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サボテン

きっかけなんて、ほんの些細なものだった。



*  *  *




作詞の仕事が終わって、久しぶりにつけるテレビ。


基本的に、作詞を依頼された期間は、テレビやラジオ、新聞などのメディアは一切見ない。


ただ、その曲だけに集中している。



なんてことない夕方のニュース番組。


少しませた女子アナウンサーが、今日の特集コーナーのタイトルを告げる


「今日の特集【ザ・ものしり!】テーマはこちらです!」


と、アナウンサーがカメラの前に差し出したのは、緑色の球体にとげとげがついている印象的な植物。


「そう、サボテンです!」


そこから画面がVTRに切り替わり、サボテンについて専門家が語ったり、サボテンを育てている家庭について紹介している映像になった。



「へー、サボテンってやっぱ水いるんやな。水無くても育つんやと思たわ」


一度興味を持つと、止まらない。

自分の性格は熟知しているつもりだ。




さっそく翌日、ホームセンターで小さなサボテンを買ってみた。


「い・・・いざうてみたけど・・・どうやって扱えばええんやろ・・・」


やっぱり目につくのは頭についているとげとげで、まだビニール袋から取り出せてすらいない。


「刺さったらどないしよう・・・毒とかないやろな・・・」


そんな、今思うと馬鹿げた独り言を呟きながら、なんとかトゲを回避しつつビニールからサボテンを取り出す。

ビニール袋から取り出し、全貌をあらわにしたこの植物。







よく見てみると、かわいい。







「・・・せや。名前付けな」

急に愛着がわいたので、“彼”に名前を付けてみる。


「サボテンやから―――『サボ丸』なんてのはどうや?」




よく、「サボテンは人と心が通じる」なんて言うが、どうせ出鱈目だろう。




――――――そう思ってはいたものの、「サボ丸」と名前を呼んでみたら、どうも彼が嬉しそうにトゲを動かしているみたいで

やっぱり、育ててみないとわからんこともあるんやなと思うことにした。




翌日、メンバーと雑誌のインタビューを受けることになっていたので、サボ丸も連れて行くことにした。


「わぁ、サボテン買ったんですか!」

先にリアクションを示したのは、ボーカルの年下の女の子だった。


「へぇ、かなりミニサイズですね。サボテンってもっとずしぃーっと重たいもんかと思ってましたよ」

そう言うのは、これまた年下のギターの男の子。


「サボテンって育てるの大変みたいですけど、この人にかかればあっというまに大きくしてくれそうですよね」

そう笑いをさそうのはグループのリーダー。




一昨日やっていた作詞の仕事は、このグループの楽曲の作詞だった。


今日のインタビューは、来月発売するシングルについてのインタビューだった。



適当にインタビューを受けていると、インタビュアーがサボテンに目をとめた


「かわいらしいサボテンですね。これは誰が育てていらっしゃるんですか?」


「かわいいでしょう?サボ丸言うんです」

即答すると、メンバーがくすくす笑う声が聞こえる。



「なんや?かわいいやろ?」

「いや、そうなんですけど・・・なんかお母さんが自分の息子褒められて喜んでるみたいでおかしくって」

「サボ丸はうちの子や。あんたらには手ぇ出させへんで」

「誰も出しませんよー、だってトゲ刺さるじゃないですかぁ」


ギターの子のこの発言で、インタビュアーが多いに吹いた。

きっとICレコーダーにも盛大に録音されたことだろう。

ご愁傷様―――とサボ丸と一緒に小さく手をあわせておいた。


*  *  *



この頃は、サボ丸について夢中で、とうとうサボ丸を思った曲まで出来てしまった。

タイトルは『声』。

主人公からの相手への“声”はいくら叫んでも届くのに

どうして相手からの返事の“声”は来ないのだろう―――といった歌詞の内容だが



これは自分とサボ丸のことだ。


こちらから何度サボ丸に求愛をしても

彼が声をかけてくれることはない。

たとえ嬉しそうに揺れているとしても、錯覚ととってしまえばそれまでだ。


「あんたに口ついとったらええのになぁ」

なんて独り言は、サボ丸にしか聞かせられない。


今度『声』についての雑誌のインタビューがあるが―――

サボ丸を元に作詞をしたと答えたら、またメンバーに笑われるのだろうか・・・

それでも、なんだか幸せな気分になれそうなのは、サボ丸が一緒にいるからだろう。




*  *  *


きっかけなんて、ほんの些細なものだった。


―――――――――――――――


きっかけなんて、ほんの些細なものだった。




