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気まぐれ六重奏〜さざれの食卓更生記〜  作者: 所 花紅
問題だらけの朝ごはん

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2/18

さざれとギグ

 りん、どん、しゃん、と賑やかなBGMと、明るい女性の声が、半楕円形のラジオから吐き出される。窓の外から僅かに響く雨音が、見事にかき消されていた。


『それでは本日のー、迷宮都市じょうほーう! ま、七区<泥中の光(エングラーフィッシュ)>と八区<南の迷い人>が相変わらず治安クソ最悪なのはいつものことなので、割愛っ! だーれも世界のクソ溜めの中でも、さーらーに、クッソクソな便器の中なんて聞きたくないでしょー? えーっと、まあ殺人、傷害、窃盗はどこの区でもアタシのオヤジのオナラ並に出てるから別にいいとしてー……ア? ナニ、ちゃんと読んでんじゃん。ハ? 下品? うるっせーよマス掻き共が。黙ってアタシの声オカズにしてろ。……みんなごめんねー、次行くよ! 四区<西の迷い人>の<カープ街>では、いつも通り大安売りのフィーバータイム! エサ待ちのコイみてーに食いつけ貧乏人共!! ところでコイって怖くない? なんであいつら人が来ると口パクパクさせてこっちくんの? ま、いーや。では次に、探索者のカスも上澄みもよーく聞いとけ!! 六道(りくどう)大迷宮じょうほーう……って、あれっ、もう七時? んじゃ、迷宮情報の前にいつものマイフェイバリットソング、いってみよーか!!』


 流しで野菜を洗っていたさざれは、テンション高めなその言葉に慌てて蛇口を止めた。


「っと、まずいまずい」


 シンクの後ろに置かれたラジオに、割烹着(かっぽうぎ)の裾で拭いた手を伸ばす。

 だが、ラジオのつまみに指が触れる前に、耳をつんざかんばかりの爆音が発せられた。台所どころか、家中に轟くようなそれはすっかり音割れし、ただの雑音だ。

 つまみを回し、音を止める。静寂。耳鳴りするほどの静けさが、台所に満ちる。


「あの娘のラジオ、色々と知れて便利なのは良いが、こればかりがなあ……」


 さざれは顔をしかめた。まだ耳の奥で、ぎゃりぎゃりという残響が鼓膜を揺らしている。

 クソ迷宮都市こもごもラジオ。朝六時から九時までのこの番組は、主に迷宮都市内や、六道大迷宮の情報を扱っている、迷宮都市発のものだ。

 ラジオ番組は他にもあるがこれが一番、正確かつ迅速に情報を届けてくれるので、重宝している。……七時にいつも流れる、大音響音割れ音楽さえなければ、もっと良いのだが。

 なにせ音量を最小まで絞っていても、先ほどのように凄まじい音なのである。おかげでさざれは、いまだにマイフェイバリットソングとやらが、どんな歌なのか分かっていない。

 静かになった飴色の木製ラジオに背を向けて、シンクに戻る。

 金属製のザルの中の大根モドキ――大迷宮で採れるもので、ゴボウのように細長い――を丁寧に洗い直し、ひょいと宙に放り投げる。包丁を一閃。二閃。三、四、五、六閃。

 銀閃を潜り抜けてザルに戻った時、大根モドキは、見事な短冊切りになっていた。通常の大根と違って赤みを帯びた断面が、窓からの光に照らされる。


「後はそうさなあ……茸をいくつかと、フォッグキャロットを入れて……卵を溶いてかきたまスープにするか」


 朝の汁物には、なんとなく具をたっぷり入れたいさざれだ。

 本当は味噌を入れて味噌汁にしたいが、ここ迷宮都市で味噌は目玉が飛び出るほど高い。我慢して、鳥ガラスープにした。数日前に大量に作り、凍らせていたのが役に立った。鍋に入れて火をかければすぐスープができるので、楽だ。

