カーテンの隙間
僕はいつも考えていた。
あの締め切られたカーテンの向こうで、彼女は何をしているんだろう、と。
部活を終えて家に帰る途中、僕はいつも彼女の家の前を通った。小学校の頃、男子生徒のアイドルのような存在だった彼女の家の前を。
夏のある日、僕は見てしまった。道路に面した窓にかかるカーテンの隙間から。
通り雨が過ぎた後の、蒸し暑い夕方。彼女は窓を開け放し、カーテンも開けたまま着替えていた。
白いブラジャーの片紐と、それと同じくらい白く照り映える白い肌。背中にかかる、ポニーテールにした長い髪。
僕が見たのはそれだけだった。しかも、たった一瞬だけ。にもかかわらず、僕はとても興奮を覚えた。
覗き見といういかにも良くないことをしてしまったという罪悪感と、自分だけがそれを見ることが出来たという優越感と幸福感。
僕はその行為に病みつきになり、何度も何度も、彼女のいた部屋の窓を見上げた。そんな幸運がそう何度も続くはずはないと分かりながら、そのカーテンの向こうから漂う誘惑に僕は勝つことが出来なかった。カーテンの隙間から、僕は必死に目を凝らしてその向こう側にあるものを知ろうとした。
そして、僕は今日も見上げていた。
その部屋を。そのカーテンを。その、向こう側を。
季節は冬で、日暮れは自分が思っている以上に早くやってくる。部活を終えて家に帰る頃には、もう辺りは真っ暗になっている。
部屋の電気は消えている。その電気がぱっとつく瞬間だけでも見れれば、僕は満足だ。心の中で強く思う。――彼女の存在を示す何かが、そのカーテンによって現れないかと。
しかしやはり、その日も何も起こらなかった。半ば肩を落とし、僕はそのまま家へと向かった。
家に帰ると、いつものように母が台所で夕飯を作っていた。
「ただいま」と何気なく声をかけると、母もまた何気なく「おかえり」と応えてくる。そしていつもの流れで、僕は鞄を適当な場所に置いてテレビの電源を入れる。夕方のニュース番組が世の中で起きている事件を放送している。そんなところまでも、全くいつも通りだ。
「あ、そうだ。あんた知ってた?」
突然、僕の背後から母が声をかけてきた。
「何を」
僕はぶっきらぼうに答える。反抗期の真っ只中だということは、自分でも感じている程だ。
「五丁目の角に住んでた子いたでしょ。なんて名前だっけ。あの子、今年の春に引っ越してたんだって。知ってた?」
「……え?」
「やっぱり知らなかったよねぇ。私も今日初めて聞いたのよ。あの子、私立の中学校に行ったんだったよね? なんか、その学校でいじめにあってたんですって。それで、今年の春に県外に引っ越しちゃってたんだって。やっぱいじめってあるのねぇ。あんた、いじめとかしちゃ駄目よ?」
母は何気なくそんなことを言う。大方、井戸端会議で仕入れた情報なのだろう。そんな噂話程度の情報なんて、信用ならない。
五丁目の角の家なら、僕は毎日見上げている。
今年の春に引っ越した? そんなはずはない。だって、僕が彼女を見たのは間違いなく、今年の夏のことだ。
――何かの間違いだ。そう言いたいのに、僕は何故か何も言えなかった。
僕が見たのは、一体誰だったんだろう。その後、僕が懸命に覗こうとしていたのは、誰の生活だったんだろう。
様々な解釈が出来るようなお話を書いてみたくて。
皆さんはどんな風に考えますか?
感想、ご意見等、お気軽に書き込んでください^^