規模な食堂を開いている店もあった。面白いのがどの店にも賞金付きの特大グルメがあって、さらに闘食での決闘も認められていた。決闘をする場合は負けた方は勝った方の料金まで支払い、店側は勝者に賞金を与えるというルールになっていた。
立ち並ぶ店の間を、林檎と小桃が歩いていた。
「うーん、迷うな。どこの店を制覇してやるかな」
「お店によって、賞金が違うんだね」
「そうかい。だったら、狙うのは賞金が高いところだな」
林檎が店を物色していると、急に近くで騒ぎが起った。
「おう、てめぇ! 今この俺を指差して笑ったな!」
「そ、そんな、笑ってなんていませんよ。いい体格をしていたもので、すごいなと思って……」
何かと思って林檎が振り向くと、角刈りでジャージを着た巨躯の男が、観光客らしい男の子二人を睨んでいた。二人共痩せ型で一人は眼鏡をかけていて、見るからに草食男子といった風貌だった。
「指を差したことは謝ります。すいませんでした」
「いいや、我慢ならねぇ。そうだ、闘食で勝負しろや。俺様に勝ったら許してやるぜ」
「そんな無茶な……」
「ああん? 男なら売られた喧嘩は買いやがれ!」
大男がメガネをかけた男の子の襟首を掴んで引き上げる。もう一人の連れの方は、オロオロするばかりだった。それを見ていた林檎と小桃は、傍若無人な大男の態度に憤った。
「あれって、恐喝だよね」
「だな。しょうがない、助けてやるか」
林檎が出て行こうとしたその時だった。辺りが急に騒然となる。その少女が歩いてくる姿を目撃した者は自分の目を疑ったり、見とれたりした。ファンにとっては垂涎たる状況であった。
唐突に現れた少女は、草食男子を脅している大男に近づいて言った。
「あんた自信あるんだ」
「おうよ、俺様に闘食で敵う奴なんて……」
大男はその少女の姿を見ると、凍ったように固まって、掴んでいた眼鏡の男の子を手放した。草食男子二人の方も、脅されていた事など忘れて、その少女に見とれる。大男が近くの店の壁に張ってあるスポーツドリンクの宣伝ポスターを見る。そこに写っている目の覚めるような笑みを浮かべている少女は、目の前にいる少女と同じ姿をしていた。
「お、お、お前は……」
「彩ちゃん、サイン下さい!!」
小桃が色紙を持って割り込んでくる。いきなり突撃してきた少女に、大男も草食男子二人もあっけに取られた。
「あ、ああ、今取り込み中だから、後でね」
「おい、小桃! いくらなんでも空気読めなすぎだ!」
「ごめんなさい。だって、いきなり彩ちゃんが目の前に現れるんだもん!
身体が勝手に動いちゃった!」
「あはは、変な子ね。ま、気を取り直してっと」
彩は大男に向かって言った。
「そんなに自信があるなら、わたしが勝負してあげるわよ」
「面白い。アイドル闘食家と勝負出来るなんて、滅多にない機会だぜ。だが、ただ勝負するだけじゃつまらんな」
「じゃあ、あんたが勝ったら何でも言う事聞いてあげる」
「なに!!? 言ったな、負けて冗談でしたじゃ済まないぜ」
男は今にも涎をたらしそうなだらしのない顔で言った。その時、彩はほんの一瞬だが、獲物を捕えた蜘蛛を思わせるような、異様で攻撃的な笑みを浮かべる。林檎はそれを見逃さなかった。
「あの男、地雷を踏んだな」
「え? 林檎ちゃん、どういう事?」
「アイドルなんてただのおまけだ。あいつは狼だ」
楠木彩が現れたという噂を聞いて、辺りにどんどん人が集まってきた。
「勝負の品目は、あんたが決めていいよ」
「よし、じゃあ得意の丼物でいかせてもおう。そこの牛丼屋で勝負だ」
「じゃあ、行きましょう」
有名チェーン店の味野屋の牛丼の特設店舗に二人は入っていった。
「あいつの実力をじっくりと見せてもらおう」
林檎と小桃に彩を見に集まってきた人々も店に入る。カウンターに座った彩と大男の周りには人だかりが出来て、もはや一大イベントと言ってもいいくらいの盛況ぶりだった。
「勝負の時間は無制限、先にギブアップした方が負け。それにもう一つ、わたしの流儀を加えさせてもらうわ」
「お前の流儀だと?」
「注文した物は必ず完食する事、いいわね」
「何だ、そんな事か。何の問題もない」
「それじゃあ、勝負よ」
彩が言うと同時に、牛丼並盛が二人の前に運ばれてくる。その瞬間に彩は箸を素早く取り、丼を持ち上げた。丼のせいで食べている姿は良く見えないが、彼女は二分もかからずに牛丼並盛を食べ終えた。
「はい、一丁上がり、次」
大男の方が彩の早食いに驚愕し、自分も食べるスピードを上げる。自然、男は彩を追う形になった。彩は二杯目から三分程度の時間をかけて食べるようになった。二人の差はわずかなものだが、常に男の追う側という状況は変わらなかった。一見すると良い勝負で、ギャラリーはこぞって彩を応援した。
「彩ちゃん、がんばれー、負けるなー」
