第六話 それでも胸を張って言える
放課後の家庭科室はすっかり少女たちの居場所になっていた。今は鶫以外の四人がいて、唯一男子の刃は胡桃の隣に座っている。女子高生三人が無駄話をする中で、彼は居づらくてしょうがなかった。
「小桃は何で小桃なんだ?」
林檎は鶫が来るまで暇だったので、何となく思ったことを小桃に尋ねる。
「え? 名前の事?」
「そうだ。暇だから名前のルーツでも探求しようと思ってな」
「えっとね、わたしが生まれた時は、お母さんすごく迷ってたらしいんだけど、大好きな桃を食べていたら閃いたんだって」
「それ閃いてないよ、そのままだよ!?」
刃の突っ込みを無視して、少女達は勝手に盛り上がる。
「林檎ちゃんはどうして林檎ちゃんなの?」
「ああ、あたしが生まれた時にさ、母さんの実家の青森からお祝いに林檎と沢山送ってきたらしい。母さんはそれを見て、これだって思ったんだとさ」
「林檎ちゃんのお母さんのインスピレーションも中々だね」
「そうだろう。胡桃はどうなんだ?」
「わたくしは、生まれた時に丁度お庭の胡桃の木に沢山の実がついていて、お母様がそれを見て胡桃という名前にしたのですわ」
「胡桃の母さんも、なかなか良いセンスをしている」
「みんな名前が食べ物だね~」
「運命を感じますわ」
「僕には名前を考えるのが面倒だったとしか思えないけどね……」
刃が言っても少女達は話に夢中で気付かない。彼は妙な疎外感に苛まれて、いつの間にか胡桃から少し離れた席に座って窓から外を見ていた。刃が気になってちらと少女たちのことを見ると、林檎と目が合った。
「そこの捨てられた子犬のように寂しそうな目をした少年、可哀そうだからお前の名前の事も聞いてやるよ」
「そんな目はしていないし、聞かれたいとも思ってないから!!」
「何だと、この林檎様が優しい気持ちで聞いてやってるのに!」
刃は林檎に睨まれると、仕方ないという様子で咳払いした。
「そんなに聞きたいと言うのなら、教えてあげよう」
「なんかむかついたから、もういいや」
「ちょっと、待って!?」
「刃様の事でしたら、わたくしからお話いたしますわ」
「いや、いいよ胡桃ちゃん! どうせ話すなら自分で話すから!」
「しょうがねぇな、聞いてやるからさっさと話せよ」
「うっ、何か一気に話す気がなくなったけど、話さない訳にもいかない状況だ……」
そして、刃が口を開こうとすると、林檎がいきなり掌を刃の目前に近づけて、それを静止した。
「ちょっと待て」
「な、何!?」
「ジンってどういう字を書くんだ?」
「そこから!!?」
唖然としている刃の代わりに胡桃が言った。
「刃の一字をもって刃と読むのです」
「うわ、お前、名前負けしまくりだな」
「うるさいな!」
刃はいきり立った後に、心を落ち着けてから言った。
「父さんは僕が生まれた時から料理人にしようと思っていて、美味しい料理が作れる料理人になれるようにと願いを込めて刃という名前を付けたんだ」
「なんだそれ、つまんない名前だな」
「君にだけは言われたくないよ!? その場の思いつきで考えた名前なんかよりもずっと奥深いでしょ!?」
「どうせなら包丁にすればよかったのに、真名上包丁君、ぷはは!!」
林檎が自分で言って受けていると、小桃と胡桃も爆笑する。
「君たち、いい加減にしろーっ!!」
その時、家庭科室の扉が開いて鶫が姿を現した。
「ごめんなさい、生徒会の会議が長引いてしまったわ」
「おお、鶫、いいところに来たな。今みんなの名前の話で盛り上がっていたところだ」
「名前の話?」
「そうだ。鶫は何で鶫って名前になったんだ?」
鶫は電気コンロの前に椅子を持ってきて座り、鞄を床に置くと言った。
「鶫って美味しいらしいわ」
『え!?』
鶫が何の脈絡もなく言うので、全員が声をあげて驚いた。鶫はそんなメンバーの様子を気にもせずに淡々と話した。
「お父さんがいつかその手で料理してみたいって言っていたわ」
それを聞いた小桃と胡桃は、顔を青くしてこれ以上ない恐怖をその表情に湛える。
「だ、だ、駄目だよそんなの!? 確かに鶫ちゃんはちっちゃくて、可愛くて、食べたら美味しいのかもしれないけど、自分の娘を料理したいなんて、そんなの絶対おかしいよ!!?」
「恐ろしいのですわ。そこまでいってしまうと、もう猟奇映画と同じなのですわ……」
