仔羊の愛憎
出会ったのがいつの日か?そんなこともう忘れちゃった。
僕が彼女を見かけたのは、いつも通ってるスーパーのレジだった。
「ありがとうございました」と、レジを終えた客に向かって頭を下げている。
その頭を上げると、聡明さを伺わせる三十代前半くらいの美人がそこにはいた。
・・・一目惚れってやつ?
ガムとかお菓子とか買うために、僕は隣のレジにいたんだけど、その顔を見てなんとなく彼女のレジに移った。
「いらっしゃいませ」と、儚げながらもしっとりした女性らしい声で彼女は僕に微笑みかけてくれた。
ちらっと名札を見る―――雪本。
雪・・・儚げな彼女にぴったりな名前だと思った。
それから、かな?あのスーパーに行く度に彼女を探してた。
もちろん、いつもいるわけじゃなかったけど、なんとなく彼女を見かけられた日の夜はどきどきして眠れなかった。
今日、僕にほほえんでくれてなかった?!―――って馬鹿みたいな想像しながら。
それから・・・数ヶ月後だったかな、彼女を道ばたで見かけたのは。
ビックリした。そりゃあそうでしょ?お気に入りのお姉さんが私服で歩いているのを見られるなんて。
しかも、僕の家の近くに住んでるなんて!
すぐに彼女を追った。
・・・ストーカーって言うのかな?こういうの。違う?
ま、ほら、高校生の青春の恋だと思って見逃してさい。
どうやら彼女はパートを終え家に帰るようだった。
だけど、その背中はどことなく重そうだ。
僕の家から500メートルくらいあるいたところに、彼女の家はあった。
―――やばい、ついに家まで見つけちゃった!
本当にこのとき、僕は青春を味わってた気がする。
このときは、なんだか後ろめたくて、すぐに家に帰った。
も、もちろん僕の家にだよ!?
* *
―――のろいんだよ。うぜーな。茶くらいさっさと出せないのかよ。
そんな声が聞こえたのは、3回目の“訪問”だった。
それから、悲鳴。
すぐにあの人の声だってわかった。
それまでは、外から覗くなんてこと考えもしなかったけど、このときばかりは、見てしまった。
外から見える景色は、どうやらリビングらしき部屋で、小学校高学年くらいの男の子が、あの人を蹴っていた。
思わず息をのんだ。
人様の家を外から見るという罪悪感より、どんなことが起こってるのかという好奇心より、なにより―――。
あの人を助けなきゃ。と思った。
だから、僕は必死になってあの人の家の事を調べた。
“必死になって調べた”―――なんて言っても、おしゃべり好きな彼女の隣に住んでるおばさんが全部教えてくれただけなんだけど。
―――ああ、お隣の雪本さんね。酷い話よ、高校生のあなたにはしたい話じゃないんだけどね・・・。
雪本さんとこの旦那さん、昔息子さんや奥さんに暴力をふるってたみたいで・・・
でもね、息子さんが大きくなったら、ほら、あざとか疑問に思うでしょ?なんて言ったと思う?
「その傷は、お母さんがおまえを叩いた時に出来たものだ」って嘘ついたの、酷いでしょう?
それからというもの、息子さんはお母さんを毛嫌いするようになるし、旦那さんの家庭内暴力は未だ続いてるみたいだし・・・。
え、奥さんの名前?たしか琴子さんとか言ったかしら。
それにしても、どうしてあなたみたいな若い子がこんな話聞きたがるのかしら、おかしいわ。
おかしいのは、おまえの頭ん中だろうが、クソババア
そう言うのを抑えるのに必死だった。
だってそうじゃん。なんでそこまで知ってて解決しようとしないの?
まるで自分の手柄をひけらかすみたいにべらべらべらべら喋っちゃってさ
なんで彼女―――琴子さんを助けようって思考に達しないの?
所詮は他人事なの?ここまで知っておいて―――。
それでも、やっぱり次に思うことは琴子さんの心配だった。
そんな酷い扱いを受けていたなんて・・・。
それでも彼女は、いつもスーパーでは笑顔で僕に接していた。
彼女をじっと見続けている変な僕にも笑顔でほほえんでくれた(と僕は思っている)。
あの笑顔を、ずっと僕に、微笑みかけて欲しい―――。
* *
それからしばらくして、琴子さんはパートをやめた。
彼女の笑顔は見られなくなったのだ。
それでも―――僕は毎日あの家に行ってリビングの様子を見てた。
見ている景色は、いつも残酷なものだった。
殴られても、蹴られても、彼女はいつもたちあがって、夫と息子のために家事を続けていた。
そんな光景を見る度、彼女に会いたい、話掛けたいって衝動が、どんどんどんどんふくれあがった。
そして3ヶ月前、僕はついにそれを実行してしまったのだ。
そのころからずっと・・・あなたに片想いしていたんです。
一体どこの漫画の主人公の台詞だろう。
それでも、彼女は、涙を流して「嬉しい」と言ってくれた。
―――もしその言葉に、嘘がないのなら、私を助けて。
どうすれば、いいんですか?
私と付き合って、好きっていつも言って、私にほほえんで、映画館とか、楽しいところいっぱい行きましょう。
バレンタインは私がチョコをあげるから、あなたはホワイトデーにお返しをして。
ずっと、そういうことを望んでいたの。恋人らしいこと。
だから、私と付き合って。
そういえば、結局のところ、告白してきたのは琴子さんの方からなんだね。
いつも彼女は“瞬くんからの告白”って言ってたけど。
だから、僕は彼女と付き合って、好きって数え切れないほど言って、たくさん笑って、いろんなところにも行った。
バレンタインにチョコをくれたから、ホワイトデーにお返しもした。
そんな恋人たちを、邪魔する存在がいる―――。
琴子さんの夫と、息子に殺意を抱いてからは、また毎日の家宅訪問を再開した(もちろん、家の外限定で)。
あの夫と息子への殺意を増幅させるためだ。
今、家に入ってこの家庭内暴力をとめられたらどんなにいいか・・・!
でも、それは琴子さんは決して望まない。
きっと、あの二人を殺すという手段も、琴子さんは望まないだろう。
でも、これで二人きりになれる―――。
もちろん、警察に捕まるなんておろかな真似はしない。
誰にも知られず、あの二人を殺害する方法はないのか―――。
最近は、ずっとそればかり考えてる。
夫はすでに、彼女が他の男性に興味を惹かれていることに気付き始めている。
時間がない。あいつらが僕の存在に気付く前に―――。
待っててね、琴子さん。
もうすぐ、幸せになれるよ。
・・・あれ?まだ続いてしまった^q^(←
ごめんなさい、次で終わらせます。
長引くと続かないタイプなんで(ぇ