表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺探索者の手加減極意 〜最強の師匠に育てられた俺はソロでダンジョンを攻略したいだけなのに、偶然トップ配信者を助けたら世界中から注目されてしまった〜  作者: らいお
玖ノ太刀 消された深層

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/109

第105話「朝までの隠し方」

「次の行き先だ」


 箱の留め具が外れる。

 佐伯が開いた金属箱の中には、書類でも記録媒体でもなく、古い観測点運用具が収められていた。


 紙地図が二枚。

 無地の布袋が四つ。

 旧協会規格の通信遮断封筒。

 小型の発信器つぶし用治具。細いワイヤー鋸。土色の手袋。


 ミラが目を丸くする。


「……何ですか、この実務の塊みたいな箱」

「帰還補助の残りだ」


 佐伯は淡々と言った。


「深い場所から戻ってきた連中を、そのまま表の記録へ流さないための道具だ。観測線を切るためじゃない。引っ掛けないための道具だと思え」


 ガレスが紙地図を開く。

 現在地から尾根を避け、沢沿いの死角を繋いで林道へ落ちる線が赤鉛筆で引かれていた。


「観測の薄い筋か」

「昔のな。今の衛星監視までは面倒見ない」


 佐伯は先に釘を刺した。


「だが、この時間帯の地上側カメラと林道管理ログなら、まだ薄くできる。夜明け前に出る。施設の近傍では端末を起こすな。林道へ落ちてから戻せ」


 レイラが地図を見る。


「佐伯さんは」


 問いは短かった。

 だが意味は通る。


「私は残る」


 佐伯は金属箱の蓋を押さえた。


「ここは今夜使われた痕跡ごと、私が薄める。お前たちはお前たちの線だけ消せ」


 刃は壁から背を離した。


「……全部一人でやる気か」

「元からそのためにいた」


 あっさりした返答だった。

 だが、長くここに残ってきた人間にしか出せない重さがあった。

 それ以上は言わず、刃は布袋をひとつ取った。

 他の三人も続く。

 動き出せば、迷う時間は短くて済む。


 観測点を出る前に、佐伯が最後に四人を止めた。


「協会には、私もこの場所も出すな」


 誰も異論を挟まない。


「今夜ここで聞いたことも、出現方法も、第一世代の実態もだ。通すのは、切り分けた建前だけでいい」


 ガレスが確認する。


「建前の中身は」


 佐伯が答える前に、刃が嫌そうな顔で言った。


「どうせ、ろくでもねえやつだろ」


 佐伯の口元が、ほんの少しだけ動いた。


「もう決まっているんじゃないか」


 レイラが真顔で引き取る。


「刃が急にいなくなった。位置情報を追ったら長野にいた。追いついたら、急に寂しくなって師匠に会いたくなったと言い出した」


 刃は即座に顔をしかめた。


「最悪だ」


 ミラが指を折る。


「でも、自然です」

「どこがだ」

「突飛さに実績があります」


 あまりに即答だった。

 ガレスまで続く。


「意外と通る」

「お前まで言うのか」


 ガレスは地図から目を上げないまま肩をすくめた。


「師匠絡みで長野へ飛ぶ。面倒そうな説明を避ける。後から拾われた三人が引っ張り戻す。筋は通ってる」


 レイラが補足する。


「しかも、協会側は“刃ならやるかもしれない”と思っている」


 それは否定しづらかった。

 刃は舌打ちしかけてやめる。


「俺の社会的評価、終わってねえか」


 ミラが小さく首を振る。


「違います。もうとっくに固まってます」


 今度こそガレスが吹き出した。


「フォローになってねえ」


 観測点の狭い部屋で、少しだけ笑いが落ちる。

 重い夜だった。だが、その重さを四人だけで抱え込む空気では、もうない。


 佐伯はそのやり取りを黙って見ていた。

 呆れたようでもあり、少しだけ安心したようでもあった。


「言い訳は雑でいい」


 その一言で、空気がまた締まる。


「雑な方が、本当に隠したい芯が見えにくくなる。きれいすぎる説明は、逆に掘られる」


 レイラが頷く。


「なら、刃本人にはあまり喋らせない」

「正解だ」


 ミラが続ける。


「時間軸は私が整えます。端末再起動の時刻、追跡開始の時刻、合流時刻。そこだけ揃えれば、細部は雑でも崩れません」


