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グルメイ  作者: 李音
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最終話 僕って不幸だ

   最終話 僕って不幸だ


 ここは宇都宮市内のとある高級レストラン。床には赤い絨毯が敷かれ、カウンターとテーブル合わせても二十人程度しか入れない小さな店だが、有名人の御用達になるほどの伝統と味をもっていた。ここで最近、父に認められて厨房を任されるようになった刃は、メンバーが来るのを待っていた。彼は鶫達に闘食杯優勝祝いとして食事を振舞うと約束したのだ。大食い少女四人を相手に料理を作る覚悟を決めての事だった。

 刃が料理の準備をしていると、夜の七時きっかりに店の扉が開いて少女たちが入ってきた。

「おお、こんな高級感満点の店に入るのは初めてだ」

「落ち着いてて綺麗だし、良いお店だよ」

「わたくしのお気に入りのお店ですわ」

「お気に入りか…大金持ちのお嬢様は言う事が違うな」

「やあ、いらっしゃい」

 刃が厨房から出て行くと、鶫の隣には瑠璃がいた。

「真名上君、今日は招待してくれてありがとう。姉さんも連れてきたのだけど、まずかったかしら?」

「いや、全然かまわないよ。むしろ瑠璃さんも一緒に祝ってもらうべきだよ」

「呼ばれてもいないのにごめんなさいね。わたしは皆と違ってそんなに食べないから心配しないで、せいぜい三人前くらいが良いところだから」

 十分すぎますよ、と刃は言いかけたが、それは飲み込んだ。

 林檎が刃の白衣にコック帽の姿をまじまじと見つめて言った。

「馬子にも衣装とはよく言ったものだな」

「うるさいよ!」

「お前がこの店の厨房を任されているって本当か?」

「ごく最近の事だけどね。君たちに大分鍛えられたからね、そのお陰さ」

「そうかそうか、あたしたちに感謝しろよ」

「感謝していいのか、よく分からないところだね……」

「ともあれ、刃様の夢に一歩近づきましたわね」

「ああ、今日は腕によりをかけるから、楽しみにしていてね」

 鶫達がテーブルの前に座ると、ウェイターがお茶を用意する。その間に小桃は携帯のメールを弄っていた。それを見て林檎は言った。

「こんな時にメールか?」

「うん、彩ちゃんにメール送ってるの」

「何であんな奴にメール送ってるんだ?」

「だって、お友達だもん」

「なにぃ、友達になったのか!?」

「うん、闘食杯の後にメール交換したんだ」

「まじか……」

「もうすぐ来るって」

 それを耳にした刃が厨房からすっとんでくる。

「小桃ちゃん、それどういう意味なの!!?」

「どう言うって…」

 小桃が言いかけたその時に、店のドアが勢いよく開く。

「高級フレンチ食べ放題と聞いてやって参りました!」

 勢いよく飛び込んできた彩に続き、二つの駄菓子を真剣に見つめながら、桜子も入ってくる。刃は人生ここまでかというくらい青ざめた顔になっていた。

