ただいまと、ねんどの新幹線
初日の仕事を終えたものの、ほとんど実務らしいことはしていないのに、気づけば心はぐったりと疲れていた。
夕方、自転車を走らせ、息子の翔を迎えに行く。
後ろに乗った翔は、うれしそうに、今日あったことを途切れなく話し続けている。
その声を背中で聞きながら、疲れた心に、じんわりと温かいものが広がっていった。
家に着くと、翔は「ただいま!」と元気よく靴を脱ぎ、リビングへ駆けていった。
杏子はエプロンをつけ、夕食の準備にとりかかる。
ふと視線を向けると、翔が電車のおもちゃを手に、楽しそうに線路をつないでいた。
カタン、カタン――小さな車輪の音が、静かな部屋に心地よく響く。
材料の下ごしらえを終えたころ、翔を呼んで一緒にお風呂へ。
ぽかぽかと温かい湯気に包まれながら、翔は今日の出来事を嬉しそうに話しはじめた。
「今日ね、ねんど遊びをしたの!」
「新幹線さくら、作ったんだよ!」
両手を使って一生懸命、ねんどを丸めた翔の姿が目に浮かぶ。
「そしたらね、みんなが“すごーい”って言ってくれたんだ!」
鼻の頭まで赤くしながら得意げに話す翔に、胸がじんわり温かくなる。
「お母さんも見たかったなあ」
そう言うと、翔は照れくさそうに、にこっと笑った。
小さな幸せが、ぽたぽたと心に落ちてくる。
疲れていたはずの体も、いつのまにか軽くなっていた。
お風呂から上がると、タオルでくるんだ翔の髪を優しく拭き、ドライヤーで乾かしていく。
翔はくすぐったそうに笑いながら、じっとしている。
乾かし終えると、「できたよ」と頭をポンポン。
翔はうれしそうにリビングへ走っていった。
杏子はキッチンに戻り、夕食の仕上げに取りかかる。
悟はまだ帰ってこない。
今日は翔とふたり、先に食卓を囲むことにした。
「いただきます!」と元気よく手を合わせる翔。
今日のメインは、ハンバーグ。
一口頬ばった翔の顔が、ぱっと明るくなる。
「おいしい!おいしい!」
満面の笑みでハンバーグを食べる翔の姿に、心がふっと緩む。
疲れも、心配も、すべてが少しずつほどけていくようだった。
そうしているうちに、玄関のドアが開き、悟が帰ってきた。
「おかえりなさい」と声をかけ、悟のぶんのご飯を急いで温め直す。
悟がテーブルにつくと、翔は待ちきれない様子で話しかけた。
「ねえねえ、お父さん!今日ね、ねんど遊びしたんだよ!」
「新幹線さくら、作ったんだ!」
手を大きく広げて、翔は自分の作品を嬉しそうに語る。
悟は「すごいなあ」とにこにこしながら、箸を止めて翔の話に耳を傾けた。
小さな声と笑い声が、温かな夜をやさしく満たしていく。
社会復帰初日、疲れた心にしみわたるのは、息子の笑顔と何気ない会話でした。
思うようにいかないことばかりだけど、「おいしい!」や「聞いて聞いて!」の声に、また明日も頑張ろうと思える。