表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/40

仔羊のためらい


*  *  *


2月10日 雪本ゆきもと 琴子ことこ


―――しゅんくんと付き合って3ヶ月が経ちました。


あの日、瞬くんが私に告白してくれたあの日から、私たちの秘密の交際は続いています。


瞬くんは、夫にはない優しさを持ち、息子にはないあたたかさをくれます。


いけないことだとは承知です。



それでも、私には、彼が必要なのです。



*     *


2月10日 月村つきむら しゅん


今日は、琴子さんと付き合い始めてぴったし3ヶ月!


いつも待ち合わせ場所にしてる僕が告白したスーパーのベンチで、3ヶ月記念のプレゼントをあげたんだ!


女性って、そういうサプライズとか記念日が好きだって、母さんから聞いたから。




お小遣いに頼ってる貧乏学生なものだから、高価なものは買えるわけもなく、安物のブレスレットになっちゃったけど


琴子さんはすごい喜んでくれて、僕もうれしかったな!



僕と琴子さんの関係が―――俗に言う不倫だってことは、僕だってわかってる。



だけどね、琴子さんの家の窓の外からいつも見ていた光景を思い出すと、この関係をやめたくなくなる―――いや、やめてはいけない。


「こんなマズい料理食わせるな!」と、大きな声で叫びながら美味しそうなハンバーグを琴子さんに投げつける男。


「うわ汚っ!今日風呂入るなよ気持ち悪いから―――。ねぇ、パパ。ピザが食べたい」と琴子さんに軽蔑の目を送る少年。



―――僕の恋人は、毎日こんな環境で生きているというのか。




僕が、彼女の唯一の癒しになれたら、それでいい―――。



*  *  *


2月27日 雪本 琴子


嫌だ、嫌だ、いやだいやだいやだいやだ―――。


助けて。助けて。助けて瞬くん―――。


私には、あなたしかいないの――――――。



*     *


2月28日 月村 瞬


今日のデートは、すごいさんざんなものになった。


琴子さんのせいじゃない、僕のせいでもない。


―――あの父子のせいだ。



放課後、いつものベンチで待っていると、赤く目を腫らした琴子さんがやってきた。


どうしたのか訊いても、彼女は鼻をすすって首を横に振るだけだ。


とっさに僕は彼女の長袖をまくしあげた。



―――タバコの痕とかならただ怒るだけで終わったかもしれない。





だけど、琴子さんの腕に残っていたのは、刃物の痕だった―――。





僕はすぐに琴子さんを連れてスーパーを出て、近くの喫茶店に入った。



そこで彼女から聞いた話をまとめると。




―――どうやら、僕と琴子さんの関係のことがバレつつあるらしい。



きっかけは、琴子さんの息子の友達が、僕と琴子さんが仲むつまじく歩いているのを目撃し、息子が馬鹿にされたらしい。


―――おまえのお母さん、フリンってやつなんじゃねーの?




元々母親が嫌いな息子は、家に帰った後そうとう琴子さんにあたったそうだ。


さらに父親が帰ってくると、息子は話を膨らまし、琴子さんは旦那さんと既に離婚の準備を進めているらしい、息子は父親に嘯いた。



―――それが、この刃物だそうだ。





――――――家庭内暴力で済まされるような話じゃない。



僕に、今の彼女に対して、何をしてあげられる?




*  *  *


2月28日 雪本 琴子



昨日、あった出来事を、すべて瞬くんに話しました。


本当は、すべてを隠し通し、今日は瞬くんと、いつもと変わらない時間を楽しむつもりでした。


だけど、彼のあの優しい微笑み、そして“琴子さん”という柔らかい発音に、自然と涙が出てしまったのです。



これでは、いつも通り楽しく、なんてわけにはいきませんでした。



賢くて、優しい彼はすぐに事情を察知してくれ、私を落ち着いた場所に連れてってくれて、話を聞いてくれました。



―――話したくなかった。こんな話。


「私たちの関係が、あの人たちに気付かれそうになってるの」



これじゃあまるで、彼を責めてるみたいではないですか。



瞬くんは真剣な表情で話をきいてくれました。


その表情さえも愛おしいと思うのは、年甲斐がすぎているでしょうか。



彼は言います。「離婚すべきだ」と。



だけど、それは出来ないのです。



あの人たちは、家事はおろか、家賃や光熱費の精算、今日の夕食の買い物すら満足に出来ない人達なのです。



私がいなくては、あの人たちは死んでしまいます。私はそう確信してます。



そう言うと、瞬くんは首を振りながら「あんな奴らのことなんて放っておけばいいのに・・・!」と言ってくれます。





―――それは出来ないのよ、瞬くん。



少しの間ではあったけれど、私はあの人たちを少なからず愛した期間があったのです。


私は、また、昔のように優しい夫や息子が戻ってくるのではないかと期待しているのです。




―――私は欲張りでしょうか?



瞬くんとは離れたくないけれど、あの人たちとの“再生”を望んでる。


この両立は、永遠に成り立たないのでしょうか。


だとするなら、いずれはどちらかを切り離さないといけないのでしょうか。



まるで、自分のことのように、目の前で悩み、泣きそうになっている瞬くん―――。



彼だけは、切り離すことはできません。



*     *


3月14日 月村 瞬


さてさて、今日はなんの日でしょうか!?



―――そう!ホワイトデー!


先月もらった琴子さんからのバレンタインのチョコのお返しをする日。


琴子さんは、あんな家庭だから、手作りなんてできなかったけど


幸い僕には、料理好きな姉がいるから、手作りのキャンディーを作るのはそう難しいことじゃなかった。



さっそく今日の放課後、いつもみたいにベンチで待ち合わせして、そのキャンディーを渡したんだ。



ブレスレットの時と違って、今度は彼女は泣いてくれた。



すごく、すごく、すごく嬉しいと、泣いてくれた。


僕はまだ、彼女の癒しになっているようだ。


そのことがすごく嬉しくて、僕も彼女にほほえんだ。




―――琴子さんが、あの父子を切り離せられないのは、前から聞いていた。



少しの間でも愛していたからなんて、ばかじゃないの?って思うんだけど


それでも彼女は真剣に悩んでる。



―――だったら、僕にしてあげられることはなにか?



―――無理矢理にでも、琴子さんから父子を引き離すしかない。




そのためには、どうしたらいいか?




簡単なことじゃないか。



どうしていままで気付かなかったんだ、瞬。





―――僕が、琴子さんの夫と息子を殺せばいいんじゃないか。



これで、僕と琴子さんは幸せになれる。



幸せ――――――。



今、幸せなのは僕だけだ、彼女は幸せじゃない。




僕が―――。



彼氏が、彼女を助けてあげることは当然のことじゃないか。

第29話の『仔羊の火遊び』の続編です。



今回で終わらせるはずだったのに、なんだか続きそうなにおいです・・・。苦笑

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