「おお、皆の衆、集まっとるな~」

「何でお前が来るんだ! 帰れバカドル! しっしっ!」

「うっさい! あんたに指図されてたまるか!」

 いきなり激突する彩と林檎、刃にとっては即倒ものの状況だった。

「お姉ちゃん、彩ちゃん、こっちこっち」

 空気を読まない小桃は、勝手に椅子を増やして彩と桜子を促す。更に恐ろしいことに、小桃の隣にいる胡桃も携帯でメールを打っていた。

「胡桃は誰を呼ぶの?」

 鶫は完璧に先読みをして、もう誰かが来ることが確定しているという聞き方をする。陣は更に残酷な現実を目の当たりにする事になった。

「わたくしのお姉様です」

「胡桃ちゃん、お姉さんなんていないよね」

「心のお姉様ですわ」

 にこやかに胡桃が小桃に答える。それを聞いた刃は頭を抱えた。

「うう、胡桃ちゃん、それは駄目だよ、反則だよ、反則すぎるよ……」

 そして、本日八人目のお客様が来店した。

「こんばんは、真名上君」

「エ、エ、エイミさん!!?」

「胡桃ちゃんに呼ばれてきたのだけれど、お邪魔だったかしら?」

「何を言われますか! そんなわけありませんよ! ささ、どうぞこちらへ!」

 刃は自ら席を用意してエイミを座らせる。胡桃の放った最後の一撃が、刃を後戻り出来ない状況に追いやった。

 悲劇的な現実に立たされた刃に、エイミが一筋の光明を与える。

「さすがにこの人数の料理を作るのは大変でしょう。デザートにどうかと思って、アンリ・ロアーヌのケーキを沢山買ってきたわ」

「まあ! それは楽しみです!」

 胡桃が瞳を輝かせる。刃はエイミが買ってきたというケーキを探した。

「えっと、そのケーキはどこに?」

「外に待機させている軽トラックに積んであるわ。後でお店に運ばせるわね」

「軽トラック!? 流石はエイミさん、分かっていらっしゃる」

「伊達に闘食家はやっていないわよ」

 これで少しは刃の肩の荷が降りたものの、まだまだショックは大きい。何せ全国トップクラスの闘食家が三人も加わってしまったのだ。彼の前に立ちはだかる壁はあまりにも高かった。

厨房に入ると刃は言った。

「今日はもう閉店だ! 早く看板を出して!」

 ウェイターが驚きながらも言う通りに出口の方に向かう。刃は他のコックが見ているのも構わずに、何かに押しつぶされるかのように床に四つん這いになる。

「うう、何で勝手に呼ぶんだよ……ああ、僕って不幸だ……」

「真名上君」

「え?」

 鶫がカウンター越しに情けない姿の刃を覗き込んでいた。

「深山さん!?」

刃は慌てて立ち上がる。

「大丈夫?」

「う、うん、大丈夫さ、多分……」

 刃はなんとも情けない返事をした。すると、鶫は彼の瞳を貫くように見つめる。刃は思わず居を正した。

「真名上君、これは試練なのよ。貴方を一流のシェフにする為に、神が試練を与えているの。これを乗り越えれば、貴方の夢は一気に前進するわ。栄光の階段は、もうすぐ目の前なのよ」

