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小さな花束を抱えて ― 不安も、悔しさも、未来への種にして ―  作者: ひまわり


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15/16

それでも、春は来る


バザーも、どうにか無事に終わった。

不安だらけだったけれど、みんなで協力して、乗り越えた。

翔も、お手伝いを張り切って頑張ってくれた。

笑ったり、バタバタしたり、そんな時間が今は懐かしい。


そして、あれから数ヶ月。


季節はゆっくりと巡り、気づけば冬が終わろうとしていた。

朝晩はまだ冷えるけれど、昼間の空気には春のにおいが混じり始めている。

杏子はふと空を見上げ、そっと目を細めた。


茅野の嫌味も、もういちいち胸に刺さらなくなった。

刺さっても、気づかないふりを覚えた。

自分を守るために。


仕事は、言われたことだけ。

求められたことだけを、きっちりこなす。

経理の仕事は――面接で聞いていた話とは違い、いまだに回ってこない。

もう、何度も落胆するのはやめた。


本当は、もっと役に立ちたかった。

誰かに、少しでも「ありがとう」と言われたかった。

でも、それを口にしたら、きっとまた苦しくなるだけだと思った。


大丈夫なふりをしている。

ここにいるだけでいい。

そう言い聞かせながら、時々、帰り道でふいに涙が出そうになる。

だけど、泣かない。

泣かない。


これは、社会に戻るための、大事な一歩。

きっと、ちゃんと意味がある。

――そう信じたくて、杏子は今日も、ひとつひとつ、目の前の仕事を積み重ねていく。


翔も、もうすぐ卒園だ。

あんなに小さかった手が、少しずつたくましくなっている。


そして、迎えた卒園式。


小さなスーツに身を包んだ翔が、真剣な顔で名前を呼ばれる。

「はい!」

はっきりと答えるその声に、胸がいっぱいになった。


ああ、こんなにも、大きくなったんだ。

今日まで、いろんなことがあったけど、

ちゃんと、ここまで来たんだ。


式のあと、園庭で写真を撮り合う。

桜にはまだ早いけれど、空はどこまでも青かった。


「おめでとう、翔。」

「お母さんも、おめでとう。」

悟がそう言って、杏子の肩をぽんと叩く。

びっくりして顔を上げると、悟は照れくさそうに笑った。


帰り道、三人で近くのファミリーレストランに寄った。

翔はキッズプレートをぺろりと平らげ、デザートのプリンまでしっかり食べた。

「小学生になったら、もっといっぱい勉強する!」

口元にプリンをつけたまま、翔が宣言する。

杏子も、悟も、思わず吹き出した。


なんてことない、普通の夕方。

でも、その普通が、たまらなく愛おしかった。


――これからも、きっと、いろんなことがある。

うまくいかない日も、泣きたくなる日も。

でも、こうやって、笑いながら乗り越えていけたら、それでいい。


杏子は、翔の頭をそっと撫でた。

小さな手を、もう一度、ぎゅっと握りしめた。


卒園式のあと、杏子たちは、少しだけ遠回りして帰った。

公園の脇を通ると、満開にはまだ早い桜の木が、

それでも小さな蕾を膨らませていた。


「もうすぐ、咲くね。」

翔がそう言って、空を見上げる。

「そうだね。」

杏子も、微笑んだ。


これからもきっと、うまくいかない日もあるだろう。

泣きたくなる日も、心が折れそうになる日も。

それでも、大丈夫。


一歩ずつ、一歩ずつ。

小さな蕾が、いつか花開くように。

杏子も、翔も、きっと、少しずつ咲いていける。


春は、もうすぐそこまで来ている。


――そして、また、歩いていく

小さな不安も、静かな決意も、日々のなかに確かにあった。

何かが劇的に変わらなくても、季節はめぐり、前に進んでいく。

そんな日々の積み重ねが、誰かの春になることを願って。

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