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仔羊の幸福

3月25日



*     *



春休みに入った僕は、ほとんどニート同然の生活を送っていた。


お昼頃おきて、ご飯食べて、二度寝して、お風呂入って、ご飯食べて、寝る―――。


こんなかんじ。


春休みはこんな生活がサイクルになっちゃう。


だからこうして今日も、こんなお昼頃から起き始め、ワイドショーをただ呆然と眺めている生活を送っていた。



ワイドショーは、特集のコーナーを終え、ニュースを伝える場面にさしかかった。


ニュースでは、昨日起こった火災事故のことを伝えている。







―――火災事故?




僕は、椅子から飛び出し、テレビの前で注意深くそのニュースに聞き入った。



それは、よくあるなんてことない事故だった。



ストーブの上に大量の洗濯物をのせていて、それがストーブの火に燃え移り、その家に住んでいた子供2人が亡くなったらしい。

そのとき母親は買い物に出かけていて、この出火に気付かなかったらしい。



火による・・・事故。

外出中で・・・事故をまぬがれた。




―――これだ。



今まで考えていた、どうやって捕まらずに琴子さんの夫、そして子供を殺害する方法


どうやら、ようやく決まったようだ。


琴子さん・・・。


思わず彼女の顔を想い浮かべた。




*  *  *



息子が、春休みを迎えた。



つまり、一日中家に居るのだ。



長期の休みほど、苦痛なものはない。


夫の家庭内暴力は、大人ということもあってか、程度がわかっている行為となる。



だが、好奇心さかんな小学生の家庭内暴力は、その程度を知らない。



今日、朝起きて、いつものように朝食を作ろうと自室を出てリビングに出たら。



ベランダに、私の衣類・化粧品・アルバム―――つまり私に関係するすべての物体が棄てられていた。




「腹へってんだけど。はやく朝メシつくれよ」


後ろを振り返ると、にたにたした息子がキッチンの横に立っていた。




怒りや悲しみなんて、とっくの昔に忘れてしまった私には、ただ絶望感しか残らなかった。






「これを片付けてからでいい?」



そう訊くやいなや、息子はそばにあったガラスの置物を私めがけ投げつけた




ガシャーーーーーーーーン





ある意味芸術的ともよべる音が部屋中に響き渡る。


運動神経が皆無な息子が投げた置物は私には当たらず、窓に上手くあたり、窓もその姿を壊された。



「うっせーんだよクソババア早くつくれっつってんだろーが」


小学生とは思えない低い声で息子は怒鳴る。





ねぇ、瞬くん。


もし、これがあなただったら、どうなっていたのでしょう。



「一緒に片付けよ?」と、甘い声を出し私を慰めてくれていたのでしょうか。



―――助けて。



何度おもったかわからない言葉を、私は胸の内で呟いた。



---------------



3月26日



*     *


1日かけて作った殺害計画は、ある程度その形をなしてきた。


まず、予定日には僕と琴子さんはアリバイとしてデートをしていることにする。


不倫の関係がバレちゃうかもしれないけど、そんなのどうだっていい。

琴子さんと一緒になれない弊害を取り除けさえすれば―――。



そして予定日の前日―――これが重要だ。


僕は琴子さんから「何かあったときのため」と琴子さんの家の合い鍵を持っている。


これをつかって、深夜、琴子さんの家に入る。



―――なんか、人聞き悪いけど、侵入するわけじゃないからね?

もちろんそこには、琴子さんも一緒。


そもそも琴子さんもこのこと知らなきゃ計画はなりたたないし。




それでね、なんでもいいから、衣類だとか―――とにかく燃えやすいものを集めて、玄関、琴子さんの夫の部屋の前、息子の部屋の前、ベランダ。


とにかく、逃げる場所がないように、家全体に置いておく。


それから、灯油―――。


夫と息子が寝付きが良いのは訊いてるから、灯油の匂いであの二人が起きることはまずない。


なんせ、自分の部屋のストーブをかけっぱなしにして寝るくらいだから・・・って、琴子さんから訊いた話だけど。



とにかくそれを、燃えやすいものにたっぷりしみこませておく。



それで、最後に発火装置。


これは、友達が作った簡単なものが、僕の手元にある。


「ちょっとした火花がでて、相手を驚かすことができる」なんて、開発者気取りでその友達は語ってたけど。


とにかく、火をおこすには絶好のものだった。


しかも、跡が残らないというのが開発者気取りの友達のすごいところ。

それどころか、遠隔操作のスイッチまである。



そう、このスイッチを使えば、僕らが出かけている朝の8時頃にだって、火をおこせる。




―――もちろん、僕みたいな高校生が考えた計画だから、ボロだってあるかもしれない。


でも・・・たとえそれで僕が捕まったとしても・・・


琴子さんが幸せになる。



だって、今までずっと切り離せなかった鎖が解かれるんだから。




僕が、彼女の救世主になってみせるんだ。





あとは、いつこの計画を実行するか。



後で、琴子さんにデート出来る日メールで訊いてみよっと!




*  *  *



私を幸せにさせる着信音が、携帯から流れ出した



―――瞬くんだ!