「君たち!!? それは盛大すぎる勘違いだよ!! 深山さんが言っているのは、鶫って言う名前の鳥の事だからね!!」
「え? 鳥? そうなんだ~。吃驚して心臓が止まっちゃうかと思ったよ」
「わたくしなんて、あまりの恐ろしさに足が震えていますわ」
「どう考えてもそれは有り得ないだろ。お前らはどうして毎度そんな阿呆な妄想が出来るんだ?」
「え~、今のは誰だって勘違いするよ~。それよりも、鶫ちゃんと同じ名前の鳥さんって、そんなに美味しいの?」
「ものすごく美味しいらしいわ。でも、それが原因で乱獲されてもう少しで絶滅するところだったのよ。今では狩猟禁止になって、日本では鶫料理を味わうことは出来なくなったわ。鶫は幻の食材よ」
鶫が幻の食材と言ったところで、メンバーの間に電流のような衝撃が走る。そして、林檎がいきなり四つん這いになり、敗北感を露にして言った。
「あたしの負けだ…」
「完膚なきまでに負けたね…」
「完敗なのですわ…」
「何それ!? どの辺りで負けてるの!? 僕全然分からないんだけど!?」
刃が言っている側で、林檎は敗色を吹き払い立ち上がって言った。
「鶫は親父が料理したい食材の名前を付けられた訳か」
「認めたくないけど、そうよ。由来はあれだけど、この名前は気に入っているわ」
「あたしたち全員、名前が食い物だな。もはや刎頚の交わりと言っても過言ではない」
「さしずめ僕は、君たちを料理するシェフと言ったところかな」
刃が思わず口走った瞬間、少女達は時が止まったように固まって、氷付くような静寂が訪れた。そして次の瞬間、堰を切ったように騒ぎが起こる。
「お前に料理されるくらいなら、鳥にでも食われた方がましだ!」
「きゃーっ、真名上君、何かその発言すごく嫌らしいよ!」
「刃様にお料理して頂けるのなら、わたくしは嬉しいですわ」
「まじか!? お前らそういう関係だったのか!?」
「真名上君、胡桃ちゃんに破廉恥なことしちゃだめだよ~」
「ちょっ、ちょっと君たち、話が飛躍しすぎだよ!!」
刃が余計な事を言ったと激しく後悔したのは言うまでもない。
林檎たちが大騒ぎしている横で、鶫は真剣に考えた末に言った。
「真名上君」
「な、何、深山さん?」
「鶫は小さな鳥だから、料理すると言っても串焼きくらいしか出来ないと思うわ」
「このタイミングでそんなに真面目に返されると、リアクションに困るよ……」
小桃と胡桃は、串焼きと聞くと抱き合って震え出した。
「串焼き怖いぃ」
「何て残酷な仕打ちなのでしょう……」
「だから鳥だって言ってんだろ! 生々しい想像をするな!」
林檎が怒鳴ると二人は余計にきつく抱き合って震えるのだった。
無駄話の後、少女達はやる事もないので、帰る事にした。
鶫達はバスの停留所に向かって校庭を歩いていく。その時に胡桃が言った。
「あまりの恐ろしさに糖分が減ってしまいましたわ。ですから、みなさんでケーキビュッフェに行きましょう」
「賛成~」
「……恐怖で糖分が減るって、どういう事だ?」
「胡桃ちゃんは何でもケーキを食べる為の理由にするから、深く考えない方がいいよ」
刃が耳打ちするように林檎に言ったとき、一番前を歩いていた小桃がみんなの方に振り返って言った。
「みんな行くよね?」
刃はそれを聞いて周りのメンバーを見渡すと、途端に世にも恐ろしい事実に気付いた。
―まずい、このメンバーで行ったら、メイプルハニーの息の根が止まる!! しかし、慌てるな、僕には秘策がある。彼女に話を振れば、きっと止めてくれる。
「あのさ、みんな、こんな人数でケーキビュッフェは止めたほうがいいよ」
『何で?』
胡桃と小桃が心の底から訳が分からないという顔をして同時に言う。
「君たちの反応は予想通りさ…。でも、深山さんなら分かるよね?」
「……え?」
「あ、あれ?」
「鶫ちゃんも行くよね、ケーキビュッフェ」
「ええ、せっかくだからご一緒するわ」
刃は密やかに激しい打撃を受けながら心の叫びをあげた。
―深山さん、理解してなーーーいっ!? 馬鹿な、予想外過ぎる!? どうするんだ、どうやって止める!? っていうか、何で僕がこんなに悩んでいるんだ? どうでもいいと言えば、どうでもいい事じゃないか。いや、しかし、このままメイプルハニーが潰れるのを見過ごすわけにもいかない。それは人として許されない事だ!
