ナツカゼ
風邪をひいた。
32というこの年でもまさか風邪という病気にかかるなどとは思いもしなかった。
とはいうものの、思い当たる節はある。
先日、今年で6歳になる息子がプールに入りたいと言ったので、庭で家庭用のプールに水を入れ、
夏だからといって私もつい入って息子と一緒に遊んだのだが
それが異様に気持ちよく、お昼から夕方まで、ずっと水の中に入っていたのだ。
そりゃあ、熱も出るだろうという話だ。いわゆる夏風邪だろうか
夫はもう会社に行ってしまった。今日は昼食は外で済ますといっていた。
息子は今日幼稚園をお休みした。うちの幼稚園はバスがなく、母親が送り迎えをしなければならないからだ。
一方息子は、母親のふしだらな理由で大好きな幼稚園を休むはめになり、かなりご機嫌斜めだ。
げんに、私が寝ているベッドの横に、先ほどからふくれっつらで立ち尽くしている。
「ごめんね・・・幼稚園お休みにしちゃって」
耐えきれず、私も何度もこう謝罪の言葉を述べたのだが
「――――」
息子は一言も口をきいてくれない。
こうなったら仕方ない。
この小さなご機嫌斜めくんを一瞬で満面の笑みが可愛い天使に変える魔法の言葉がある。
「あっ、そうだ。今日の夕ご飯はグラタンにしようかなぁ・・・」
「・・・・・・・・・・・・え」
ついに彼の重たい口が開かれた
「あれ?ゆう君グラタン嫌いだったっけ?じゃあしょうがないなぁ~。他のものにしよう」
「あっ、いやだ・・・ぐらたんが・・・いい」
「じゃあ、そのふくれたほっぺた。元に戻してくれる?」
「うん!」
ようやく風船の如く膨らんでいた息子の頬がしぼんでいった
さて、息子の機嫌がなおったいま、彼に頼み事をしなければならない。
実は今、非常に頭痛が激しいのだ。
もう「頭がガンガンする」の一言ではすまされないような痛さだ。ぐわんぐわんする。
元々頭痛もちということもあってか、かなり激しくなっている。
ちなみに、夫もかなりの頭痛持ちで、医者からは私より、より強めの頭痛薬をもらっている。
そんなわけで、息子に頭痛薬とお水をとってきてほしいのだ。
「ねえ、ゆう君。お願いがあるんだけど」
「ん~?なぁに?」
すっかり天使に戻った息子は、にこにこしながら聞いてくる。
「あのね、まま。いまとても頭が痛いの。だから・・・」
「あっ。うん。わかった!」
と、二つ返事で息子はばたばたと部屋を飛び出した。
さすが私の息子、といったところか。
「あたまがいたい」の一言でどうやら頼み事がわかったらしい。
私は息子に感嘆しながら、ため息をひとつはき、目を閉じた。
ばたばたという足音がこちらへ向かってきた。
どうやらもう頭痛薬を見つけてきたらしい。
気配がベッドの横にきた。
「ありがとう」と私はいい、目を開けた。
そのとき息子は、にこにこしながら、私の頭に金槌を振り下ろそうとしていた。
「いやああっ!!!!」
一瞬で息子の意図を呼んだ私は、息子から金槌をひったくった。
「っ!?」
息子も心底驚いているようすだ。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・何するの!?」
私は金槌を床に放り投げ、息を荒げながら息子をしかった。
すると息子は涙目でこういった
「だって・・・まま、いってたじゃん・・・『あたまがいたい』って言ったら、とんかちをふりおろせって・・・」
息子は今にも泣きそうだった。
私は深いため息をつき、息子を抱きしめながら耳元で囁いた
「いい?それは、ぱぱが言ったときすることなの。ままにはしちゃだめなのよ?」
「どうして?」
「ぱぱは、私より頭の痛さが酷いからよ?だから、ぱぱが『あたまいたい』って言ったときは、そのとんかちを頭に振り下ろすのよ?もちろん、前からはだめよ?後ろからじゃないと効果が無いの」
「とんかちをふりおろしたら、ぱぱの、あたまいたいのなおるの?」
「ええ、もちろんよ。だからよろしくね、ゆう君」
私はそこまで言い終えると、息子を離し、頭を撫でてやった。
さあ、悠。もうすぐ夫が帰ってくる。
慎重にやるのよ...?
息子に夫を殺させようとする、ちょっとダークなおかあさん。