「えげつないな……」
小桃は隣で眉を顰めている林檎を見て首を傾げた。
「林檎ちゃん、どうしたの?」
「小桃はわからないのか? あいつはわざと相手に合わせて食べているんだ。その気になれば、簡単にぶっちぎれるって言うのに」
小桃には林檎の言っている意味が分からなかったが、やがて三杯、四杯と勝負が進んでいくうちに、その意味が知れた。五杯目辺りから大男の方が苦しげな表情を浮かべる。彩は平然と七杯目まで食べて、大男も負けじと七杯目を完食した。そして男は、何でも言う事を聞くと言った彩への未練から、限界にも関わらず八杯目の牛丼を頼んだ。もしかしたらこれで彩が参ったと言うかもしれないという、男の淡い期待はあっさりと叩き潰される。彩は八杯目の牛丼をさっさと口に運んで食べ終えた。
「八杯目、完食!」
彩が食べ終えた丼を、積みあがった空丼の頂上に叩きつけるように置いた。彩の圧倒的な雰囲気に、応援していたギャラリーはいつの間にか静まり返っていたので、その時に起こった高い音がきんと響く。大男の方は手をつけていない八杯目の牛丼を前にして動かず、箸を持つ手が震えていた。
「あれ、どうしたの? もうお終い?」
「うぐ、ぬぐおっ」
大男は目の前の牛丼を見ただけで嫌気が差し、吐きそうになっていた。
「わたしが言った事忘れてないわよね。ちゃんと全部食べなさいよ」
「む、無理だ……」
男が言うと、彩は突然、箸を思いっきりカウンターに叩き付けて立ち上がった。大男もギャラリーもぎょっとして彩を見つめる。
「ふざけんじゃないよ、わたしの前で食べ物を残すな!! 闘食家なら、頼んだものは責任もって食べなさいよ!!」
その時、彩が大男を見下ろす目は、恐ろしい憎悪と蔑みに満ちていた。男は蛇に睨まれた蛙の如く縮こまってしまった。
「か、勘弁してくれ……」
「世の中には食べ物がなくて飢え死にする人だっているのよ。それなのに、闘食家が食べ物を残すなんて、許される事じゃない。ねえ、皆もそう思うでしょ?」
彩が言うと、集まっていた彩のファンは当然賛同した。そして『食え』コールが始まった。大男は冷や汗をかきながら、恥辱に震える。
『食―え! 食―え! 食―え!……』
「そうだ、彩ちゃんの言う通りだよ、ちゃんと食べろ~」
「よせ小桃、お前まで乗せられるな」
「だって、彩ちゃんの言ってる事は正しいよ」
「そうかもしれないが、あいつは故意にこの状況に持っていったんだ。それに……」
ギャラリーがコールして大男を攻める中、林檎は彩の前に出てきて言った。
「もうそれくらいで止めてやれよ。残すのがそんなに気にいらないなら、あたしが食ってやるよ。意地汚いと言われようが関係ない。食い物を粗末にされるのは見るに耐えないからな」
林檎は大男の前にある牛丼を取り上げ、箸を持って素早く掻きこんだ。何と林檎は一分とちょっとで牛丼一杯を食べてしまった。ギャラリーから感嘆の声が漏れる。それだけで彩は林檎の闘食家としての実力を垣間見た。
「あんた……」
「これで満足したか?」
「林檎ちゃん、お腹が空いてるなら素直にそう言えばいいのに」
「ちがーーーう!! 話がややこしくなるから小桃は黙ってろ!」
いきなり怒鳴られて、小桃は涙を浮かべたが、林檎は見なかった事にして話を続ける。
「楠木彩だったな。お前の闘食を見て分かったことがある。お前は食い物に対してかなりの執着を持っている。食い物で苦労してるはずだ。だから食い物を残したこいつに対して、あんなに怒ったんだ」
「ふん、田舎者のあんたに、わたしの何が分かるって言うのよ」
「田舎者で悪かったな。一つだけ言っておく、あたしとあんた、底にあるものは同じさ」
それを聞くと、彩は人を食うような笑みを浮かべ、頭一つ分小さい林檎を見下げて言った。
「もしそれが本当なら、闘食杯でわたしの所まで来てみなさいよ」
「見てろよ、必ず…」
「彩ちゃん、ほっぺにご飯粒が~」
不意に小桃がハンカチで彩の頬に付いた飯粒を拭った。
「あ、ありがと」
「それと、サインお願いします」
小桃が色紙を出すと、彩は周りに集まっているファンを見て苦笑いする。
「ごめん、ちょっと今は無理よ」
彩はそっと小桃の制服のポケットに何かを差し込んでから小声で囁いた。
「後でこの携帯の番号に電話して」
その後、彩はファンの開けた道を通って、牛丼屋から出て行った。
「う~っ、彩ちゃん可愛いなぁ」
「小桃……」
「何、林檎ちゃん?」
「お前をエアクラッシャーと呼んでやろう」
「エアクラッシャー? 何それ? あ、それよりも見てよ。彩ちゃんのほっぺに付いてたご飯粒、もう一生の宝物だよ」
「そんなもん、さっさと捨てろ!!」
「いやだよ~、そんな勿体無い事できないよ~」
「まったくお前は…まぁいいや、とりあえず鶫のところに戻るぞ」
底にあるものは同じさ・・・終わり