正義[1]
ありったけの力をおなかにこめ、私は叫んだ
「ねぇ!どうしてよっ。どうして、どうして、どうしてぇ!!」
・・・もう何度『どうして』という四文字を口にしたのだろう・・・
「みぃ」がこの家にやってきたのは、三ヶ月前の事だった。
その日は真冬だというのに土砂降りが続いていた。
私は、麻巳ちゃんと遊ぶ約束をしていたのだが
母に「傘が壊れてしまうから、行ってはいけません」と、キャンセルせざるを得なかった。
幼稚園から帰ってきて早々そんな事を言われてしまったので
すっかり何もやる気をなくしてしまった私は、バッグを床に放り投げ、ベッドに飛び乗った。
毛布からは、おかあさんの暖かい香りがした。
が、今の私にとってその匂いは邪気そのものだった。
一階では母が、麻巳ちゃんの家に連絡をしている。
いつもより数オクターブ高い声が聞こえてくる。
どうせまたいつもの「うちの友加璃がお世話になってます」という決まり文句を発しているのだろう。
どこからともなく・・・さしずめ私の口からため息が出る。
「いいもーん。ゆかり悲しくないもん。おにーちゃんに言いつけてやるもーん」
自らのため息をまるで言い訳するかのように私は独り言を呟いた
『おにーちゃん』とは私の十歳年上の兄・大空のことだ。
いつも私の事を気遣ってくれて、何より一番に考えてくれる自慢の兄だ。
・・・兄の二歳年上の姉・眞美子からは「シスコン」などと称されているが
とにかく、今日もそんな兄にかまってほしかった。
ところが、数時間後家に帰ってきた兄は、なにやら不気味な物体を乗せていた
「おかえりなさい。あら、一体なんなのですか?その薄汚い子猫は・・・」
玄関まで私と一緒にきた母がそういうまで、その物体がねずみ色をした子猫だということに気づかなかった
兄は酷く息を荒げていた
「はぁ・・・はぁ・・・み、道で倒れてて・・・はぁ、かわいそうだったから・・・」
「まさか、そのまま連れて帰ってきたなどとは言いませんよね?」
兄の次の言葉がわかったらしく、母はそう、珍しく声を張り上げた
「はぁ・・・御厨家長男である貴方がなんとはしたない」
母はそう呆れながらため息を吐いた
私には、どうしてそれが『はしたない』のかわからなかった。
瀕死の状態の小動物を助ける・・・どこにはしたないの『は』の字があるというのか
「ねぇ、おかあさん。かわいそうだよ。おふろにいれてあげよーよ」
このままではこの猫は死んでしまう・・・そう思った私は母にそう懇願した
「友加璃。貴方までなんてことを・・・」
母が私をしかりつけようと息を吸ったとき、二階から姉が降りてきた
「なんの騒ぎよぉ・・・あ、猫ちゃん。どうしたの?」
姉は猫の存在に気づくと、兄から猫を奪い取り、よしよしとなで始めた。
「いけません!眞美子。そんな猫棄ててしまいなさい」
母はどうも猫が気持ち悪く見えるらしく、さっきからずっと眉間にしわをよせていた
「なんでよぉ。瀕死の猫を放っておくのが、御厨家のしきたりとでも言うの?」
姉はその猫が気に入ったらしく、母にこう反論した。
さすがの母も『しきたり』という言葉に弱かった
「わかったわよ・・・とりあえず、その泥やゴミやくずやカスを洗ってしまいなさい」
母はまだその猫が気に入らないらしく、そそくさと居間に戻っていった
「よっし!姉貴ナイス!!」
この猫を拾ってきた張本人は、救済者に親指を立てた
「別にあんたのためじゃないわよ。ゆかちゃん、一緒に猫洗いましょう?」
姉は腕にしがみつく兄をふりほどくと、私にそう笑いかけた、私のこたえはもちろんYESだ
こうして、兄が拾ってきた猫『みぃ』(名前は後に姉が考えた)との共同生活が始まった。
もし幼稚園児が、こんな大人みたいな思想が出来たら、的な話。