ビーズとペペロンチーノと、ちいさな決意
仕事がない日、杏子は相田を家に招いて、バザー用の手作り品を作ることにした。
今回作るのは、子どもたちにも人気がありそうなカラフルなビーズのブレスレット。
最初は少し緊張していたけれど、並べたビーズを見ながら「この色、可愛いね」「こっちも合わせてみようか」と話すうちに、自然と笑顔がこぼれた。
ひとりで黙々と作業するのも嫌いではないけれど、誰かとおしゃべりしながら手を動かすのは、やっぱり楽しい。
「あ、ちょっとビーズ転がっちゃった」「あー、わかる〜!」
そんな小さなハプニングすら、なんだか嬉しかった。
お昼には、杏子が簡単なパスタを茹でた。
冷蔵庫にあったベーコンときのこを炒めた、シンプルなペペロンチーノ。
「ごめんね、たいしたものじゃなくて」
「ううん、すごく美味しいよ」
そんなやりとりを交わしながら、春の日差しが差し込むダイニングで、ゆったりとした時間を過ごした。
気づけばテーブルの上には、色とりどりのブレスレットが並んでいた。
ちょっといびつなものもあるけれど、それもまたご愛嬌だ。
杏子は、こんなふうに誰かと一緒に過ごす時間が、今の自分にはとても大事なものなんだと、あらためて思った。
午後も、ふたりは並んでビーズを通し続けた。
手元は忙しいのに、会話はふわふわと軽やかだった。
「杏子さん、パートって週に何日くらい入ってるの?」
ふと相田が尋ねた。
「週に3日くらいかな。家庭と両立できるように、無理しないって決めてるの」
そう答えながら、杏子は自分でも、少し驚いた。
こうやって自分のことを話すのは、久しぶりかもしれない。
「わかるなぁ。私も、無理すると結局、自分がまいっちゃうから」
相田もにっこり笑った。
そんなふうに、家族のことや仕事のこと、他愛のない話を重ねるうちに、心の距離が少しずつ縮まっていくのがわかった。
夕方、作業を終えたころには、
「なんだか、学生の頃みたいだったね」
と、ふたりして笑い合った。
玄関先で見送ったあと、杏子はふと、心がぽかぽかしていることに気づいた。
大人になってから、こんなふうに誰かと自然に打ち解けられる時間って、案外貴重なのかもしれない。
そんな思いを胸に、まだ少しビーズが転がったままのリビングを眺めて、そっと微笑んだ。
片付けを終えて、ソファに腰を下ろす。
今日の楽しかった時間を思い返しながら、杏子はふと、心の奥にしまっていた気持ちを見つめた。
――いずれは、正社員として働きたい。
家計のこともあるけれど、何より、自分自身のために。
誰かと一緒に働いて、成長して、社会の中で自分の居場所を作っていきたい。
今はまだ、パートでできることをコツコツ積み重ねている段階だけれど、
こんなふうに、人と関わりながら少しずつ前に進んでいけたらいいな――。
杏子は、そっと自分にそう言い聞かせた。
春の光は、リビングのカーテン越しにやわらかく伸び、
これからの道を、そっと照らしてくれているようだった。
誰かと過ごす穏やかな時間が、胸の奥にしまっていた気持ちをそっと引き出すことがある。
杏子にとってこの日は、日常の中の小さな転機となった。




