怪異を撃退するAI防犯グッズ(※仕様書に「天使召喚」の記載はありません)
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それは、死神が大鎌で風を切り、愉悦をもってその喉を鳴らすような、不気味な音だった。
ヒューン、ヒュッヒュ、ブブブ……ブブブブブ……
首都では最近、時折、不気味な音が発生し、それと共に人がいなくなっているという。
何かの話し声のようなものが聞こえ、ブブ…… バサッバサッという音がした後、忽然と、人の姿が消えるらしい。
そして、ヒューン、という音だけが、何かの残響のようにこだまする。
人ならざる何者かが、その爪痕を残し、縄張りを主張するかのように。
そんな事が何回か起き、数多の噂が囁かれる。
「神隠しじゃない?」
「人さらいでしょ」
「都内って、昔は戦場だったって聞いたわ」
「ヒューンって音、空から狙ってる感じする」
「あの世との通路が開いたんじゃないか……」
などなど。
・・・・・
SNS を中心に世を賑わせている、謎の音の発生源についての研究がなされた。
ある工学部教授が、都内に乱立した高層建築のせいで、気流の乱れが生じている事が原因だ、との説を唱え、数百分の一スケールのモデルで再現実験をしてみせた。
風の通り道には様々な隘路があり、共振や増幅の効果をもたらして、結果、誰かが笛を吹いているような現象に至るという。
海側又は内陸側からの風、気温、気象状況にもよるが、継続的で、反復性を伴う音響現象が発生し得る事が、理論的に説明された。
その発表がなされると、謎は解けた、とばかりに噂も下火になったのだった。
・・・・・
しかし、物事には見落としがある。
教授の実験では確かに、音の発生と、その繰り返しが示されてはいる。
だが実はその音は、
ひゅー……
と、一本調子であり、多少の音程の高低や変動が見られたに過ぎなかった。
これは、怪異の現場で報告されたという、
ヒュッヒューン、ヒュッヒュヒュン、ブブブ…
このような音までは再現できてはおらず、さらにいえば、ブブブ… の所は、まあそういう事もあるでしょう、位の雑な説明にとどまっていた。
また、人が消えた事については、それは科学的に言ってあり得ません。そこは警察の仕事ですね、と教授ははっきり言ったのだった。
そして、それ以上の説明は、誰からも出てこない。
そのような経緯で、実際には何も解明されていはないのだが、オチが付いた、と多くの人が認識し、この話はうやむやとなった。
今や、メディアも市民も関心を失い、この件は忘れ去られようとしているのだった。
<<2>>
「聞いてよ、もう! 部長ったら……」
川崎遥は、仕事帰りに友人と飲んでいた。
今日は、以前から準備していた、社内向けのプレゼン当日で、これは昇進のチャンス! と遥は張り切っていた。
しかし、いざプレゼンをやってみたら、具体性に乏しいだの、行程が甘い、関係先のリストは練り直せとか、予算の桁を間違えてるだのと、容赦の無い指摘をさんざん食らって、撃沈したのである。
「ま、最初のうちは、そんなもんじゃないの? んー、部長もああは言ってるけど、親心って気がするよ」
同僚の尚美が言う。
うーんそれはそうなんだけどー、と項垂れる遥である。
それから話題は、営業部の誰々がどうしたとか、コスメの流行色が変わったとか、今季の最新の映画は、などと目まぐるしく変わった。
「じゃあね、今日はありがと。助かったわ」
「ううん、私も相談乗って貰ってるし、お互い様だってば」
「そう言ってくれると嬉しい。また、明日から頑張ろうね!」
尚美とはそこで別れて、1人、家路を歩く遥である。
ふー、今日は大変だったな。でもこの1ヶ月は充実してた。尚美の言う通り、部長たちの教育的配慮、ってやつは、確かに少しだけ感じたなぁ……。
尚美のおかげで、楽しい一日になったし、後でお礼のLINEしなくちゃ。
やや千鳥足になりながら、今日ここまでを反芻する遥である。
その時、ふと、何がが聞こえた。
ヒューン、ヒュンヒュンヒューン、ブブブ……
「えっ、」
これ、何の音?
遥は思わず辺りを見回した。
別段、工事をしている風でもない。
ややあって、遥は思い出した。数ヶ月前まで、SNS界隈を賑わしていた怪異の話を。
その音がだんだん強まり、空気の震えを肌で感じ、至近距離で聞こえるようになる。
ブブブという地鳴りのような音に、鼓膜が圧迫される感じがする。
ねとっとした嫌な視線を感じ、恐る恐る見上げた時には、そいつが目の前にいた。
巨大な尻尾をふって、ヒュン、ヒューン、と空間を切り裂きながら、ブブブ…… と呼吸音を鳴らす怪異。
背中には翼があり、全身には鱗がびっしりと生えている。
顔は人間の顔。ニタァ…… と嗤いながら呟く。
「ククク……、今夜はついている」
ブブ、ブブブ、と鼻を鳴らしながら、そいつは遥に問うた。
「人間の娘よ…… お前の居場所はどこだ? お前はもともと何者で、どこから来た?」
フォン、と尻尾を一振り。
「現し世とは幻。ふふふ、人の世にはそろそろ飽きた頃であろう? どうだ、ワシと一緒に旅立たぬか?」
そう言いながら、口からはダラァーー、と涎を垂れ流し、バサバサと翼を小刻みに震わせている。
全身に悪寒が走る。
遥は目の前のものを凝視するが、現実とは思えない。
「こっちの黒い世界かな〜? あっちの、真っ赤に燃えた地獄かな〜? どちらが良いと思う?
