第2章
診察の待ち時間は不安でたまらなかった。
電話口で予約をする際にリストカットの傷痕を治したいことを告げていた。第三者に告げたのは初めてだった。それはお互い相手の顔が見えない状況での告白。
今度はそれを、対面した医師に言わなければいけないのだと思うと逃げ出したくなった。相手が、ただの傷痕を治す医師だから大丈夫だと自分に言い聞かせたて、踏みとどまることが出来た。精神科医に会って、どうしてこんなことをしたのかとか傷痕について根掘り葉掘り聞かれることは無い。ただ、そこに傷があり、それを治す治療をしてくれるだけだと、ただ呪文のように繰り返した。
診察室に通されてもしばらく待たされた。
壁にあった賞状や免許や許可証の類で、医師が自分の父親くらいの年齢だと推測できた。しかも、男性の医師。それらが、幾分安心に繋がった。
自分より若い医師、同年代の医師、同じ性別。はっきりとは説明できないけれど傷を見せることに抵抗があった。
実際、助手らしき女性スタッフに見せることには自分の中で抵抗が大きかったのだ。
診察では、傷痕を見せて、何年前の傷かを告げた。
最初に告げられたのは、
「傷痕を完全に綺麗に消すことは出来ない。ごまかす程度にしか出来ない。」
そのことは例のインターネットの書き込みで読んで、わかってはいた。でも、自分の傷はそんなに目立たないし、たいした傷じゃない。これくらいなら、治るとどこかで楽観視していた。
だから、ショックだった。その時、頭に浮かんだのは代償の二文字だった。
それから、医師は治療に関して話し出した。
「1ヶ月に1回通って、10回のレーザー治療が必要。レーザー治療1回は一万円かかり、保険適用外。」
そこで、決断を迫られた。誰かに相談できるわけじゃない。私が決めなければいけないのだと……。
自分の人生、あまり決断に迫られるようなことは32年生きてきてほとんどない。誰かに委ねてしまうことで責任から逃れていたのだ。
「治療します。」
きっぱりとした口調ではなく、どこか弱弱しいものだった。それでも、自分の意志はそこにあった。
待合室に戻り、肩の荷が降りた気がした。会計すれば帰れると思っていたが、再び診察室に通され、早速1回目の治療が始まった。
何の心の準備も無いままだったけれど、そんな私が考えていたのは能天気にもきちんと傷痕の写真撮っとけば良かったということだった。いちおう、携帯のカメラで撮影はしておいたけれど。
治療は痛みが伴うものだったけれど、耐えられない痛みでもなく数分で終わった。
病院を出て歩き出すと、だんだん手首が痛くなってきた。それは懐かしい痛みだった。
リストカットした後は、その左手で重い物を持つとぴりぴりとした痛みが走る。傷が存在を主張しているようで、当時はそれが少し快感だったことを思い出した。
リストカットをしたのはもう10年以上前でそんなことはすっかり忘れていた。
懐かしくて、泣きたくなって、赤く腫れ上がった手首を見ていろいろ考えさせられた。
10ヶ月、半年以上通院して、10万円以上かかる治療をして、傷痕の無い手首を取り戻せるわけじゃない。何か意味があるのだろうか。
この治療で私が得られるものは何だろう。
得られるものは傷痕を誤魔化した手首だけでは無い様な気がする。
自分の中で何かが変わるような気がするのだ。




