“生命”の誕生
現在時刻:午後11時25分32秒
たしかな時を告げている腕時計に、私はため息を漏らした。
結局、今日もまた残業をしてしまった。
今日こそは早く帰るぞ、なんて自分に言い聞かせながら定時に退社しようとしたのだが・・・
「ああ、間野くん。ちょっと手伝って欲しい仕事があるんだが。」
などと、薄汚い野郎の声が聞こえたので、私は現在まで会計の整理を手伝っていた。
これでその上司が「ありがとう」なんて良いながらご飯でもおごってくれたらこんなストレスはたまらなかったのだが・・・
「すまない、間野くん・・・娘が熱を出したようで・・・。今日は妻も家に帰らないから、私が面倒をみなきゃいけないんだ。悪いけど残りの仕事頼むね」
と、上司は約2時間前にそそくさと帰ってしまった。
今できあがったこの報告書をすべてシュレッダーにかけて上司の机に置けたらどれだけ清々するか・・・
左腕を高く伸ばしてみた
薬指には彼がくれた指輪が。
その“彼”も今どこにいるかもわからない。
ただ私と別れたかっただけなのかもしれないし、もしかしたら死んでいるのかもしれない。
残業のある日(つまりはここ最近・毎日だが)はそんな彼の事を想ってしまう。
こんな気持ちを晴らしたく、窓際のデスクに置いてあるコーヒーメーカーに手を伸ばす。
先週、部長がゴルフの景品だとかなんとかで手に入れたというこのメーカー。
高級品なのか、味わいがとても深く、この子はかなりの人気を博している。
最近は毎晩、この子は私だけのもの。
安いカップに高級な飲料を入れ、ふと窓の外を見上げてみた。
今の私の心境とは対になる、綺麗な星空と満月だった。
感嘆の息を吐いてコーヒーを飲もうとすると、ふとあることに気づく
その黒いコーヒーに、窓から映し出しされている景色が反射しているのだ
まるで、私が入れたコーヒーに月と星が誕生したみたいに・・・
こんなちっぽけな私だが
“月”と“星”というとても美しい物を小さな聖域に生成出来たかと思うとなんとなくうれしかった。
小さな誕生を祝いながら、私は月と星を飲み干した。
柴田淳さんの「月光浴」・「HIROMI」を参考に。