うふふふ、娘よ、お主は焼けば大層よい匂いになりそうだの〜。
焼かれたお主は、新たにワシと生を一にするのじゃ。クックックッ
さあさあ、どちらが良いかの?」
首を伸ばして怪異がその顔を近づけてくる。
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遥は、震えそうになる足に、グッと力を入れて、深呼吸をする。
「ど、どっちでもないわよ!」
遥は、キッ、と怪異を睨みつける。
そして、今日、プレゼンした試作品がバッグに入っている事を思い出した。
それは、防犯グッズである。
ストーカーや暴漢が襲いかかってきた時に、相手の最も不快に思う現象(おっさんの怒鳴り声や、スプラッタ映像など……)を、AI が瞬時に判断し、即座にそれを相手にぶつける、というものだった。
咄嗟にそれを作動して、怪異に向ける。
「ん、何じゃ娘? 貧相なおもちゃを取り出して……」
ケラケラと嗤う怪異。
と、次の瞬間、強風が吹き荒れ、目を開けていられない程の七色の光が辺りを支配し、厳かな声が響く。
「ここは…… 地球の……? このような場所に私を呼び出すとは、いったい何者か?」
そうして、眩いばかりの神威を持って、黄金の光と共に現れたのは、恐らく天使というやつである。
怪異が最も嫌うものを瞬時に演算した AI が、その現出に「召喚」という手段がある事に気付き、
その仮想的現出(音や光による幻影)か、実効的現出(召喚)、どちらがより実現性があるかを判定し、
直ちに召喚を選び、魔法領域の演算にまで踏み込んで、迷う事なく実行してみせたのだ。
「ん? 何か黒くすすけた、汚れた奴がおるな。相当に因果を蝕んでいるらしい。多くの犠牲の影が見える。他の生命への毒だ。霧散せよ」
天使が右手をかざしたその瞬間、
「ギャアアア、ブブブ……ブブブブブ……」
怪異が悶え苦しむ。
「な、こんな事が…… ワシは聞いておらんぞ……」
最後にヒュヒュヒュと尻尾を振り回して、怪異は消えた。
「貴様のその所業がなにゆえのものであったか。煉獄できっちりと聞かせて貰うぞ」
そして、天使らしきものは遥に向き直って言う。
「ふむ、そなたが私を呼び出したのだな。その手に持っているものは……、そうか、人類はそこにまで到達したか」
そういって、にこやかに笑い、遥を見つめる。
「今回は事故のようなものだったが、また近いうちに会えるだろう」
そう言って、天使は神威と共に去った。
遥は呆然とそこに立ち尽くしていた。
「私、助かったの……?」
その日以降、都心ではヒュンヒュンという怪異は、消え去ったという事である。
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その様子は、偶然居合わせた通行人によって撮影され、SNSにアップされた。
夜間の出来事であり、幸いにして、レンズを向けられた先はほぼ怪異のみであった為、遥の身バレは回避された。
天使は、あれほどの光を放ってこの世に顕現していたのだが、その存在の一切が、動画には映っていなかった。
あまりに高次元の存在であるがゆえに、現実世界のスマホの光学レンズでは、その姿をとらえる事は出来なかったのだ。
なお、ヒュンヒュン、ブブブの音の原因は、物理的要因ではなく、怪異によるものだった事が証明された事になり、世は騒然となっている。
「怪異は実在する!」派と「そんなもの存在しない」派との抗争は、激しさを増しているとの事だ。
ちなみに例の工学部教授は、沈黙を貫いている。
そのような事があり、遥の試作品については、それが怪異を追い払う鍵となったとは、しかし、誰も気付く事はなく。
また、社の方針では製品化は見送られていた為、この世にただ1台、遥の手元にあるものだけとなったのだった。
「これ、ただの AI 防犯グッズなはずだけど……。あの日、世界の次元を超えちゃった?
予算の桁どころか、AI の演算性能が予想を何桁も超越してるよ」
そりゃ、製品化は見送られて正解だな、そう呟く遥であったが、彼女の悩みを理解してくれる人はいないのだった。
そして、試作品は、しばしの眠りにつく事になる。次なる演算相手を捕捉するその時まで。
(おわり)




