幸あれと。
彼女に、幸福が、訪れますように―――。
なんて、ちょっと良い子すぎたかしら?
* * *
長くなったやぼったい髪を後ろにかき集め、櫛を無造作に下へ下げる。
カー、カー、と、髪と櫛が織りなす音が狭い室内に響く。
安物のトリートメントを使っているので、時折髪と櫛は喧嘩を始める。
プチプチと、櫛に引っかかる音も交ざる。
ある程度“プチプチ”が無くなったら、その髪を一つにまとめ上げる
百均で買った花柄だけが特徴のシュシュを一つにした髪に絡ませ留める。
と、そこでふと、思いとどまる。
―――殺害現場に髪の毛が落ちたら困る。
シュシュを髪から取り上げて、一つにした髪を上へとあげ、これも百均であるピンで留める、留める、留める。
6つのピンを使い髪を二つ折りにした。
棚から取り出したシュシュは、せっかくだから腕に巻くことにした。
ちょっとしたお洒落だ。
* * *
―――彼女がいる男を寝取った?
やだ、もうちょっと言葉を選んでよ。恥ずかしいわ。
もちろん、わたしにも責任はあると思うの。
ほら、わたしってみるからに美人でしょう?
違うの、自慢とかそういうのじゃないの。
ただね、あの人―――彼の彼女さんが、あまりに地味過ぎたの。
勝ち目がなかったのよ、可哀想に。
* * *
遠くから見ればポニーテールに見えるわたしの髪型は
近くで見るとただ無造作に二つ折りにしただけ。
チャイムを鳴らすと、出てきたのは、わたしが逢いたかった女。
憎く、憎く、憎い女。
嫌な顔をしながらも、部屋に通してくれるのは、女の優しさか。
それさえも憎いのは、わたしの私情。
玄関の扉を閉めたのはわたし。
位置的にも、それが当然。
だから、ガチャリという音をたて、わたしは鍵をかけ、チェーンもかけた。
部屋に入るやいなや、わたしは女を持ってきた包丁で刺した。
女の背中はみるみるうちに朱く染まり、女はこちらを振り返る。
――――――そう。
わたしは“その顔”が見たかったの。
* * *
―――寝取られた元彼女が可哀想ですって?
そんなことないわ。
いえ、絶対可哀想じゃないわ。絶対よ。
だって、あの女は―――。
* * *
崩れていく女。
必死の形相で最期の足掻きを始める。
足掻きはわたしのつま先をつかむだけで終わった。
――――――人を殺した。
急によぎるその真実。
だけどもう遅いの。
* * *
わたしは、彼の、元彼女を、殺しました。
* * *
あの女は、絶対可哀想なんかじゃないわ。
だって、あの女は、まだ彼に愛されているんですもの。
だから、わたしはもうすぐ捨てられるわ。
元彼女に一言?そうね・・・
来世では――――――。
彼女に、幸福が、訪れますように。
なんて、ちょっと良い子すぎたかしら?