思わず叫びそうになるくらい嬉しい。



だけど、リビングには息子がいる。


大音量でゲームをしていた。



まだ、割れた窓ガラスの修復もしてないというのに、これではまた近所から「ゲームの音がうるさい」と苦情が来てしまう。


もちろん苦情を対処するのは私で、息子は部屋から出ようとはしないが―――。




とにかく、ここで携帯を開くのは危険だ。


とりあえず私は、自室へ移動した。



携帯を開くと、“月村 瞬くん”とディスプレイにうつる。

思わず間髪入れずにメールを開く。





『次、いつあえるかな?久しぶりに琴子さんの顔が見たいな』



たった2文のメールだったが、私の頬を熱くするのには十分だった。


瞬くんが、私の―――私ごときの顔を見たいと言っている。


これほどまでに嬉しいことなんてあるだろうか。



私はすぐに返信をした



『30日なら、大丈夫よ。待ち合わせはいつものベンチでいいのかな?』



送信して、すぐ次の返信が待ち遠しくなる。


送信してすぐなのだから、そんなに早くくるわけがないのに・・・。




だけど、すぐに返信は来た。


早く来たことへの幸福感と、短い内容だという絶望感を味わいながらメールを開く。


しかし、内容は長文だった。


そして―――。



思いも寄らない文章がそこには綴られていた。





「―――事故にみせかけた、殺人?」



---------------



3月29日22時32分  殺害予定日前日



*  *  *



ついに、この日が来てしまった。


瞬くんが考えた計画殺人の予定日の前日。


計画の準備をする日。





私の、夫と息子を殺す計画―――。




まさか、瞬くんがそこまで私のことを考えてくれているなんて思ってもみなかった。



それほどにまで思われていたのだと思うと、つい嬉しくなってしまう。



男性に、これほどまでに好かれたことなど、今まであっただろうか。



嗚呼、そうだ。





昔の夫だ。







昔は、あの人は本当に私に優しかった。



いつも私のために何かをしてくれ、優しい微笑みを私にくれて―――。



全ての思い出が、懐かしく思える。





しかし、もう私の決心はついている。


―――こうするしかないのだ。





ごめんなさい。



---------------


同日 23時20分



*     *



琴子さんの家の前に立つ。


ついに殺害計画の前日まで来た。



僕の手には、琴子さんの家の鍵と、発火装置が握られている。



これで、すべて終わりにする。



そう思うと変な満足感に満ちあふれる。



この準備が終わったら、後は琴子さんと好きな時間をすごせる。


もし僕が捕まっちゃうとしても、最後に1回デートは出来る。



それだけで、嬉しかった。




もうあの二人が寝ていることは、琴子さんのメールでわかっている。




僕は、雪本家のドアを開いた―――。






玄関に入ると、そこは真っ暗闇。

当たり前だ、ここで電気なんかつけちゃったら計画が台無し。



かまわず、リビングへ進む。


そこには、たくさんの衣類を抱えた琴子さんが待っているはず。







待っているはず――――――え?








そこに、琴子さんはいなかった。


誰もいない、無人のリビングが僕を迎え入れた。




「あれ・・・琴子さん?」



呼びかけても返事はない。



もしかして、寝ちゃった―――なんてことはないよね?




そんなことを考えているときだった。









――――――背中に、強い衝撃を受けた。








振り返ると、血まみれの包丁を握った琴子さん。





あれ?もしかして―――。


琴子さんに、刺されたの?




思わず僕は、うつぶせに倒れてしまった。




するとその途端、今度は琴子さんが自分の腹部をその包丁でズブリと突き刺した。



琴子さんのおなかが、まっかに染まっていく―――。



「っ・・・!」


声にもならないうめき声を上げた琴子さんは、仰向けに倒れた。









「どうして―――?」


まだ息があるうちに、僕は彼女に尋ねた。


僕の隣には、愛しい、愛しい、僕を刺した彼女。





「私ね、こんなに思われたこと・・・初めてだったの」


「夫に愛されたこともあったけど・・・それと・・・全然比べものにならないくらい・・・あなたに愛された」



「うん・・・そのつもり。僕、琴子さんが大好きだから」



「うん・・・うん・・・だからね・・・あなたには幸せになって欲しかったの」




「幸せ・・・に?」


「ええ・・・あなたが、殺人者として・・・刑務所に入るなんて・・・想像しただけでも・・・っ!」


「でも・・・僕・・・琴子さんが幸せなら・・・」



「私・・・!あなたが幸せじゃないと・・・幸せなんかになれない」





琴子さんは、泣いていた。


美しい涙を目尻に浮かべ、横たわっているせいか、それはすぐにこめかみに流れ着いた。




「だからね・・・こうしたの・・・だって・・・これで二人とも・・・同じ場所に行けるわ・・・」


「・・・!?」


「これで・・・私たち・・・やっと“幸福”になれる・・・」




――――――やっぱり、琴子さんにはかなわないな。


さすが―――


さすが、僕の愛する人。




「ねぇ・・・」


「ん?」


「僕たち、天国に行けるかな?それとも―――地獄?」


「どっちだっていいじゃない・・・だって、二人一緒なら、どこだって同じ―――幸福に満ちあふれてるに・・・決まってるわ」


「・・・そうだね」


僕らは、どちらからといわずに、手をつないだ。




――――――そろそろ、視界が薄くなってきた。


もうすぐ死ぬんだ、ということがすぐにわかった。


だけど、怖くない。


隣には、手を握った琴子さん。


琴子さんと幸福を目指せるなら―――どこだってかまわない。









「ねぇ・・・琴子さん。最後にひとつ、お願い訊いてもらっても・・・いい?」



「なに・・・?」







「キスしても、いい?」











僕らの、最初で最期のキス。




甘くて、切ない、初恋の味だった。

―――なんて言ったら、彼女に失礼かな。

というわけで!

ようやく仔羊シリーズ(?)終焉を迎えることが出来ました!


密かに仔羊シリーズを見ていたという方、もしいらっしゃらお待たせしました&最後まで見ていただいてありがとうございました!



ちなみに補足をしておきますと


「***」が琴子目線で

「* *」が瞬目線です。


ご感想の方、いただけると嬉しいです!(テキトー集の中で、ここまで続いた話は初めてなので^_^;)


というか、続編を出すとみんな死んじゃいますね。苦笑

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