刃がなんだかよく分からない正義を燃やしている間に、小桃は林檎に言った。
「林檎ちゃんも一緒に行こうよ」
「いや、あたしはいい。お前達だけで行ってこいよ。じゃあ、あたしは自転車だから、また明日な」
と言って、林檎は誘われるのを嫌うように自転車置き場の方に走っていった。林檎の走っていく後姿を見ながら、小桃は残念そうに言った。
「また嫌われちゃった」
「林檎さん、何度お誘いしても、お受けしてくれませんわね」
「一度くらいみんなでお茶したいよね」
「毎日あんなに急いで帰って、何をしているのでしょう?」
二人の会話を聞いていた鶫は、突然思いついたように言った。
「気になるわね。探ってみましょう」
「探るって、どうするの? 林檎ちゃんは自転車通学で、わたしたちはバス通学だよ?」
「大丈夫、わたしに任せて」
「林檎さんがいないので、ケーキビュッフェはお預けですわね」
「そうだね、ビュッフェはそのうちみんなで行こうね」
「とりあえずバスに乗って東武宇都宮駅近くまで行くわ」
三人の少女たちは小走りでバス停の方に向かう。その後に、刃は迷走する思考から現実に戻ってきた。
「やっぱり駄目だ! 僕は何としても君たちを止める! 例え変な目で見られようともかまわないさ、僕の行動に一人の男の人生がかかっているんだからね!!」
刃が意を決して言った時、目の前には誰もいなかった。さらに刃の後ろから歩いてきていた何人かの女生徒が、通り過ぎる時に失笑していった。
「あ…あれ? みんな、どこいったの!? ちょっと待ってよ!?」
鶫は東武宇都宮駅近くでバスを降りると、まっすぐにアルテミス通りに向かった。その足取りに迷いは感じられない。小桃と胡桃はただ何となく付いてくるだけだったが、刃はどうしても拭いがたい疑問があって、そのうち我慢できなくなって言った。
「あの、深山さん」
「何かしら?」
「君はどこに向かっているのかな?」
「林檎はまず、この辺りのお店で食賞金稼ぎをするわ」
「何でそんな事が分かるの…?」
「わたしはチームのリーダーよ。メンバーの事なら何だって分かるわ」
「ええ!? じゃ、じゃあ、わたしが小学校高学年まで怖い夢を見るたびにおねしょしてた事とかも!?」
「わたくしが夜おトイレに行くのが怖くて、未だに爺やに付き添ってもらっている事もですか!?」
「いえ、そこまでは知らないわ」
「二人共、華麗に自爆したね」
「有益な情報をありがとう」
『はうっ!?』
小桃と胡桃が同時にショックを受けて放心している近くで、刃は少し胸の鼓動を早くしていた。
―まさか、僕の秘密の趣味までは知るまい……
「真名上君が、あんな趣味を持っている事なら知っているわ」
「な、何だって!!?」
鶫が言うと、刃は息が止まりそうになった。
「お願いだ深山さん、それだけは誰にも言わないで……」
「大丈夫よ、真名上君。わたしは何とも思っていないし、小桃と胡桃だって、寛大に受け止めてくれる。だから怖がる必要なんてない。さあ、この場で打ち明けてしまいなさい」
「そ、そうか、そうだよね! 実は…」
刃は言いかけて何だかおかしいことに気付いてはっとなる。
「ちょっとまって、何で僕が自分の趣味の事を明かさなきゃいけないの?」
刃が言うと、鶫は残念そうに深い溜息をついた。
「おしかったわね、もう少しだったのに」
「何が!!?」
鶫はただ刃を誘導尋問していただけだった。
「深山さんやめてよね! 君が言う事は冗談でも本気にしか聞こえないんだから!」
その時、放心していた小桃が急に正気に戻って言った。
「あ、林檎ちゃん発見」
林檎は自転車を止めて、お好み焼き屋に入っていくところだった。鶫達は素早く移動してお好み焼き屋の中を外から覗いた。四人も固まっているので、傍から見ると結構怪しかった。
「七人前のお好み焼きに挑戦しているわね」
「鶫ちゃんの言った通りだね」