 そこへ林檎と彩も来て言った。

「そうだ、お前なら絶対に出来る! 今までだって乗り越えて来たじゃないか!」

「少年よ大志を抱けだ、男なら立ち上がれ!」

「おお! みんな、ありがとう! お陰で目が覚めたよ!」

 刃は腹の底から力が湧き上がるのを感じて意気を取り戻した。

「今美味しい料理を出すから、待っててくれ!」

 刃は厨房の奥に飛び込んでいった。それを見送りながら、林檎が言った。

「…鶫、うまく乗せたな」

「貴方達もね」

「ここまできて高級フレンチおじゃんなんて、洒落にならないもんねぇ」

「あいつ、明日は学校休むな」

「過労で死なないことを祈りましょう」

「あんたら、無情だな」

 彩は少し刃の事が可愛そうになった。


 三人が席に戻ると、料理が来るまで取り留めのない話が始まる。若い娘が八人も集まると、流石に騒がしい。お店にはいつもとは違う、底抜けの明るさが広がった。

 彩は隣で黙して二つの駄菓子を見つめる桜子に言った。

「桜子さん、ここまで来て駄菓子勝負ですか……」

「今日のは凄いわよ。いまや伝説となっている駄菓子同士の勝負よ」

 桜子は右手に『蒲焼さん太郎』を、左手に『モロッコヨーグル』を持って見比べていた。この二つの駄菓子に関して、結構真剣な議論が展開される。まずは林檎が言った。

「蒲焼さん太郎か、懐かしいな。子供の頃は誰もがお世話になる駄菓子だよな。十円だし、美味いし、値段の割には食べでがあるしな」

「どんな味がするのですか?」

「ここに例外がいやがった……」

 不思議そうに蒲焼さん太郎を見つめる胡桃に桜子は言った。

「蒲焼さん太郎を知らないなんて、日本人じゃないわね」

「桜子さん、日本人じゃないって、そこまで言いますか!?」

 彩の突っ込みの後に、今度は小桃がヨーグルを見て言った。

「わたしはそのヨーグルトみたいなお菓子の方が好きだな~。あの甘酸っぱさと、お砂糖のシャリっと感がたまんないよね。量の少なさがちょっぴり泣けるけど」

「これはモロッコヨーグルって言うのよ。名前くらい覚えておきなさい!」

「正直、どうでもいいと思う」

 彩が言うと、桜子が凄まじい怒りをもって鋭く睨む。彩は慌てて取り繕うようにして言った。

「あ、でも、それさ、ヨーグルだっけ? 何のクリームなのか未だに分からないんだよね」

「生クリームとヨーグルトを合わせてるのかな?」

 小桃が言うと、桜子が得意な顔になる。そして説明をしようと口を開きかけたとき、先に鶫が言った。

「それは植物性の油をクリーム状にして、酸味と糖分を加えたものよ。だから乳製品ではないわ」

 鶫の見事な回答に、桜子は深く感銘を受けて言った。

「あなた、良く知ってるわね! 実は駄菓子通とか?」

「それはありません…」

「流石は特進クラスのエリート、無駄知識も豊富だな」

 林檎の言う事に、鶫は特に感想は言わず、桜子は再び二つの駄菓子を見比べ始めた。

「内容ではヨーグルの方が上なんだけど、値段が二十円っていうのがね。十円と二十円の差は大きいわ」

「それ、わたしが子供の頃は十円だったのよね」

 瑠璃がヨーグルを指差して言うと、桜子は知られざる真実に胸を打たれて思わず立ち上がった。

「何ですって!!?」

 隣の彩は苦笑いを浮かべつつ、そこまで驚かなくてもという顔をする。

「わたしが小学校に上るくらいまでは十円だったかしら?」

「何という事なの!? 今もヨーグルが十円だったら、圧勝だったわ…」

「そんなに迷っているのなら、わたしが決めてあげる」

 と言ったのはエイミだった。彼女は優雅な線の細い指先でヨーグルの方を指した。

「こっちの勝ち」

「あんたが選んだら、絶対甘い方になるでしょ!」

「そりゃもう、甘いは正義ですから」

「駄目よそんなの! 勝負は公正でなければいけないわ!」

「結局は桜子さんの好みになるんじゃないの?」

「彩、前にも言ったわよね。わたしはこの駄菓子たちの原材料から生い立ちに至るまで、あらゆる方面をリサーチして結論を出すわ! そこに不公平性など有り得ないのよ!」

「おお、お姉ちゃんかっこいい~」

 小桃が燃え上がる桜子に拍手を送りながら言う。胡桃と小桃以外は桜子を呆れ顔で見ていた。

「左様ですか…もう勝手にして下さい…」

 彩は燃え上がる桜子を放っておくしかないと思った。

 駄菓子議論が一段落したところで、オードブルが運ばれてきた。海老や蟹などの様々な海産物をゼリーで固めたもので、見た目にも美しく、美味しい食事が乙女達をさらに楽しい会話へと誘う。

 刃は少し離れて彼女たちを見ていた。その中でも時折浮かべる鶫の笑顔が眩しかった。

「深山さんって、あんな風に笑えたんだ」

 刃の料理もその笑顔に一役買っているだろうが、それは些細なものだ。人間嫌いだったはずの鶫が、いつの間にか多くの仲間に囲まれていた。鶫自身の努力と、仲間の思いやりが、全てを変えたのだ。

「大変な事も多いけど、このチームに入ってよかったな」

皆の笑顔を見ていると、刃は何だか嬉しくなり、料理人を目指してよかったと、心から思うことが出来た。

次の日、刃が過労で学校を休んだことは言うまでもないが、他のコックまで倒れてしまい、店は臨時休業を余儀なくされてしまうのだった。


僕って不幸だ・・・終わり


グルメイ・・・完


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