 スープを溶かし、用意した材料を鍋に入れて煮込む。ことことと煮込むうちに、台所に生姜の香りがゆらりと漂ってきた。


「ん、よし」


 味見皿に少しすくって口に含む。あっさりとした鳥ガラと野菜の甘味が良い具合に混ざり合っていた。ふんわりと鼻に抜ける生姜の香りも良い。

 味が足りなかったら塩を入れようかと思ったが、これなら入れる必要もないだろう。朝なのだから、あっさりといきたい。

 ぺろりと唇を舐めて笑みを浮かべ、さざれは台所の隅にある冷蔵箱の前に片膝を付く。冷蔵箱は上下に扉のついた、子どもの身長程ある木製の箱だ。上に氷を入れる事で、下に入れた食材を新鮮なまま保存できる優れ物である。

 右腕大陸にはこのような道具はまだ普及していなかった。食材を凍らせて保存できる冷凍箱といい、ラジオといい、迷宮都市には色々と便利なものが多い。迷宮都市に来た当初は、一々驚いていたものだ。

 ほんの二週間前のことを懐かしく思い返しながら、さざれは冷蔵箱の扉を開け、


「……」


 小さく舌打ちして、扉を閉めた。

 柔和な顔に険が宿る。


「またか……またなのか……! ああもう、どいつか知らんが無くなったなら、きちんと買っておけと言っておいたろうが……! 面倒だなんだとそんな言い訳を聞く気は無いぞやつがれは……!」


 ぶつぶつと愚痴を呟いて、上の扉に画鋲で止めた紙に目を走らせる。表に刷られたチラシの文字がうっすら透けた裏側には、それぞれ個性的な文字が並んでいた。


『可愛いお野菜がいいの! ハートのやつとか星のやつとか。それなら食べる! とくめいきぼう

 塩が無くなっていたから、買い足しておいた。地下の貯蔵庫にあり。 ギグ

 なんか美味いものが食べたいんだが フェル=マタ

 ↑ヴィーズル広場の屋台で売ってるホットドッグうめえぞ ボニファース

 オレ、木曜日は帰りません! いません!! トロワ

 卵が無くなっていたので買っておいた。今度最後に使った者は、必ず買ってきておくように。それが無理なら、せめてここに書いておくように。「必ず」 さざれ』


 好き勝手に書かれているメモの下、己の文字をなぞってさざれは深い……それはもう深いため息を吐く。

「必ず」と二回。しかも一つは太文字にして赤ペンで囲ったというのに、冷蔵箱の中に卵は一つも見当たらなかった。



 牙の国を出た後、およそ三ヵ月の旅を経て。さざれがこの迷宮都市に辿り着いたのは、二週間前のこと。

 辿り着いてまず困ったのが、住居だ。

 この都市で安全を買うには、高い金がかかる。他所のように、国家が絶大な権力で人を守ってくれるわけではないのだ。かといって家賃の安い所、あるいは適当な空き家を拝借するのも気が引けた。

 寝る時まで神経を尖らせないといけないのは、敵地潜入だけで十分だ。


 迷ったさざれが最終的に選んだのは、ルームシェアだった。

 ソロ探索者だろうが、パーティーを組んでいる探索者だろうが、ここでは共同で家を借りる事が多いらしい。そうすることで高い家賃も全員で協力して払えるし、迷宮内の情報共有もできるからだ。

 もしソロで探索をしていて、どうしても手が足りない時に、共同生活を送っている者なら声をかけやすい。……まあ、その分トラブルも多いらしいが、そこはそれ。

 日数をかけてあちこちを見て回り、さざれはこの家に落ち着くことができた。そこまでが、まず大変だったが。

 さざれを、都市に来たばかりの新参(ニュービー)だと舐め腐り、登録料だの住居調査料だ、安全料だの色々吹っ掛けてきたり。つついたら崩れそうな壁や屋根の家を、見栄えばかり良くして勧めてきたり。挙句、言葉巧みに騙して奴隷商に売り払おうとしてきた輩もいた。……まあ最後に関しては、あえて騙され店に連れて行かれた後で、そこから金品一切を奪い取ってきてやったが。おかげで懐がまだ温かい。

 そんな中、ようやく信用できる大家を見つけ、この家に住めることになったのは本当に僥倖(ぎょうこう)だ。


 ルームシェアなので、もちろんさざれ以外の住人はいる。同じタイミングで複数の申し込みがあったらしく、全員が同じ日に共同生活を始めることになった。男ばかりが五人。さざれを合わせれば男六人の共同生活だ。

