第2部 第1話:目隠しの少女と、勘違いの始まり
雲海を越えて数日。俺は「人の里」と呼ばれる小さな村に辿り着いた。
木造の家々が並び、煙突から湯気が立ち上る。鶏がコケコケ鳴き、子供たちが駆け回る。
……完璧な平和な風景。
ただし、俺が現れるまでは。
「きゃああああ! バジリスクだあああ!」
「石になる! 逃げろ逃げろ!」
「村長! 村長ぉぉぉ!」
俺が村の入り口に這い出た瞬間、悲鳴が響き渡る。
子供は泣き、母親は抱えて逃げ、爺さんは杖を振り回しながら転ぶ。
……俺、もう石化しないってのに。
「待てよ! 俺、危険じゃないから!」
……声が出ない。相変わらず蛇の唸り声。
俺は焦って視線を周囲に走らせる。
誰も目を合わせてくれない。
みんな地面を見ながら逃げてる。
……そりゃそうだ。伝説の怪物だもんな。
すると——
「ねぇ、あなた……悲しそうな目をしてるね。」
小さな声。
振り返ると、目隠しをした少女が立っていた。
白い布で両目を覆い、杖をついてゆっくり近づいてくる。
年齢は10歳前後。銀色の髪が風に揺れる。
俺の視線を、まったく恐れていない。
「……お、お前、目が見えないのか?」
(心の声)
俺は慌てて視線を逸らす。
石化しないとはいえ、念のため。
少女は首を傾げる。
「見えないけど……あなたの気配、優しいよ。」
「他の人みたいに、殺気とか怒りとか……ない。」
……マジかよ。
目が見えないから、俺の“見た目”を判断してないのか?
「ねぇ、お名前は?」
「……(声が出ない)」
俺は尻尾で地面に文字を書く。
【俺】
少女は指で触って、くすっと笑う。
「『おれ』さん? 変なお名前。」
「私はリナ。よろしくね、おれさん。」
その瞬間——
「リナちゃん! 離れなさい! そいつは怪物だ!」
村人たちが松明と農具を持って駆けつける。
リーダーは鍬を振りかざし、俺を睨む。
「目隠しだからって、油断するな! 石化の呪いは——」
俺は慌てて視線を逸らし、地面の小石に集中。
赤い目が光る。
カチン。
小石が灰色に固まる。
「ほら! やっぱり石化する!」
「リナちゃんを救え!」
「怪物め!」
……待て待て待て! それ小石だけだよ!?
だが、誰も聞いてない。
俺はリナを庇うように体を丸め、石化の力を完全に抑える。
もう何も固めない。
俺は、もう危険じゃない。
リナは俺の鱗に触れ、小さく呟く。
「……怖くないよ、おれさん。」
「だって、あなた……泣いてるみたいだから。」
……泣いてねぇよ。
目から涙は出ねぇよ。
でも、確かに——
俺の心は、震えていた。
村人たちの怒号が近づく。
俺はリナを背に乗せ、ゆっくりと這い出す。
逃げるんじゃない。
ただ、誤解を解くために。
「待って! おれさんは悪い人じゃない!」
リナが叫ぶ。
だが、誰も信じない。
——こうして、
「石化しないバジリスク」と「目隠しの少女」の
勘違いだらけの旅が、始まった。
(つづく)