その後、林檎は当然の如く七人前のお好み焼きを食べきって賞金を得て、店を出るとその足で靴屋に入り、賞金でアニメのキャラがプリントされた子供用の靴を買っていた。その後は、東武宇都宮駅に近いコンビニエンスストアに足を運ぶ。鶫達はこそこそとその後をつけていた。
「思ったんだけどさ、これって何か意味があるのかい?」
「林檎の秘密を色々と知ることが出来るわ」
鶫の即答に、刃は苦笑いを浮かべる。
「これって完全にプライバシーの侵害だよ。もう止めたほうがいいよ」
「大丈夫よ。林檎はチームのメンバーだから問題ないわ」
「いや、問題ありまくりでしょう! 胡桃ちゃんと小桃ちゃんだってそう思うでしょ?」
刃が言った時、胡桃と小桃は林檎の姿を真剣に目で追っていて、何を言われたかなど聞いていなかった。
「あ、林檎ちゃん出て来た」
「何か持っていますわね」
「どうやらバイト代をもらっていたようね」
「そっか、林檎ちゃん、アルバイトしてたんだ。だから、わたしたちとお茶する時間もなかったんだね」
「謎が一つ解けましたわね」
「先回りするわ、付いてきて」
『はぁい』
三人の少女達は刃をその場に残して次の目的に向かって歩き出した。
「…女の子って、他人の秘密を知りたがる生き物なのかな……?」
鶫たちはバスに乗り戸祭町へ移動する。そして彼女達は、古びた一軒家の前についた。
「ここが林檎の家よ」
「深山さん家まで知ってたの!?」
「さすが鶫ちゃん、情報通」
刃が驚き、小桃が楽しそうに言う。
「古いですが、思っていたよりも立派な家ですわ」
「それは管理人の家よ。林檎の家はこの奥」
その時、向こうのT字路を自転車に乗った林檎が曲がってきた。鶫たちは慌てて管理人の家の植木の後ろに隠れてやりすごす。林檎が管理人の家の脇にある細い通路に入っていった。四人は見つからないように後をつける。すると目の前に二階建てで四部屋のみのアパート現れる。
「…これは何とも風格のあるアパートだね」
「築二十年は堅いね~」
刃が気を使った言い方をしても、次の瞬間には小桃の発言がそれを台無しにする。アパートは全体が白く塗られたモルタル式だが、塗装があちこち剥げていて、全体的にくたびれた感じが漂っていた。
鶫達がアパートに近づくと、一階の部屋から女の子の明るい声が聞こえてきた。
「おい、苺、お前が欲しがってた靴を買ってきてやったぞ」
「わぁい! お姉ちゃん、ありがと!」
鶫達が正面のガラス戸から中を覗くと、紅い髪を小さなポニーテールにしている幼稚園児くらいの少女が、林檎からもらった靴をもって小躍りしていた。
「母さん、バイト代出たからさ、はい」
林檎はバイト代を丸ごと母親に渡していた。林檎の母は長い赤髪が映える、高校生の娘がいるにしては若々しい人だった。
「少しは自分の為にとっておきなさい」
「いいよ、生活苦しいんだから、そんな事は気にしないで」
「いつも苦労をかけるわね」
林檎の母が済まなそうに言う。鶫たちは夕刻のオレンジ色に染まりながらその様子を覗き見していた。
「林檎さん、素晴らしいのですわ。わたくし感動いたしました」
「紅野さん、実はいい子だったんだな。それと、本当にテレビはないみたいだ」
「なになに? わたし全然見えないよ!?」
弾かれていた小桃がどうにかして中の様子を見ようと無理やり割り込んでくる。
「わ、ちょっと小桃ちゃん、危ない!?」
「きゃっ!?」
刃と胡桃の声が上る。小桃はかなりの勢いで脇から突っ込んできて、その衝撃で後の三人は将棋倒しになった。倒れたときの音も声も、部屋の中まで良く聞こえた。
「誰だ!!」
林檎がガラス戸を空けると、目の前にチームメイト達を見て、一瞬声を失う。
「…お前ら、何でこんな所にいる」
「わわ、どうしよう、どうしよう」
「大丈夫よ、わたしに任せて」
小桃が慌てふためいていると、鶫が言って立ち上がった。そして鶫は、刃のみならず、同姓の少女たちまで魅了する滑らかな手つきで、夕日に赤く染まるセミロングの黒髪をかき上げる。一瞬、まったく穢れのない髪が宙を舞い、林檎にはその一本一本まで夕日で赤く輝いて見えたような気がした。そんな幻想的とも言える雰囲気を作ってから鶫は言った。