 少々むさくるしい気もするが、男所帯は慣れている。二週間前に始まった生活は大きなトラブルも無く、順風満帆に進んでいる――わけも無かった。



 出来上がった朝食を、リビングに運ぶ。

 台所と扉続きになっているリビングは、多人数が暮らすように設計されているだけあり流石に広い。天井が二階までの吹き抜けになっているので、更に広く感じる。

 板張りの床に赤地に金模様の大きな絨毯が敷かれ、右半分……台所側には飴色に磨かれた横長のテーブルと、椅子が六脚。

 左半分には丸テーブルと大きなソファ。壁際に置かれた木製のチェストの上には、台所のものより大きなラジオが乗っている。

 大きく取られた窓からは光が差し込むが、今日は生憎の雨模様でやや薄暗い。壁のスイッチをひねって天井の電灯を点け、さざれは鍋ごと持ってきたスープを横長のテーブルに置いた。

 スープのかぐわしい香りと食器を準備する音が、リビングにゆったりと広がっていく。食器のこすれる音が、やけに大きい。


「咳をしてもなんとやらよなあ」


 雨音ばかりが響くリビングで、さざれはぼそりと呟いた。

 今日の朝食は野菜たっぷりのスープと食パン、それから焼いたソーセージだ。パンか米か迷ったが、今日はパンの気分だったのでパンにした。

 椅子を引いて座るのと同時に、気配。さざれは耳をそばだてる。誰かが階段を下りてくる。足音の間に金属がこすれる音が混じっている。この特徴的な音を立てるのは一人しかいない。さざれは音も無く立ち上がり、台所にもう一人分の皿を取りに行く。


「おはよう。早いな」


 二つの皿にスープを取り分けていると、扉が開いて人が一人のそりと入って来た。


「おはようだ、ギグ殿。まあ、やつがれは早起きが習慣だったゆえな。朝ごはんはできておるが、食べるだろう?」

「ん」


 くあ、と小さく欠伸をしながら、のそのそと近寄ってくる。がちゃがちゃという金属音が、ギグの動きに合わせて鳴った。

 さざれの真向かいの椅子を引いて座るギグの身長は、かなり高い。見上げると首が痛くなるほどだ。

 厚い胸板や太い手足は、かつて戦場を駆け回っていたことを思わせる鍛えられたもの。短く刈った薄紫の髪にはまだ寝癖が残り、後ろ部分がピンピンと跳ねていた。アイスブルーの瞳は普段は静かな光を宿しているが、今は眠気が勝っているのか緩んでいる。

 スープを目の前に置いてやりながら、さざれはギグの手足に目をやった。


「相変わらず、大層な義腕と義足よなあ」

「ん?」


 高身長、鍛えられた身体、精悍な顔立ちと、どこにいても目を引く男ではあるが。それよりも目が行くのが彼の右手足だ。彼の右肩から先と右膝から下はとうに失われ、その代わりを担っているのが金属製の義肢だ。

 薄いセーターの右袖は肩から切り落とされ、そこから伸びるのはくすんだ色合いの腕。肩や肘の辺りからは歯車が半分ほど剥き出しになり、手の甲部分に付いた用途の分からない計器が針を回し、表面をボルトや銅線が這っている。ズボンの裾から見える右足も同様だ。


「前から一度聞きたかったのだがその歯車やら計器、なんの為にあるのだ?」

「飾りだ」


 きっぱりと言い切るギグ。


「さようか」

「こういう、いかにもメカニックなデザインが、昔から好きなんだ」

「ああ、成程。やつがれも、そういうのは嫌いではないぞ」


 賛同を得られたのが嬉しかったのか、ギグの口元が微かにほころんだ。


「今日はなにを作ったんだ」

「鳥ガラの野菜スープ、パンに焼いたソーセージよ。スープはそこにお代わりがあるから、好きにしてよいぞ」

「ん」


 では、とさざれは両手を合わせて「いただきます」と声を出す。向かいのギグは緩く握った左手を額に押し当て、祈りの言葉を呟いた。


「さざれ、今日は夕方まで帰らない」

「では、お主の分の昼はいらんな。夕食はどうする?」


 食パンを口に運んだギグが、一瞬視線を空に飛ばす。もぐもぐごくんと口の中のものを飲みこんでから、小さく頷いた。


「家で食べる」

「あい分かった。では用意しておこうよ。ああそれと、ついでに卵を買うなり獲るなりしてきてくれんか。どいつか知らんが、最後に使った癖に買って来ぬし、メモも残しておかん阿呆がいてな……!」