 ガレスは地図を畳みながら言う。


「林道へ落ちたら端末を戻す。そこからは俺が運転して、レイラが窓口。ミラが時系列管理。刃は余計なことを言わない」

「最後の一文だけ圧が強えんだよ」


 刃がぼやくと、レイラが即座に返した。


「必要だから」


 間が一拍だけ空く。

 そのあとで、少しだけ声が柔らかくなった。


「今回は、本当に」


 それだけで十分だった。

 刃はそれ以上反論しなかった。


 観測点を出る。

 外気は冷え切っていた。夜はまだ深いが、山の奥では黒の質がわずかに薄くなり始めている。朝は遠くない。


 四人は佐伯に教えられた通り、沢沿いの斜面をずらして下った。

 往路で踏んだ雪をなるべく重ね、枝を払わず、土を崩さず、尾根へ抜ける気配だけを薄めていく。


 途中、刃が一度だけ振り返った。

 旧補助観測点の灯りはもう見えない。

 あの場所は最初から山に呑まれていて、今もただ山の中にあるだけに見える。

 だが、その見えなさの下に、まだ生きている記録があった。


 林道へ落ちたところで、ようやく端末を戻す。

 沈黙していた画面が一斉に息を吹き返す前に、ミラが低く言った。


「先に役割確認」


 歩きながら、四人は最後の擦り合わせをする。


「所在確認が来たら、まず私が出ます」


 レイラが言う。


「“刃が消えたので追いました。長野で見つけました。師匠に会いたかったそうです”までを先に置く」


 ガレスが続く。


「その後、俺が移動時刻を入れる。ミラは位置復帰の説明を薄く添える。刃は必要最低限」

「必要最低限って何語までだ」


 刃が聞くと、ミラが真剣な顔で答えた。


「三文」

「少なすぎるだろ」

「十分です」


 レイラが指を折る。


「“悪かった”」

「言う」

「“急に行きたくなった”」

「最悪だが言う」

「“もう戻ってる”」


 そこでガレスが頷いた。


「それで終わりだな」


 刃は天を仰いだ。


「ひでえ運用だ」


 だが、嫌悪より先に少し笑いが来る。

 この雑さで通そうとしているのが、自分一人ではなく四人だというのが、妙におかしかった。


 林道脇の待避所へ着く頃には、東の空がわずかに白んでいた。

 車体には夜露がつき、フロントガラスが薄く曇っている。

 レイラが助手席側のドアを開けながら、振り返らずに言った。


「刃」

「ん」

「勝手に消えないでね」


 責める声ではなかった。

 釘を刺しながら、もう共有の中に入れている声だった。

 刃は短く息を吐いた。


「努力はする」


 ミラが後部座席へ機材袋を放り込む。


「努力目標なんですね」

「そこは断言しろよ」


 ガレスが運転席へ乗り込みながら言う。


「断言すると、次にやった時の処分が重くなる」


 刃は一瞬だけ真顔になった。


「それはそうだな」


 全員が同時に、呆れたように息を吐いた。

 次の瞬間、四台の端末がほとんど同時に震えた。


 短く、硬い通知音。

 一つではない。続けて来る。


 協会管理部。

 特級運用室。

 神盾機関本部連絡。


 所在確認。

 追加事情聴取。

 至急折り返し要請。


 夜明け前の薄い空気が、その震動だけで急に現実へ引き戻される。

 レイラが自分の端末画面を見て、小さく息を吐いた。


「来た」


 ガレスがエンジンをかける。

 低い振動が車体へ戻る。


 ミラはシートへ座りながら、もう時系列メモを開いていた。


 刃は自分の画面に並ぶ通知を見下ろす。

 さっきまでいた旧補助観測点の静けさは、もうない。


 聞いた真実は、結局、朝まで待ってはくれなかった。

少しでも良いと思って頂けましたら、ブックマークやいいね評価をして頂けますと励みになります!


▼登場人物まとめ

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3608999/


▼単語集

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3609000/


▼設定資料集

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3616115/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