仔羊の火遊び
「お隣、よろしいですか?」
近所のスーパーで買い物を済ませ、1階のサービスカウンター横のベンチに休憩がてら腰掛けていると、高校生くらいの顔の整った男の子が私に話しかけてきた。
「え。ええ、どうぞ」
別にわたしは3人はゆうに座れるベンチを占領していたわけではない(むしろ細々と狭く座っていた)のでその少年の問いかけに戸惑いながらも、すこし端に寄るフリをして少年の問に答えた。
「ありがとうございます」
男の子は私にほほえみかけると、ちょこんとベンチの真ん中に座る。
少しその彼と密着するかたちになって、どきどきする。
「お子さんはいらっしゃるんですか?」
不意に男の子がしゃべったので、一瞬私に向けて話しかけてるのがわからずにいた。
「え?・・・はい。もうすぐ10歳になる男の子。」
ふと、息子があと6,7年するとこんな落ち着いた高校生になるのだろうかと想像したが
その想像は私の頭の中ですぐに打ち消した。
ありえない。あんな奴が――。
「かわいいですか?」
優しい微笑みを浮かべたまま男の子が問いかける。
少しの間、その問いに答えられなかった自分がいる。
「・・・・・・」
少し黙っていると、男の子は一つ溜息をもらすと、今にも泣き出しそうな悲しい顔を浮かべて
「知ってます。息子さん・・・と、あなたの旦那さん。あなたに酷くつらく接している・・・と。」
「っ・・・!?」
ぎょっとして、大声を上げだしてしまいそうになった。
それをなんとか抑えながら私はその発言の真意を問うた。
「えっ・・・どうして・・・あなた・・・私・・・えっ?」
だが、どうやら言葉にならなかったようだ。男の子は苦笑している。
結婚してもう12年になるだろうか。
10年前までは、私の夫は本当に親切で落ち着いた、それこそ私の横にいる男の子の様だった。
だが、10年前。つまりは私達に第一子が生まれると、だんだんあの人は変わっていった。
毎晩のように続く夜泣きに、毎日イライラするようになり、日曜でも家にいることが少なくなってしまった。
また、夜遅くに帰ってきたかと思うと「あいつを俺に近づけさせるな」と吐き捨て、息子を片手でつかみ2階の物置部屋に押し込め、テーブルをドアに押しつけ開かなくさせた。
―――――そんなことをすればもっと騒ぐことを知らずに。
案の定、息子はぎゃあぎゃあ言いながらドアをどんどんどんどんどんどん叩く。
そしてこれも案の定、それに余計にいらついた夫は、今度は私に“制裁”を加えた。
私が息子を助けるため、バリケードのテーブルをどかそうとしたのも癪に障ったらしい。
度重なる暴力の痕は、今も私の腕や足に残っている。
そして、そんな生活が続いてはや10年。
小学5年生になり、ある程度社会の常識が身についた息子に、夫はこう囁いたそうだ。
「おまえのお母さんは、おまえが赤ちゃんのころおまえを部屋に閉じ込めてさらに、おまえに暴力をふるっていた。おまえの腕の傷はそのとき出来たものだ。」
―――――自分が赤ちゃんのころの記憶なんてあるはずがない。
元々お父さん子だった息子は私の弁明も聞かずその囁きを信じ、私を敬遠している。
キモイ。近寄るな。クソババア。暴力女。パパがかわいそう。一緒に住んでるのかと思うとヘドがでる。俺ホントにおまえの息子?
―――――息子の力一杯の罵声を思い出し、私はつい・・・男の子の前で号泣していた。
男の子はなにも言わずに私にハンカチを差し出してくれる。
あふれ出す涙に余裕がなかった私は男の子からハンカチを受け取って目頭を押さえる。
とても、良い匂いのするハンカチだった。
まるで、初恋の匂い。なんて言ったら男の子に失礼だろうか。
ある程度自分の嗚咽が収まると、私は再度その男の子に問いかけた。
「どうしてそのこと・・・知ってるの?」
すると男の子は、私の頬に左手を添えながら
「ずっと、あなたのことを見てきたんです。」
と呟いた。
「えっ?」
「・・・5ヶ月前まで、ここのスーパーでレジのバイトしていましたよね?そのころからずっと・・・あなたに片想いしていたんです。」
どきどき、と。
私の胸の鼓動は高鳴った。
この、胸の高鳴りはきっと、嘘じゃない。
ああ、神様。お願いです。
この、哀れな子仔羊の鼓動を、どうか、お許しください。
なんだか『私は一般人。』と同じような展開になったような気がするけどまあ気にしない。
もしかしたら続編書くかもです。
というかそろそろテキトー集の中でも続編を書いてみようかと。