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美しい人

白い鍵盤、時に交じる黒いハーモニー。そしてそれを奏でる白い指


今日新しく入ってきたこのピアノは、調子も良好、とてもすてきで、繊細な旋律を奏でてくれている。



そしてそれを奏でてくれている白い指の持ち主は、私の教え子。

たしか名前は柚子ゆずこちゃんと言ったかしら。



このピアノ教室を開いてかれこれ15年になるけど、こんな天才的な子は見たことない。




私が教室を始めてすぐは『天才ピアニスト・坂城さかき 風梨かざり、謎の引退。余生はピアノの先生か』等とうたわれ、いろいろ話題になったものだが

今ではもう、すっかり私の功績など世間から忘れ去られ、ここに来て初めて私のコトを知る人もくるようになった。



だけど、このは違った。

6歳という若さで、両親を亡くし、親戚をたらい回しにされて、去年ようやくある一家に落ち着いた。

そしてその一家は代々ピアノのコンクールに数多く出ている一家だからか、柚子ちゃんをこの教室に通わせた。

そして柚子ちゃんは、レッスン開始当日、その親戚から私の昔のことを聞かされるまえにこう言った。




「あっ!かざりさんですよね!」




驚いた。まさかこんな小さい子が私のことを知っているなんて。



なぜ私のことを知っているか聞くと、彼女は(“ゆず”にちなんで)おいしそうな笑顔を浮かべ

「だって、私おかあさんに毎日かざりさんのピアノを聞かされてたんですよっ」

それだけで私の名前、ましてや顔を覚えてくれているなんて、よっぽど何回も聞いてくれていたのだろう。

嬉しかった。ずっと無くしていた忘れ物を彼女が届けてくれたみたいに。




私の教えあってか(?)、柚子ちゃんはめきめきと上達し、二年も経つとピアノのコンクールを総なめするほどの実力となった。

昨日のコンクールでも優勝し、私の『大会16連勝』を上回る「17連勝」を迎えた。

そして今日、柚子ちゃんにはその新しいピアノで、次のコンクールの課題曲を弾いている最中だ。



「お疲れ様、柚子ちゃん。お茶いれて休憩しましょうか」

ある程度その課題曲が様になってきたころ、私は柚子ちゃんに話しかけた。

「ええ、お願いします。私、風梨先生のお紅茶が大好きなんです」

誰が入れても同じであろうティーバッグのアールグレイを、彼女はいつも喜んでくれる。


おしとやかで、可憐で、繊細な少女だ。

いや、女性と言うべきか、彼女も今年で17だ。



お茶を入れ終えたあと、私は再度彼女に声をかけた

「私、ピアノの手入れがあるから、柚子ちゃん休憩してていいわよ」

すると彼女は一瞬怪訝そうな顔を見せて

「えぇ!私、先生とお茶したかったのに~」

と、頬を膨らませるのだ。

なんとも愛くるしい顔だ。

「終わったらすぐ行くから、早く行かないと、紅茶冷めちゃうでしょ?」

「は~~い」

気の抜けた返事をし、柚子ちゃんはピアノルームから出て行った。



ピアノの調律は、毎日午後3時きっかりに行っている。

前は業者に頼んでいたのだが、膨大な費用がかかるので、自分で調律の技を身につけることにした。


多すぎではないか、と思う人もいるだろうが。

私は、生徒のために、柚子ちゃんのために、完璧なピアノと完璧な先生を差し出さなければならない。

完璧な先生はここにいる。

ならば、ピアノも完璧にしなければならない。




さっそくドの音を弾いてみる。

さすが新品といったところか、美しい音色だ。

しかし、どこか違う。さっき彼女が弾いていた音色と。


おかしいなと思い、今度はレを出してみる、やはり違う。

ミも出すが、やはり柚子ちゃんが出していた音と変わっている。



とうとう私は、一曲弾くことにした。

曲は、彼女が先ほどまで弾いていた課題曲。


ピアノ椅子にきちんと腰掛ける。

いままでずっと人に教えるため、椅子の横で立っているだけだったので、久しぶりの感触だ。


さっそく、序盤の音を奏でてみる。




美しい・・・嗚呼ああ!なんて美しい音色・旋律・そしてそれを弾く人間!!

そうだ、彼女にはいつも『何かが足りない』と思っていたが、それは“美”だ。

私みたいな美しさを彼女は兼ね備えてないのだ。

たしかに顔はかわいいが、それだけじゃ私には適わない、ああそうに決まっている。


序盤を弾き終え、中盤にさしかかる。

序盤の美しい音色とは違い、すこしテンポアップしてくる。




そうだ!彼女が私より上?そんなはずはない。

彼女は私より美しくないからだ。

ならば何故?何故彼女は私より上回る記録を達成した?!

私の・・・私の自己ベストを難なく越えたあの女は一体なんなのだ?!

まさか、私の知らないところで・・・裏で手をまわしているのだろうか。

いや、そうに違いない。でなければあんな奴が私に勝てるはずがない。



なるべく・・・なるべく自分より上手くならないように、教えてきたはずなのに・・・!

何故・・・なぜ世間は私よりあの女を選ぶ!?ああ、忌々しい!!!

あの女にもっと下手糞に教えてあげりゃよかった。

あいつに・・・ピアノなど教えなければよかった!!


もう、これ以上あいつより下に居るのは御免だ。

ならば・・・永遠に弾けなくなってしまえばいいのだ....!!!!




「先生?」

気がつくと、柚子ちゃんは後ろに立っていた。

課題曲も、終盤を終え、最後のドの音だけとなる。

私は、ドの音を力強く弾くと、椅子から立ち上がり彼女に向き直った。

「もう、いつまでも来ないと思ってたら、一曲弾かれていたんですね、教えてくれればいいのに」

「あはは、ごめんなさいね柚子ちゃん。じゃあ、私もお茶頂こうかな」

「あっ、私が淹れますよ!」

「いいのよ。私が“いれる”。柚子ちゃんもおかわり欲しいでしょ?」

私は柚子ちゃんの行為を断り、すすんで申し出た。

「そうですね、じゃあお願いします」

彼女はかわいらしい顔で会釈すると、部屋を小走りで出て行った。



私は、ピアノの蓋を閉め、楽譜を上に置いた。

なぜか、右手に小さな小瓶を握っていた。中には液体が入っている。

なんだろう?これは。

そうか、きっとピアノがもっと上手くなる薬だ。

それならば、彼女に飲ませてあげる他はない。

私は、小瓶を胸ポケットの放ると、部屋の外にでて、ドアを閉めた。




後ろから、ピアノの冷たい視線を感じた。

好きな“ピアノ”と“紅茶”を入れてつくったものです。


“青は藍より出でて藍より青し”.........

では、自らの身を削り作り上げた“青”に負けた“藍”は、一体どんな気持ちになるんでしょうね・・・?的な話でした、では。

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