表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/40

私は一般人。

最近、母が人気アイドルグループにはまりだした。



別に私はそのことに関して、応援も干渉もしない。

ただ、夕方―――。夕飯の準備も忘れて先日発売されたDVDを見ながら歌って踊るのはやめてほしい。


「ねぇ、ごはんは?」


少しずつ老いてゆく母の唯一の楽しみを邪魔するのには少し後ろ髪が引かれたが、私のおなかは限界を達していた。


母は、リモコンの一時停止ボタンを押し、私をまじまじと見つめると「ああ」と何かを思い出したかのように笑い今度は電源ボタンを押した。


「ごめんなさい。おかあさんすっかり忘れちゃってた。今、何時?」

「もうすぐ七時よぉ。」

趣味を中断させた罪悪感もあってか、私はすこし甘めの声をだした。


「あらあら、ご飯はもう炊けてるのよ。でもついつい『Wing』のDVD見たくなっちゃうのよぉ。」

母は私が本気で怒ってると思ってるのか、語尾の口調は少し甘かった。

こういうところは血筋が出る。


『Wing』とは、先ほどまで母が見ていたテレビ画面に映っている四人組のアイドルグループの名前だ。

CDを出せば必ず1位をたたき出し、(たとえ全員がそろってなかったとしても)TV番組に出れば視聴率はうなぎ登り。

まさに今をときめく“アイドル”たちだった。


しかも四人とも全員イケメンとくる。



母がはまったきっかけは、彼女がいつも見ているニュース番組に、『Wing』の中でも一番人気である香月かつきくんがゲスト出演したことだった。


最初は「あら、この子かわいい顔してるのね。」程度だったのが、今では「一人で行くのは恥ずかしいから、一緒に『Wing』のコンサート行きましょうよぉ。」と“一生のお願い”までしてくる。

こういうときは必ず「あさちゃんの宿題はお兄ちゃんにやらせておくから」と首を傾げてほほえまれるので、私もまんざらでもない様子で『Wing』のファンになりきる。

その度に兄の浩一こういちからは「俺も麻実まみみたいに女だったら宿題やらずにすんだのに」と文句を言われる。


夕食の準備が整い、一家全員が席に座る場所でも母は私の方に顔を向け『Wing』の話をし続ける。



「最近の俳優にはね、香月くんみたいな清楚な子がいないのよ。なんか、外見だけって感じ。それにくらべて香月くんといったらもう!顔もいいし中身はしっかりしてるし、さっきのDVDでも見たけど、ファンの前で笑顔も忘れないし。あぁ、なんで麻ちゃんは『Wing』のファンにならないのよ。」


いつもは周囲に清楚におとなしく笑顔を振りまくような母が、こんなに饒舌になるのはこの夕食時くらいだ。



「私は、そんな風にきゃあきゃあ言うタイプじゃないの。おかしいよね、お母さんの子供なのに」


『あなたの子供なのに』―――――。そう言うと必ず母は「もう、この子ったら。」と、少し頬を紅潮させながら引き下がってくれる。


元々、私が『Wing』のファンにならないのは彼氏に『Wing』のファンになることを禁止されているからだ。


「麻実は、『ファンの中の一人』じゃなくて俺だけのものになってほしい。」という、少し照れくさい理由で。



―――――――私の彼氏は、今母が平然とした顔で話題に出している香月くんなのだ。



きっかけは、私が好きなアーティストのライブに行った時だ(もちろん、そこに母は同行していない)。

開始前、ふと隣の席を見ると、あの母のお気に入りの香月くんが座っているのだ。

しかもサングラスやマスクなどの“変装”もせず。


なので私は、嫌味というよりは忠告の意味を含め、前を向いたままの状態で

「人気アイドルが変装もせずにこんなところにいていいの?」と囁いた。


香月くんは驚いた顔で私を一瞥し、すこし微笑みながら「握手とかサインとか求めないんだ」と言った。


「私、あなたのファンじゃないから」

ここまできっぱり物事を言うのはめずらしいな、と自分で思う。


そっか。と彼は苦笑すると「でも、このアーティストはファンなんでしょ。どんな曲が好きなの?」と今度こそ私の方に向き直って聞いてきた。



お互い、好きなアーティストが同じということもあり、付き合い始めるのに時間はかからなかった。



彼から禁止されていることはもう一つある。

それは『付き合ってることを家族や友人に言わないこと』


その禁止事項は納得でき、私もさらさら言うつもりはないが、もし。と心の中の好奇心が囁く。


―――――もし、母にこの事を言ったら、どんな反応をするんだろうか。



―――――あら、あらあら、そうだったの?お母さん全然知らなかったわ。どうしてもっと早くに言ってくれないの。まあ大変。おばあちゃんに電話しなきゃ。ああ、それからお義母かあさんにも。まあどうしましょ、うちのが香月くんとだなんて。ねぇ、結婚はいつするのかしら。やっぱり高校を卒業してから?いえ、それじゃ早すぎるわね。もうすぐ受験も控えてるんだから。やっぱり大学に入ってしばらくの方がいいわよね。ねえ、香月くん、ご挨拶はいつしてくれるのかしら?




降り続く母のマシンガントークを想像すると、笑いは想像を越えて口からあふれ出す。

きっと彼もこういう結果を望まないだろう。





そういうわけで、私は今日も“一般人”のフリをする。

『―――――。』(ダッシュ)の使い方を勉強したくて書いたものなんですが、思いのほか長くなってしまった。笑


一般人のようで、一般人ではない。そんな高校3年生の女性でした。

ちなみに『Wing』のモチーフはとくにありません。テキトーにつくりました(『テキトー集』だけに?)

平均年齢が19歳くらいの男の子たちだと思っていただければ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