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空に花火

誰もいない夜の砂浜。


そこに僕は居た。


真っ暗闇の海が大きな音を立てて波を動かしている。


波にのまれた海の砂たちは


じっとりと湿っていき、新しい別の顔をみせた。


そのじっとりとした砂を、僕はまるで自分がここにいるか確認するかのように


ゆっくり、ゆっくりと、歩いて行った。


何処へたどり着くかも知らずに―――。



*  *  *


数ヶ月前、“彼女”とこの砂浜に居たときは、もっと足取りは軽かったはずだ。


「夜の海に行きたい」と言い出したのは、彼女の方からだった。

普通女の子っていうのは、夕焼けが見える海岸へ行きたがるものだと思っていたので、ちょっと不思議だった。


でも、理由を訊くと、ただ「好きだから」と答えるだけだった。



「うわあ、見て見て、月がこんなに近くで見られるなんて!」

彼女は嬉しそうに、海岸をぴょこぴょこと跳ね回っていた。


「ウサギみたい」ってからかうと、「だってすごい綺麗なんだもん」って、恥ずかしそうにちょっとゆっくりめに歩き出す。


そういうところが、可愛くて好きなんだよな、なんて。



ある程度周辺を“飛び回った”彼女は、急にこちらを向き「おいでおいで」の手招きをしだした。



彼女の待っている場所にたどり着くと、彼女はちょこんと座りだし、僕にも腕をつかんで強引に座らせた。



「ね、見て。夜なのに月の光で、わたしたちのシルエットがうつってる」


彼女は前を指さしにこりと笑みを浮かべそう呟いた。


前方には、彼女の言うように、月光でうつしだされた影がちょこんと二人仲良く座っている。



「なんか、幻想的だね」というと、彼女は遠くを見つめるような顔つきでこう言った。




「来年も、再来年も、ずーっと先の人生の中でも、こうしてふたりでこのシルエットを見つけていきたいね!」





そうだね―――って、返事をしようとしたその時だった。



頭上に、大きな、大きなオレンジ色の花が広がっていた。




「きたあー!うわぁ、やっぱり海でみる花火は大きいね!」


待っていましたとばかりに、彼女は嬉しそうにそのオレンジ色の花に手を伸ばしていた。



―――正直、彼女が『花火』という言葉を発するまで、そのオレンジ色のものがなんなのかわからなかった。


それくらいに、大きな花火だった。




「まるで、この海を―――。この世界を包んでるみたいだね」


思わずそう言うと、彼女はにんまりしながら

「おっ、優羽哉ゆうやのくせに、いいこと言うじゃん。世界を包むかぁ・・・!」


妙になっとくした顔をしながら、僕の肩をばしばしと叩いた。




後で聞いた話だと、どうやら彼女はこの花火を夜の海岸でみたいがために、僕をそこに連れ出したという。

「それなら、最初から言ってくれればいいじゃん」って言ったんだけど

「それじゃ、つまらないでしょ?」と悪びれた様子もなく言い換えされた。


ああ―――。

そういうところが可愛くて、好きなんだな、僕は。




*  *  *


一昨日、彼女はこの世を去った。



不幸な事故だった。



「幸せではない」と書いて、「不幸」と読む。



僕と、彼女は、今までずっと、長い間、幸せでいたはずなのに


たった1回の出来事が、僕を「幸せではない」状態にさせた。



こんなに不平等なことがあるだろうか―――。




しばらく立ち止まって、僕はまたじっとりとした砂浜を歩き出した。


後ろを振り返ると、僕の足音が幾重にも重なって見えた。

相当遠くまで歩いてきたようだ。




この日の月も満月で、月光がまた僕のシルエットを照らし出していた





『来年も、再来年も、ずーっと先の人生の中でも、こうしてふたりでこのシルエットを見つけていきたいね!』




―――そういう日々を、重ねてゆくはずだったのに、もう出来ない。





「うわっ!?」


彼女の事をずっと考えていたので、僕は足を砂にとられ転んでしまった。



ふいに着いた手には、柔らかい砂の感触。


まるで、数日前までさわっていた彼女の柔らかい髪のようだった。



砂の粒がくすぐったくて砂から目をすらすと、目尻から水滴がこぼれ落ちた。




まさか、砂の感触で彼女を思い出してぼろぼろ泣いているなんて―――。

そんな自分が情けなくて、また涙がこぼれ落ちた。



目をそらし、向けた先には波がただ呆然と広がっていた。

その姿はゆらゆらとし、原型をとどめない。


―――今の僕に似てるな、と思った。



僕は、これから彼女なしで一体どうやって生きてくのだろう。

これからの人生が一体どこにたどり着くのかまったくわからない。


―――わかりたくもなかった。






波からも目を背けたくなり、僕は座った状態で頭上を見上げた。




そこには―――。



季節外れで、上がるはずのない花火が、大きく姿をあらわしていた。



「えっ・・・?」


そんな僕の声は、どおんという大きな花火の音で打ち消された。




「すごい・・・」


彼女が生きていたころに見ていた、あのオレンジの花火と全く同じ花火。




なんだか、この花火は幻想のような気がした。


本当は、花火なんて打ち上がってないんだけど、僕の心のなかで、彼女との思い出としてフラッシュバックされているように―――。



そう、僕はまだ、この花火を見続けていたかったんだ。

その横で笑っている、彼女とこれからの日々を過ごして生きたかったんだ。



今もまだ、忘れることのできない幻想ゆめを、ただ呆然と追い続けているんだ。





花火は、さらに数を増やし、どんどん僕ら世界を包み込んでいく。





僕は、これから、この花火を―――彼女を思い出として昇華していくことは出来るのだろうか。

彼女のいないこれからを、新しい人生として歩き出せるのか。




それは、今の僕にはわからない。




だけど―――。



今はただ、この花火に包み込まれたい気持ちでいた。


次の波音に消されないうちに―――。




「ね、まるでこの花火たち、星を目指して空をとんでいるみたい」




そう呟いたら、また彼女が「いいこと言うじゃん!」って、僕の肩を叩いてくれそうな気がした。

深紅の烏の名曲「空に花火」より。


本当は「君という光」で“月が海にうつってクラゲみたい~!”って言うのも付け加えたかったんですが


どこか「クラゲ」がロマンチックじゃなかったので外しました。笑

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