「ちょっとそこまで買い物に」
「うそつけ!!」
林檎が全力で否定したすぐ後に、林檎の母が現れる。
「あら、どなた?」
「母さん、あたしの友達だよ。ちょっと前に話した例の」
「ああ、一緒に闘食杯に出るって言う。せっかくだから皆お上がりなさいな」
林檎の母は、いきなり現れた鶫たちにさしたる疑問も抱かずに、それどころか娘の友人の来訪を喜んでいた。
鶫たちは八畳一間にキッチンがあるだけの質素な部屋に招待された。皆が畳の上に座って真四角のテーブルを囲むと、すぐにお茶が出て来た。そのタイミングで林檎が言った。
「どういう事なんだ? あたしの後をつけていたのか?」
「さっき言った通りよ」
「明らかに嘘だろ!! 言っておくが、この辺りには個人経営のスーパーが二軒あるだけだ。お前が買い物をするようなものなんてどこにもない!」
「今夜のおかずにホウレン草の御浸しを作ろうと思って、それを買いに来たのよ」
「あくまでそれを貫き通すつもりか、いい度胸してんな、鶫」
「あの、わたしと胡桃ちゃんがね、林檎ちゃんっていつも何してるのかなって思ってて、それで鶫ちゃんが一緒に探ってくれたの」
小桃が言うと、林檎は大体のことを理解することが出来た。
「そういう事か。だったら、最初からそう言えばよかったのに」
「ここは笑いを取って和やかな雰囲気を作った方がいいと判断したわ」
「効果はどうあれ、その努力は認めるよ…」
それから少女たちは和やかな雰囲気になり、皆すっかりくつろいでいた。林檎はお茶を一口のみ、一息ついてから言った。
「見ての通りの貧乏暮らしさ。いつも小桃と胡桃の誘いを断るのは、金も時間もないからなんだ。悪いと思ってるよ」
「そんな、林檎ちゃんが謝る事じゃないよ」
「そうですわ。むしろわたしたちの方こそ、林檎さんの事を何も考えずにお誘いしてしまって申し訳ないと思います」
「それは気を使いすぎだ」
刃は部屋の様子を一通り見た後に言った。
「生活はかなり苦しそうだね。お父さんはいないの?」
「親父はずっと昔に有り金全部持って蒸発しちゃってさ。それからは母さんが女で一つであたし等を育ててくれた。確かに生活は苦しいけど、貧乏も悪い事ばっかりじゃない。本当の幸せって言うのは、苦労の中から掴み取るって事が分かったからな」
林檎の言葉に、他のメンバーは目の覚めるような思いがした。
「あたしを愛してくれる母さんと、可愛い妹がいれば十分だ。金もない、テレビもない、好きなものも食べられない。それでも胸を張って言える。あたしは幸せだ」
貧乏で苦労しているはずの林檎の姿は、少女たちの目に誰よりも力強く輝いていた。
帰りのバスの中、胡桃と刃が先に下りて、後に残った小桃と鶫は、並んで席に座っていた。その頃にはすっかり夜の帳が下りていた。
「鶫ちゃん、ありがとう」
「何でお礼なんて言うの?」
「だって鶫ちゃんのお蔭で、林檎ちゃんともっと仲良くなれたもん。あのまま林檎ちゃんを疑っていたら、その内に良くない事になっていたかもしれない。鶫ちゃんはそれを心配してくれていたんだよね」
「…小桃は友達思いね。わたしはそんな事はまったく考えていないわ。チームワークが乱れるのは困るのよ。沙耶子を倒すまでは、貴方達にはチームとしていてもらわなければ、ただそれだけの事よ」
「嘘だよ。こうして一緒にいるだけでも、鶫ちゃんの優しさが伝わってくるよ」
「それは貴方の勘違いよ」
鶫は小桃から顔を背け、バスのブザーを押して立ち上がる。
「わたしはここだから、さようなら」
小桃は気になってバスを降りた鶫の姿を目で追っていた。鶫が街頭の下を通ったとき、少しだけその顔が見えた。いつも無面相な鶫が、胸を打つような悲しみに沈んでいた。
「鶫ちゃん……」
どうして鶫がそんな顔をするのか、小桃にはその理由は皆目見当もつかなかった。ただ、鶫の悲しい姿だけが深く印象に残った。
それでも胸を張って言える・・・終わり