『声』の宣伝も終わり、今は少しのお休みを貰っている。


窓から来る風に酔いしれながら、椅子にすわってうたたねをしていたお昼時。


つけっぱなしのテレビから流れてきたのは、ある一本のニュースだった。


「I国特別博物館から盗難され、先日発見された名画『神をたたえる少女』が、本日より公開されることになりました」


「な・・・なんやて!?」


以前I国に旅行に行ったとき、I国特別博物館にあった、あるスペース。


そこには数年前盗まれた『神をたたえる少女』が飾られていたそうだ。

I国特別博物館はパンフレットを作っておらず、館内の撮影も禁止なので、絵が見たかったら直接足を運ぶしかない。

つまり『神をたたえる少女』を見るにはその博物館に行くしか術はなかった。

その名画が、ようやく発見され、またあの博物館に戻ることになる。

本来なら、それが贋作かどうかの調査があるのだが、ようやく現れた名画に国民もまだかまだかと博物館に押しかけるようになり、とうとう名画の期間限定の公開を政府が決めたそうだ。




――――――この機会を逃したら、鑑定がはじまり、次はいつ公開になるかわからない。


ちょうど今は、新曲の営業も終わり、何も自分を縛るものはない。


―――I国に行くための弊害は何一つなかったのだ。



すぐにタンスから必要な衣類を引っ張り出し、化粧品やらパスポートやらを旅行用カバンにつめこんで、飛行機のチケットをゲットし、マネージャーにメールで


-旅に出ます。探さんといて!-


といつものように打ち、外に出るまでに1時間はかからなかった。





*  *  *


外に出るまでには1時間とかからなかったのに、帰国し家に帰るまでには1週間かかった。


I国特別博物館での絵画鑑賞を楽しみ、一泊し帰ろうとした矢先、空港でストライキが起こったのだ。


夜になってそれは治まることを知らず、結局1週間の長旅となってしまった。


「ま、絵も見られたし、良い生地の服も買えたし、ええっちゅーことにしとくか」



そう呟きながら、ドアを開ける。






―――――――――信じられないことに。

ドアを開けるその寸でのところまで、忘れていた。






「嘘、やろ・・・?」



日に日に大きくなっていたサボ丸は、見るも無惨にぺっしゃんこに枯れてしまっていた。

いつもゆらゆらと揺らしていたトゲはすべて下を向き、丸い球体ももはや底辺にまで落ちている。



「な・・・なんで・・・・・・・・・」


なんで、誰かに世話を頼むことをしなかったのだろう?

なんで、ベランダから出してあげなかったのだろう?

なんで、今まで大切に育てていた彼の存在を忘れていたのだろう?



あんなに、あんなに一生懸命育てた彼の事を一時のニュースによって忘れてしまった自分が情けなくて、情けなくて、一週間前の自分にひどく殺意がわいた。




つぶれたサボ丸をよくよく見てみると、ピンク色の花紙のようなものがくっついてる。




枯れる直前、花が咲いたのだろう。



最期に―――



最期に飼い主に、自らの有終の美を見せたくて、最後の力をふりしぼって咲かせたのかもしれない。



そう思うのと、涙がぼろぼろ零れ出すのは同時だった。



「ごめん・・・ごめんなぁ、サボ丸・・・」


そっと、頭を撫でてみる。

もう、いつもみたいに“返事”は聞こえない


本当に、彼の“声”は失われてしまった。



気休めだと―――自己満足だとわかってはいても、水をあげられずにはいられなかった。


水を一定の量あげた後、その日は、そのままサボ丸に寄り添う形に、床で眠ってしまった。






翌日、目を開くと、眼球いっぱいに、ピンク色が広がっていた。

ピントを合わせると、ピンク色を作っていたのは他でもない――――――サボ丸だ。


「えっ・・・!?」


目をごしごしとこすり、もう一度サボ丸を見てみる。


1週間前のまん丸とはいかないものの、少し丸みを帯びた植物が、一生懸命にピンク色の花を咲き誇らせているのが見えた。





“まるで、飼い主に有終の美を―――”






「許してくれるん・・・?うちのこと・・・。見捨ててしもたんやで・・・?」





彼はいつものように、ゆらゆらと、その楕円の頭を揺らした気がした。







だから、いつものようにその頭を撫でてやることにした。

まあ・・・わかる人にはわかると思うんですが・・・主人公のモチーフは某深紅の烏の美人作詞家さんです。笑


きっかけはガネ友さんとの「あの人ってサボテン飼ってそうだよねー」って会話からです。


じ、実際の作詞家さんはサボテン枯らすようなことはしないと思います!あくまで、あくまでフィクションですから!!(←

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