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可愛い人

最近、先生の様子がおかしいんです。




私が先生の変化に気付いたのは、10回目のピアノコンクール優勝の翌日でした。


いつもならコンクールの翌日は、柚子ちゃん今までよくがんばってくれたからと、1日だけスクールをお休みさせてくれるのですが。

なぜか10回目からその制度は廃止されていました。




もちろん、先生の変化はそれだけではありません。




先生の腕の問題なのかもしれませんが―――。

とにかく、今までのように私に親身になってくれなくなってしまったのです。

それも、10回目のコンクールの翌日からでした。



おそらく、ピアノに全く触れたことがないという初心者の方にとっては、この変化は気付かないのでしょう。


しかし、私は風梨先生から約10年もこの白黒鍵盤を教わっているのです。

教えることに手を抜いていることは、すぐにわかりました。



最初は、きっと先生も疲れているのだろうと思っていました。

しかし、それは私が11回目、12回目、13回目―――と、コンクールで金賞を受賞するたびエスカレートするばかりでした。

ある日私が課題曲についての質問を先生にしてみると(それこそ、“梨”のように甘酸っぱい笑みを浮かべながら)、「柚子ちゃん、この曲はあなたの曲なの。あなたの好きに弾いて良いのよ?楽譜はもう一人で読めるもの、大丈夫よ。私は柚子ちゃんを信じてるわ」などともっともらしいことを言って聞いてくれないということもありました。




そんな日が続く中、私はようやく気付くんです。







――――――風梨先生は、私の才能が怖いのだ、ということを。



先生は、私とお茶をしているとき、いつも念仏みたいに繰り返しこう言うのです。


――――――柚子ちゃん、私はね。現役時代あなたと同じコンクールの金賞を16回も獲ったことがあるのよ。しかも驚かないで、なんと連続で!


もちろん、私は良い子だから、口の端を綺麗に上げて「それはすごいですわ、先生!」なんて言うんです。馬鹿みたい。



先生も今年で45歳。現役復帰など夢のまた夢でしょう。


そこで、過去の栄光を引きずって私をステージに上げることで自分も輝きたかったのでしょう。

それを示すかのように、先生はこう言いました。

――――――あなたは、私の忘れ物を拾ってくれた命の恩人。大切に育てるわ。



しかし、私という才能の人間を育てていくうちに思ったのでしょう。

柚子は風梨を越える―――と。


実際、昨日のコンクール金賞で、17回連続金賞という記録を私はつくり、彼女を越えました。



そして今日―――。

例によってコンクール翌日だというのに今日も練習です。

しかもウォーミングアップもやらずに次の課題曲を始めると先生はおっしゃってます。

私が挫折することを狙っているのでしょうか、なんと愚かな―――。

課題曲は、いつもより遥かに難しい曲です。



でもそんな事、心配することなどありませんでした。

だって、私の才能を持ってすれば、どんな曲も半日使えば弾きこなせます。実際、すぐにマスター出来ました。

「お疲れ様、柚子ちゃん。お茶いれて休憩しましょうか」


あと少しで完成ということで、いつもより皺の深い先生の顔が近づいてきました。思わず座っている椅子からあとずさりしそうになりながら了承の返事をしました。



先生は、安物のティーバッグ紅茶をさも高級そうに扱いながら紅茶を淹れてくださいました。

もちろん、味はとても美味しかったです―――大手企業が作ってますもの、当たり前です。


私が紅茶を飲んだあと、先生はいつものように1日1回の調律を始めました。


先生がピアノルームに入ると、私はまだ暖かいティーポットに触れました。



――――――このままでは、私は殺されてしまうのではないか。


そんな予感がするようになったのは、ここ数日です。

コンクール金賞17回目。これか節目だと思いました。

さっきの紅茶も、先生が毒でもいれないか入念に先生の行動をチェックしていたので、難なく飲めました。

が、そう毎回先生がティーポットにお湯を見ている様子を観察するわけにもいきません。



殺されてしまうのなら、いっそこちらから―――。


だってそうでしょう?

先生はもう教えるという行為を忘れてしまったかのごとく私に何も残してくれません。

それに私はまだ才能があって、若さもあり、可愛さもある。

こんな才色兼備なピアニストを世界は亡くすことを惜しむでしょう。

そう、風梨先生から無くなってしまったのは、可愛さです。


たしかに、45歳とは思えない美貌を先生はお持ちです―――ですがさすがに若さ、そして可愛さはもう風前の灯火です。

その点私は、美しさは彼女に劣れとも、若さと可愛さだけは完璧です。


―――完璧で美しいピアニストは、きっと二人もいらないのです。





私は先生のマグカップに、手に入れたばかりの即効性の毒薬を塗りたくりました。

先生が調律の後かならず紅茶を飲まれることを私は知っています。




私は、事件後の私のメディアの取り上げられ方を想像して、自然と笑みがこぼれてきました。

私に先生を殺す動機など見つかるわけありません。

きっと私を“悲劇のヒロイン”扱いしてくださるのでしょう―――。

そして私はただのヒロインではありません。



ピアノが上手なヒロインなのです。




ふと気付くと、調律をしているはずの先生が、ピアノを弾いているのが聞こえました。

先生がピアノを弾いているのを聞くのは実に約10年ぶりです。


彼女の最後の演奏を、私ただ一人が聴けることに優越感を感じながら、私はピアノルームへの扉を開けました―――。




*  *  *



○月×日 「日報ニュース トップニュース一覧」 

【ピアニスト同時他殺事件】

 今朝、他殺体で発見された元ピアニストの坂城さかき 風梨かざり(45)さんとピアニスト天木あまき 柚子ゆずこ(17)さんの事件で、警察は怨恨による同時他殺事件として、捜査をすすめています。

 坂城さんと天木さんは、事件当日、二人きりでピアノの練習をしていたということで、警察は、犯人の侵入・逃走経路を含め詳しく調べていく方針を発表しました。

 二人をよく知る近隣の住民は「とても仲の良い先生と生徒だった。どうしてこうなったのかわからない。犯人がいるのならどうしてこんな残酷な事をしたのか教えて欲しい」と涙を堪えながら報道陣の取材に答えてくれました。

 坂城さんと天木さんのマグカップには、致死量の別々の毒薬が混入された痕跡があり、警察は何らかの方法で犯人が二人のカップに毒物を混入したとしています。

 天木さんはまだ高校2年生で、事件先日ピアノコンクールで金賞を受賞したばかりでした。

お気づきの方もいると思いますが

第18話の「美しい人」の別視点&続編です。


ずっと風梨先生の続編を書きたかったので、とりあえず肩の荷が下りた感じです。笑

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