 思い出すとまた腹が立つ。

 そう、卵があれば今日のスープをかきたまスープにできたのだ。

 丁寧に溶いて火を通したふわふわも好きだが、白身が残ったまま火を通し固まった大きな白身を食べるのもいい。その楽しみを奪った阿呆には、手裏剣の一つも投げてやらねば気がすまん。

 もちろんこれはこれで、ちゃんと美味しいのだが。透明なスープの底に沈んだオレンジのニンジンを口に運びながら、胸の中でそう零す。


「分かった。買ってくる」


 スープを音も無く啜って、ギグは頷いた。スプーンを置いて左手を伸ばし、テーブル上に置かれた複数の調味料の中から塩を取る。


「他に足りないものがあるなら、買ってくるが」


 一振り、二振り、塩をスープに散らしながらギグが問う。さざれはその手をじっと見つめながら、台所内にある食材を脳裏に思い浮かべた。


「ふむ……今の所、足りんものは無いよ」

「そうか」


 三振り、四振り、塩が足されていく。


「強いて言うなら――っと、そこまでだ味音痴」

「む」


 五振り目を振ろうとしたギグの手首を、ぺしりと叩いて制止する。薄氷色の瞳を一度瞬かせ、ギグはゆるりと首をかたむけた。


「多かったか」

「そうさな。四振り目で、もう十分過ぎるほどよ」


 一つため息を吐いて、さざれはスプーン片手に身を乗り出し、ギグの皿からスープを一口。だいぶ塩がきいている。まだしょっぱいというほどではないが、これ以上は十分という塩梅だ。


「もうこれ以上はいらん。どうしても味に刺激が欲しければ、胡椒(こしょう)でも入れておけ馬鹿たれ」


 呆れた口調のさざれ。

 ギグは塩を入れたスープを一口啜った。……ぼんやりと、遠いところでちょっと塩の味がするかな、とは思う。

 だが自分の舌は当てにならないから、さざれがそう言うなら正しいのだろう。ギグはそう判断して、スープに浸したパンを口に運んだ。やっぱり、紙でも噛んでいるかのように味はしなかった。ほんのり、本当にかすかに塩の味はするが。


「まだまだ薄い気がするが、お前が十分と言うなら十分なんだろうな」

「よしよし。四回入れて少しでも味が分かるようになったのは進歩よ、進歩」


 その言葉に、さざれは満足して頷いた。

 なにせ最初はひどかった。作り置いていたスープを一口飲んで「味が無い」と呟き、スプーンに山盛りにした塩を五つも六つも入れてようやく、「ちょうどいい」ときた。しかも使ったスプーンは小匙ではない、食事用の大きなスプーンだ。たまたま現場を見たさざれは卒倒しそうになった。

 ちなみに自分用によそったスープの中に塩をぶち込んでいたので、鍋の中のスープは無事だった。そこは褒めた。


 話を聞けば、常人が食べられないほど塩を入れたものや、尻から火を噴きそうになるほどの辛いものでないと、味を感じないのだという。味覚が壊れているにも程がある。

 当然だが、そんな生活を続けては命に関わる。共同生活を送っているメンバーが、ある日ぽっくり逝くのは流石に見たくない。

 なのでさざれは塩大量投入事件を見た日――ちょうど一週間前だ――から、ギグの分も料理を作って食べさせている。やはりぶっ壊れた舌では味を感じにくいらしく、気づけば塩や胡椒や香辛料を大量投入しようとするが。おおむね平和だ。


「他のもお主くらい素直ならば、やつがれも言うことは無いのだがなあ……」


 はああ、と思わずため息が漏れる。

 目立ったトラブルは無い。大きな喧嘩も無い。だが目下さざれの頭を悩ませているのが、これだった。

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